国内自動車メーカー「8社体制」は限界か? 日本だけ多すぎる根本理由――トランプ関税が迫る「再編のXデー」と“昭和モデル”の終焉

「8社体制」の賞味期限

 日本の乗用車メーカーは、長らくトヨタ、日産、ホンダ、スバル、スズキ、マツダ、三菱自動車、ダイハツの8社体制を維持してきた。しかし近年、この構造は限界を迎えつつある。契機となったのは、トランプ政権による自動車への追加関税だ。

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 この関税政策は、脱グローバルを掲げたブロック経済への転換を促す構造的な動きだった。グローバル市場の分断は日本メーカーを直撃し、8社体制の持続可能性に疑問を投げかけている。

 現在、ダイハツ、スズキ、三菱自を除く5社が北米に生産拠点を持ち、収益の多くを米国市場に依存している。スバルは売上の約7割、マツダも3割以上を米国に頼る。電気自動車(EV)シフトの加速と地域ブロック化の進行も、

・投資の優先順位

・技術基盤の確保

を難しくしている。この状況下で改めて問われるのは、

「なぜ日本にはいまだに自動車メーカーが8社も存在しているのか」

という根本的な問題だ。米国ではGM、フォード、ステランティスの3社に集約され、ドイツもフォルクスワーゲン、メルセデスベンツ、BMWの3社体制が主流。フランスもステランティスとルノーの2社にとどまる。

 こうしたなかで、日本の8社体制は際立っている。本稿では、国内メーカーの合従連衡の実態を検証し、自動車産業の持続可能な構造とは何かを考察する。

系列と地方が支えた分散構造

「8社体制」の賞味期限, 系列と地方が支えた分散構造, 二大グループへの再編シナリオ, 生き残りを賭けた具体戦略, トランプ関税が迫る日本車再編のXデー

2025年5月23日発表。主要11か国と北欧3か国の合計販売台数と電気自動車(BEV/PHV/FCV)およびHVシェアの推移(画像:マークラインズ)

 現在の8社体制は、戦後の混乱と復興のなかで形成された。連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が推し進めた

・財閥解体

・地方分散政策

が自動車産業に大きく影響し、生き残った8社は自然淘汰を勝ち抜いた存在といえる。

 国内市場の成長にともない、各社は得意分野を磨きつつ棲み分けを図り、日本車全体の技術力と競争力を底上げしてきた。激しい国内競争こそが、海外市場での強さの原動力となり、高品質とコスト競争力の土壌を築いた。

 各メーカーは地方経済との結びつきも強く、地域経済のコアを担ってきた。地元にとっては雇用と税収の確保が死活問題であり、企業の存続は地域の存続と直結していた。そうした背景から、地元による企業支援が継続されてきた側面がある。

 日本社会に根づく終身雇用制度も、企業統合や買収への保守的な姿勢を後押ししてきた。欧米で進んだ自動車メーカーの合従連衡が日本で進まなかったのは、固有の雇用慣行の影響が大きい。

 だが現在、自動車産業は「100年に一度」の転換期を迎えている。電動化とソフトウェア化が進み、巨額の投資と高度な人材が必要な時代に突入した。効率を高めるための共通化と集中化が不可欠になっている。

 特にEVは部品点数が大幅に減るため、従来のようなサプライチェーンを維持するのが難しい。対応する部品メーカーが減れば供給リスクが高まり、再編の必要性はさらに増す。

 この状況下で8社が分散して開発・販売・物流を担うことは、明らかな非効率となる。EVで先行するテスラ、比亜迪(BYD)、さらにはフォルクスワーゲン、GM、ステランティスといった競合勢に対し、日本の体制は限界を迎えている。いまだに昭和型の多社体制を温存する日本の姿は、もはや世界的に見て異常といえるかもしれない。

二大グループへの再編シナリオ

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アリーンOSを搭載した新型RAV4(画像:トヨタ自動車)

 自動車産業では、年間販売台数400万台がスケールメリットの境界線とされ、「400万台クラブ」と呼ばれてきた。この水準を下回るメーカーは、電動化やコネクテッド対応といった巨額投資を回収するのが難しくなる。現在、トヨタを除く7社はいずれも400万台未満にとどまっており、長期的な生存は厳しさを増している。

 こうした状況を踏まえ、二大グループへの再編シナリオが現実味を帯びてきた。

 まずトヨタグループでは、すでに資本提携を軸とした技術供与や共同開発が進行している。トヨタに加え、ダイハツ、スズキ、スバル、マツダを含む構成だ。スズキはインド市場、スバルは北米、マツダはニッチ市場に強みを持つ。それらをトヨタのEVプラットフォームや車載OS「アリーン」と共有することで、グループとしての開発効率が高まる。国内外の拠点や人材を再配置すれば、さらなる合理化が期待できる。

 一方で注目されるのが、ホンダと日産の経営統合の再挑戦だ。三菱を加えた

「ホンダ + 日産 + 三菱」

という枠組みによって、新たなグループが形成される可能性がある。ホンダの電動化技術、ロボティクス、航空分野の知見と、日産の欧米販路、三菱のアセアンにおけるブランド力を掛け合わせれば、トヨタグループに匹敵する競争力を生み出せる。この二大グループ体制が実現すれば、

・プラットフォーム共通化

・バッテリー戦略

・ソフトウェア開発

・データ分析

に至るまで、資源の集約によるコスト最適化が可能になる。だが同時に、工場の統廃合や重複人員の整理といった構造改革の痛みは避けられない。

生き残りを賭けた具体戦略

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ホンダのロゴマーク(画像:AFP=時事)

 日本の8社体制による再編が進んでも、競争力の強化には一定の時間を要する。各企業が生き残るためには、地政学的リスクと産業構造の変化を見据えた個別最適の戦略が欠かせない。

 特に米国市場では、自動車関税回避のための生産拡大が必須だ。カナダやメキシコなど周辺国を含めた生産再編とともに、バッテリー供給網の整備がカギとなる。

 一方で、中国市場では中国系メーカーとの競争が激化している。ここでは撤退も選択肢となる。将来的にはアセアンやインドへの戦略シフトを決断せざるを得ないケースも出てくるだろう。

 また、ハードとソフトの統合による開発効率の追求も加速する。車載OSの共通化は、OTA(無線アップデート)による機能強化やサービス提供を通じて、競争力をさらに高める。

 さらなる電動化とソフト化には、人材のリスキリング(再訓練)が不可欠だ。マツダが希望退職者500人を募集した例が示すように、従来のアセンブラー型製造からソフト主導の開発型体制への転換では、人員の再配置という厳しい決断が迫られる。

トランプ関税が迫る日本車再編のXデー

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2025年5月23日発表。主要メーカーの電気自動車(BEV/PHV/FCV)販売台数推移(画像:マークラインズ)

 トランプ関税は、日本メーカー8社体制という戦後の制度遺産への外圧として捉えられる。だが、内在する構造的な限界をあぶり出したともいえる。

 自動車産業は

・EVシフト

・ソフトウェア定義型自動車(SDV)普及

・地域分断

など複合的な変化に直面している。こうした状況で、メーカーは製造業の枠を超え、モビリティ産業へと再定義しなければ生き残れない時代となった。8社による分散体制は極めて非効率であり、もはや持続可能とはいい難い。

 再編には痛みがともなう。しかし、回避しようとすることが最大のリスクになる可能性が高い。トランプ関税政策は、日本の自動車産業に対し、統合と集中という新たな時代への扉を容赦なく開こうとしているのかもしれない。