参政党「日本人ファースト」とトランプが苦しむ「エプスタイン文書」…いま陰謀論が人気の理由

先の参院選で大躍進を遂げた参政党。「日本人ファースト」を掲げる彼らの主張の背景には、グローバリストによる日本支配という「陰謀論」がある。一方、同様に「陰謀論」で支持を集めてきたトランプ大統領は今、「エプスタイン文書」をめぐる陰謀論というブーメランに翻弄されている。

なぜ今、多くの人が「陰謀論」に惹きつけられるのか? その心理的メカニズムと危険性を、『マネーの代理人たち』の著者で、経済ジャーナリストの小出・フィッシャー・美奈氏が解説する。

参政党「日本人ファースト」背景にある「陰謀論」

「これは選挙のキャッチコピーですから、選挙の間だけなのでーー」。「日本人ファースト 」というスローガンが排外主義を煽ることにならないか、とインタビューで聞かれた時の、神谷代表の弁明だ。でも先の参院選では、その「日本人ファースト」という呼びかけに投票者の1割を超える票が集まり、参政党の大躍進につながった。

参政党「日本人ファースト」背景にある「陰謀論」, なぜ陰謀論がもてはやされるのか?, 「敗者」の抗議としての陰謀論, トランプ大統領に戻ってきた「陰謀論」のブーメラン

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神谷党首が街頭演説で繰り返し、支持者から大きな拍手を浴びていたのが、反日政治家とエリート官僚が外資や外国人労働者を入れたから我々日本人の暮らしが貧しくなった、というグローバリストの「陰謀論」。

そう言うと、ファンからは、それは「陰謀論」じゃなくて事実でしょ、と反論されそうなので、その定義をまず整理しておきたい。「陰謀論」とは、ある出来事についての事実や世間一般の認識に反して、一部のグループが策謀をめぐらせ、秘密裏に操作しているとする考え方のこと。

世の中を動かせるだけの力を持った影の支配者の存在が前提になっている点で、参政党の主張は陰謀論に通じるのだ。

昨今の陰謀論では、この目に見えない権力は「ディープステート(闇の政府)」と呼ばれる。それは、官僚機構やグローバル企業、そしてメディアやリベラルなセレブなど「左派エリート」の結合体で、その背後では「世界征服をもくろむ」とされるイルミナティやフリーメーソンなどの秘密結社が糸を引く、などとも説明される。

参政党が使う陰謀論は、単に票を集めるためのメタファーなのかもしれない。でも、同党や神谷党首は、実際に「ディープステート」や「DS」という言葉まで政治活動に使っている。

なぜ陰謀論がもてはやされるのか?

それにしても、参政党のこの人気。アンチからぼこぼこの批判を浴びたことで、かえって議席を伸ばしたようにも見える。ネットでは参政党の陰謀論を信じる人は情弱、などと片付けてしまう向きが多いが、それだけではこの盛り上がりぶりは説明がつかない。

なぜ陰謀論がもてはやされるのかーー。心理学から見た陰謀論研究の解釈では、世界が不確実で人々の間に「コントロールの喪失感」が高まる時に陰謀論が浸透しやすい、という指摘がある。

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例えば、リーマンショックの金融危機は、ゴールドマンサックスをはじめとするユダヤ系金融資本による自作自演だった、とか、新型コロナウィルスの世界的感染は、イルミナティの傀儡であるビル・ゲイツが人口削減のためにウィルスをばらまいたのだ、などの陰謀論がある。

どちらも現実には、当局すらコントロール出来ないようなパニック状況が生まれていたわけだ。でも人間というのは、誰にも制御不能で先が見えない、という底なしの不安を正視するよりも、誰かが自分の都合の良いようにコントロールしている、つまりその誰かにとっては事態は整然と制御できている、と考えた方が、世界が予測可能になって安心できるものらしい。

参政党は、日本が変わることに漠然とした不安を覚える人々の票を巧みに取り込んだ。自分の環境や社会を変化させる複雑な要因を考えても先は見えないし、不安も消えない。その代わりに誰かが意図的かつ計画的に物事を操っているのだと考えたほうが、世界が理解できた気になってちょっと楽になる。

「敗者」の抗議としての陰謀論

参政党や米国のMAGA(米国第一主義者)など、政治現象としての陰謀論については、「陰謀論入門」などの著作があるジョセフ・ユージンスキ教授らの説明がある。それは、社会の主流から排除されたという被害者意識を感じる「敗者」が陰謀論を唱えやすいという分析だ。この場合、陰謀論は単なる事実誤認というより、主流に対する抗議や自分たちの優位性を奪回しようという政治的なスローガンとして使われる。

ユージンスキ教授によれば、陰謀論は右にも左にも存在する。「1%の金持ちと資本家・企業が世界を支配している」という左派リベラルの陰謀論と、「外国勢力と左派・共産主義が世の中を操っている」という右派保守派の陰謀論は、本質的に変わらないというわけだ。実際ネットでは、右翼評論家の人が、参政党の外資脅威論は、資本主義が諸悪の根源だとする共産党の主張と一緒だ、と批判していたりするからややこしい。

政治的な陰謀論の本質は、複雑な社会問題を誰も解決できないでいると考えるよりも、悪意を持った誰かの支配のせいで自分たちが脅威にさらされていると解釈した方が、非難すべき敵がはっきりすることにある。問題解決の方法論も、ではその相手を倒せばいいということになるので、単純化できる。

陰謀論には一抹の真実が含まれているから、やっかいだ。資本のグローバル化によって先進国から途上国に製造拠点が流出し、日本を含めた先進国では製造業の雇用が減って所得格差拡大の一要因になった。そこまでは間違いではないから、演説を聞いた人々はもっともだ、と感じてしまう。

だが陰謀論の弱点は、「ディープステート」を倒せ、というスローガンを超えた具体的な解決策となると、途端に説得力が弱くなること。日本の製造業衰退は外資のせいというより、産業変化や国際競争の中で日本企業が生き残りのために構造改革を選択した結果で、自由競争をやめてしまうわけにもいかない。

年間約100万人の移民を受け入れ、海外生まれの住人が人口の14%以上を占め、世界のどの国よりも多くの外国人が毎年市民権を取得する米国に対して、日本の外国人居住者の割合は約2.5%。海外からの日本への直接投資もGDPの8.5%と、OECD諸国平均の67%を大きく下回る。MAGAの移民脅威論を直輸入して外国人や外資に対する規制を強めたところで、それが大多数の日本人の生活改善につながるとは考えにくいのだ。

トランプ大統領に戻ってきた「陰謀論」のブーメラン

日本版MAGAとも言える「日本人ファースト」の信奉者が増えている中、このところ連日米国で報じられる「エプスタイン文書」をめぐる陰謀論を押さえておくことは参考になると思う。陰謀論が政府の中枢を翻弄する今の米国の状況は、明日の日本かもしれないからだ。

資産家のジェフリー・エプスタインが、数十人の少女に対する性的人身売買と共謀の罪で起訴され、2019年、独房で死亡した。陰謀論は、その顧客リストに「ディープステート」に関与する左翼エリートやセレブが名を連ねていたため、知りすぎたエプスタイン被告は口封じのために消されたのだ、というものだ。トランプ大統領は選挙期間中、MAGA支持層に対して、この事件に関する文書を全面的に公開すると公約して喝采を浴びた。

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ところが、トランプ氏は長年エプスタイン元被告と親交があり、顧客リストに名前があるんじゃないか、と度々噂されていた。6月にはイーロン・マスク氏が、トランプ氏の名前があるから文書が公開されないのだという「爆弾」投稿をした。7月に入り、司法省とFBIが「顧客リストは存在しない」という結論を出し、調査資料の殆どを非公開としてしまったことを受け、トランプ氏のコア支持層から失望と批判の声が一斉に沸き上がったのだ。

苛立ったトランプ大統領が自らの支持者を「愚かな人々 (stupid people)」と呼んでしまい、岩盤支持基盤にも亀裂が入った。

分かりにくいのは、なぜ未成年者への性犯罪をめぐる一つの事件ファイルがMAGA支持層にとって、これほど大ごとになるのかという点だろう。

宗教的原理主義者の多いアパラチア文化圏(参考記事:「トランプの影」いまだ色濃く…人工妊娠中絶論争で揺れるアメリカ中間選挙を読み解く「宗教的保守主義」)では、昔から「神を信じない異端者らが子供を生贄にしている」などという終末論的な迷信と、中央政府や官僚、東部銀行家などに対する根深い不信が陰謀論を構成してきた。今はそこに、ラストベルトの生活苦とグローバル主義への反発、労働者の政党から都市エリートの党に変貌した民主党(参考記事:トランプ次期政権の「格差と分断」を加速する「破壊的人事」…マスクにケネディ家の異端児、元「WWE」トップまで)への怒りなどが重なる。

エプスタイン文書の伏線には、2016年の「ピザゲート」事件がある。首都ワシントンD.C.のピザ屋が児童売春の拠点になっていて、ヒラリー・クリントン大統領候補ら民主党関係者が関与しているという陰謀論がソーシャルメディアで一人歩きし、それを信じた男が店に押し入ってライフル銃を発砲した。この男は、「独自捜査」で児童買春の証拠をつかもうとしたのだ。

つまり、それを信じる人々にとって、エプスタイン文書は今度こそ「ディープステート」の存在を暴き、その悪魔的な策謀を「証明」する格好の機会だったわけだ。

エプスタイン被告の交友関係にはビル・クリントン元大統領や、ビル・ゲイツ氏、英国のアンドリュー王子など、政財界や王室の超セレブらが含まれていた。この人物が日本円で600億円超とされる巨額の資産をどうやって築いたのかについては謎が多く(未成年に性接待をさせて恐喝をしていたという憶測もある)、さらに当局が自殺と断定した死因についても疑問視する見方が伝えられ、陰謀論を語るには申し分ない要素が揃っていた。

その肝心の文書が非公開とされたのでは、「ディープステート」と闘うと誓ったトランプ氏に裏切られたと感じた支持者が出るのも無理もない。

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UFOやレプティリアンなどの都市伝説を、友人と無邪気に語って楽しむ分には罪はない。しかし、米国で起きた議会襲撃事件や「ピザゲート」など、陰謀論が暴力や他人を傷つける行為につながる危険性は常に警戒しなければならない。破壊的な陰謀論に飲み込まれないためにも、事実を自分で確認することがきわめて重要になる。

でも、情報過多のデジタル社会では、どこまでが真実でどこからがそうでないのかを見極める作業はますますストレスの大きいものとなる。

米アマゾンのサイトでは、平らな地球のイラストが入った「フラットアース」Tシャツが何種類も売られている。地球は平たい、衛星写真の丸い地球はNASAのフェイク映像だと信じる陰謀論者にツッコミを入れたい人むけの、ユーモア商品だ。

でも、地球平面論者の主張には、フェイク情報が蔓延していてもう何も信じられないから、物事を自分の目で見て確認できたものだけを信じよう、というネット社会の情報リテラシーに対する一つの姿勢がある。

そして、目に見える地球は平たいーー。

あれ?もう地球平面論者を笑っていられなくなった。