「小泉米」はダブつき「新米」5キロ5000円、昨年産米で6000円超も 米価の混乱がまだまだ続くワケ
新米の収穫が本格的に始まった。農林水産省は、生産量を過去5年間で最大の735万トンを見込むが、米価の値下がりには結びついていない。店頭には「小泉米」「江藤米」「昨年産の銘柄米」「新米」が入り乱れ、コメの価格は混迷を極めている。
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■早場米の出荷が始まる
千葉県匝瑳(そうさ)市にある栄営農組合では8月中旬から早生品種「ふさおとめ」の収穫が始まった。現地を訪ねると、2000万円もする大型コンバイン3台が黄金色の田んぼでフル稼働していた。
朝、収穫した稲の籾(もみ)は自前のライスセンターに運ばれ、乾燥させた後、籾殻を外して玄米にする。大きさや色などの基準を満たした玄米は袋詰めされ、昼過ぎには集荷業者の大型トラックに積み込まれた。
昼休み、組合員が戻ってきた事務所で取れたての米をごちそうになった。炊飯器のふたを開けた瞬間、食欲をそそる香りが漂う。何ともふくよかな新米の香りだ。粒立ちして、かむとひかえめな甘みが口の中に広がる。ふさおとめは高温耐性に優れた品種で、猛暑にも負けず、出来は上々だという。
■過熱する米の集荷競争
気になるのは価格だ。
米の卸売価格の基準となるのが、各地のJAが農家に示す仮払金(概算金)、もしくは買い取り価格だ。この金額をもとに、JA以外の集荷業者は買い取り価格を決める。
「集荷業者は60キロ3万円(ふさおとめ、1等米)を超える買い取り価格を提示してきた。去年に比べて約1万円も高い」と、同組合の伊藤秀雄顧問は言う。
伊藤さんの地元のJAは、収穫の開始時期に同約2万7000円を提示したが、わずか5日後に約2000円値上げした。通常、買い取り価格は改定されるごとに下がる。時間が経ち、収穫した米の量が増えて価格が落ち着くからだ。ところが、今年は逆に値上がりした。
「異例です。今年はあまりにも買い取り競争が過熱して、当初示した金額ではJAに米が集まらなかった」(伊藤さん)
■農家「5キロ3500~4000円で届けたい」
2023年まで全国の買い取り価格は同1万2000円程度で推移してきた。米の買い取り価格は米農家の収入と生活に直結している。生産コストは同1万5000~1万6000円なので、ほとんどの米農家は採算割れに陥っていた。
翻っていま、この状況は農家にとってはありがたいことではないのか。だが、伊藤さんはこう話す。
「いくらなんでも高すぎですよ。千葉の新米を5キロ5000円超で販売しているところもあります」
伊藤さんは米価が高騰を続けることを心配していた。伊藤さんが適正と考える出荷価格は60キロ2万5000円から3万円。それを5キロ3500円から4000円で消費者に届ける。
「そんな価格設定を考えて米作りをしているんだけれど、現実にはそうなっていない。生産者としては少し残念です」(伊藤さん)
■新米の価格「目に見えて下がることはない」
もうじき8月も終わる。9月になれば、早生品種からコシヒカリなどの出荷に切り替わる。
「そのころになれば、新米の価格は少し落ち着くかもしれない。でも、目に見えて値が下がる、ということはないでしょう」(同)
というのも、昨年産の銘柄米の販売価格が高止まりしているからだ。全国のスーパーで8月4日から10日までの1週間に販売された銘柄米の平均価格は5キロ4239円(税込み/以下同)で、最高価格の同4469円(5月12~18日)からほとんど値下がりしていない。都内のあるスーパーでは、同6000円超の魚沼産コシヒカリやひとめぼれが売られていた。
「最も高い時期に4万円前後で仕入れた米は、損切りしないかぎり安く売れない。新米はそれと同等か、それ以上の価格にしないと、昨年産の銘柄米が売れ残ってしまう。米屋さんもスーパーもそれぞれの事情があって、いくらで売るか、決めるのは大変だと思うよ」(同)
■米相場の先行きが読めない
東京近郊の老舗米店の店主、中村真一さん(仮名)によると、千葉県産のコシヒカリの買い取り価格が決まると、その価格が新潟県や東北各県の米どころに影響するという。
「去年は千葉の米の買い取り価格が高かったので、それに他県の米の価格が引っ張られた。落ち着いた価格になればいいのですが」と、中村さんは期待を込めて語るが、現実は厳しい。
昨年のこの時期、千葉の新米の仕入れ値は60キロ2万5000円ほどだった。今年は、前述のとおり、千葉県産の早場米は買い取り価格の時点ですでに同3万円超だ。そこに集荷業者のマージンが上乗せされる。
「今年は、3万3000円と言われています」(中村さん、以下同)
「米の相場の先行きが読めない」ことも悩みの種だ。昨年の新米の仕入れ値も高かった。しかし、時間が経つにつれて、価格は落ち着くどころか上昇を続けた。
「最初は『高い』と思った価格が、実は底値だった。今年もそうなるのか。正直、わからない」
■「小泉米」の売れ行きはよくない
そんななか、小泉進次郎農林水産相は8月20日、随意契約で放出した政府備蓄米について「8月末」までとしていた販売期限を延長すると表明した。
中村さんは、この「小泉米」の放出当初から「8月末までに売り切るのは無理」と指摘してきた。
「農水省は、米の輸送や精米といった我々の現場を知らなすぎる、としか言いようがない」
「小泉米」は令和3年産(2021)と4(22)年産だが、「あまりにも古い米を販売して、クレームが相次ぐような事態になれば、店の信用に傷がつく」として、中村さんは仕入れなかった。
「他店に状況を聞くと、『小泉米』の売れ行きはよくありません。1回は買った人も、食べてみて『まずい』と感じたら、もう買わないでしょう」
江藤拓前農水相在任時の今年3月に一般競争入札で放出された令和6(24)年産米、5(23)年産米の味は「まずまず」(中村さん)だという。ただし、「江藤米」の仕入れ値は「小泉米」(60キロ1万700円・税別)の倍以上。これを中村さんは5キロ3600円で販売してきた。
■米の価格は二極化が続く
現在、店頭に並ぶ佐賀県産の新米「七夕こしひかり」は同4900円。昨年産の新潟県・魚沼産のコシヒカリと同じ価格だ。
「七夕こしひかりは仕入れ値からすると、かなり割安な価格で提供しています」
昨年産の米も「江藤米」も、在庫はほぼ払底しているという。
「他店の状況もほぼ同じです。今後、消費者の選択肢は、5キロで2000円前後の『小泉米』、もしくは5000円前後の新米、となってくるはずです。有機栽培米などは6000円超の新米もあるでしょう」
記者も「小泉米」を購入したが、食味はともかく、古米臭が気になり、家族にも不評だった。コンビニのビンテージ米おにぎり(23年米)も食べてみたが、口の中に独特の風味が残り、閉口した。
いつになれば、米価をめぐる混乱は収束し、おいしい米を「適正価格」で食べることができるのだろうか。
(AERA編集部・米倉昭仁)