「現代のF1ではセナ・プロのような戦いにはならない」中野信治が展望するチームのイメージ最優先の王者争い

中野信治・インタビュー F1 2025シーズン前半戦総括 後編(全3回)

 F1の2025年シーズン前半戦で、ライバルたちを圧倒したマクラーレンのステアリングを握るのはオスカー・ピアストリ(ポイントランキング1位)とランド・ノリス(同2位)。ともに20代の若いドライバーだが、ふたりのチャンピオン争いには過去のライバルたちが見せたマシンをぶつけ合う激しいバトルや確執はない。お互いをリスペクトし、クリーンなバトルが展開されている。

 ピアストリとノリスは、ともに初のタイトルを目指す。シーズン後半戦の最大の見どころとなる両者によるチャンピオン争いは、今後どうなっていくのか。元F1ドライバーで解説者の中野信治氏に聞いた。

【「セナ・プロ」のような王者争いにはならない】, 【現代F1で優先されるチームのイメージ】, 【ピアストリは最強のニュータイプ】, 【急成長を遂げているノリス】

2025年シーズンのF1王者争いを展望した中野信治氏 photo by Tanaka Wataru

【「セナ・プロ」のような王者争いにはならない】

中野信治 私もドライバーとしてF1の世界を経験してきて言えることですが、レッドブルのようにナンバーワンドライバーとセカンドドライバーという明確な差をつけるのは当然のことです。

 むしろナンバーワンを決めず、ランド・ノリスとオスカー・ピアストリのふたりのドライバーにレースをさせるマクラーレンのほうが特殊かもしれません。でも、今のマクラーレンは圧倒的な強さを誇るマシンがあるので、ドライバーふたりに対して明確な差をつけなくても、持ってきたプラットフォームのままで十分に戦うことができます。

 各レースでの状況によって戦略やポジションの優先権など、細かい決めごとはあると思いますが、チーム内でファースト、セカンドとあえて決める必要がないのかもしれません。

 マクラーレンのチャンピオン争いといえば、1980年代後半のアイルトン・セナとアラン・プロストのチームメイト対決を思い出す人が多いかもしれません。しかし、ノリスとピアストリが自由に戦ったとしても、「セナ・プロ」のようなドロドロしたチャンピオン争いにならないと私は思っています。

 セナとプロストのようにノリスとピアストリの間に確執が生まれ、チーム内がふたつのグループに分裂し、マシンをぶつけ合うような争いを繰り広げる......。現代にセナプロ時代のような戦いをやってしまうと、チームの評判やイメージを大きく損なってしまう可能性があります。そういう争いをチームとして決して容認しないと思います。

 今のレーシングチームは、昔の"レース屋"がやっていた時代の組織とはまったく異なります。一種の企業であり、言わば株式会社なんです。だから今のF1ではチームのイメージを落とす行為は、看板ドライバーであっても決して許されません。

 チームのイメージが低下すれば、スポンサーが離れ、活動予算が減り、優秀なスタッフが離れていき、チーム力と企業価値が落ちていく......。そういう考え方を現在のチーム代表たちはすると思います。

【現代F1で優先されるチームのイメージ】

 5〜10年ほど前からF1でのチーム作りの考え方と、チーム代表の役割が大きく変わってきていると私は感じていました。それこそウイリアムズの創設者で2020年まで40年以上にわたってチーム代表を務めたフランク・ウイリアムズさんや、1981年から2017年までマクラーレンを率いたロン・デニスさんが活躍していた時代と現代では役割がまったく違います。

 F1チームは昔も今も勝つこと、チャンピオンになることを目指して代表のもとで運営されていますが、同時にチームの企業価値を向上させていくことが非常に重要になってきているのです。

 シーズンが進むにつれてピアストリとノリスのチャンピオン争いは激しさを増していくと思いますが、どこまでふたりを競わせるのか。チームのイメージが向上するのかしないのかというのを見ながら、その線引きをするのがマクラーレンのチーム代表を務めるザック・ブラウンさんの役目だと思います。

【「セナ・プロ」のような王者争いにはならない】, 【現代F1で優先されるチームのイメージ】, 【ピアストリは最強のニュータイプ】, 【急成長を遂げているノリス】

チャンピオン争いを演じるランド・ノリス(左)とオスカー・ピアストリ(右) photo by Sakurai Atsuo

 マクラーレンの無線を聞いていると、チーム代表であるブラウンさんからこういうふうに戦ってほしいという指示がノリスとピアストリの担当エンジニアにしっかりと伝わっているように感じます。時々、ゴタゴタしているように見えることもありますが、今シーズンのマクラーレンは統率の取れた戦いをしています。

 おそらく今シーズンのマクラーレンのなかでは、ドライバーふたりが必要以上に争うことは、ライバルに隙を作ることになるし、チーム力も落ちていく。そういう状況はお互いのドライバーにとってもよくないので、プロフェッショナルとして無駄な争いをすることなく、着実にポイントを重ねながらチャンピオンを目指して戦っていく。

 そして、シーズンが進み、ドライバーの間に明確なポイント差が生じた場合は、ランキング上位のドライバーを優先して、タイトルを獲らせるためにチーム一丸となって戦っていこう......。そんな話ができているのではないかと私は推察しています。

 もちろん、このままマクラーレンのふたりがライバルに対して圧倒的なポイント差を築き、他のドライバーがチャンピオン争いにからまないのであれば、ふたりを戦わせることもあるかもしれません。

 でもチーム代表の指示のもと、コントロールされたなかで戦うことになるはずです。セナプロのようなマシンをわざとぶつけに行くとか、チームのイメージが下がるような争いにはならないでしょう。

【ピアストリは最強のニュータイプ】

 現在、チャンピオン争いをリードするピアストリはこれまでにない新しいタイプのドライバーです。感情の起伏がなくて、どんな時でも冷静沈着に見えます。もちろん彼だってエキサイトもするだろうし、ネガティブになることもあると思うのですが、それを絶対に表に出さない。こういうドライバーは強いです。

 彼の持っている強さと、マックス・フェルスタッペンの強さは似て非なるものというか、まったくの別物です。フェルスタッペンの強さは、どちらかいえば昔のドライバーの流れを引き継いだものだと思います。自分は誰にも負けない、ナンバーワンなんだという気迫が、彼の強さにつながっています。昔から脈々と続くドライバー像の究極形がフェルスタッペンと言えます。

 それに対してピアストリは現代が生んだニュータイプのドライバーです。本当の意味で最強だなと感じるのはピアストリのほうです。なぜなら、プロスポーツの世界で最後にものを言うのはメンタル。感情の波が少ない選手というのは一番強いと思います。

【「セナ・プロ」のような王者争いにはならない】, 【現代F1で優先されるチームのイメージ】, 【ピアストリは最強のニュータイプ】, 【急成長を遂げているノリス】

photo by Tanaka Wataru

【急成長を遂げているノリス】

 そのピアストリを相手にしてノリスはここまで互角の勝負を演じてきました。おそらく昨シーズン最初の頃のノリスであれば、今のピアストリに簡単にやっつけられていたと思います。

 しかしノリスは昨シーズン、フェルスタッペンと激しい攻防を繰り広げるなかで、ドライバーとしても人間としても一段レベルが上がっています。チャンピオン争いを経験して成長したノリスだからこそ、今、ピアストリと戦えていると思います。

 25歳のノリスと24歳のピアストリ。マクラーレンのドライバーラインナップは現代F1の理想形だと思います。2023年に新人のピアストリを獲得し、当時F1参戦5年目の勢いのあるノリスと組ませました。

 翌2024年はノリスがフェルスタッペンと争うことで成長し、彼らが戦う姿をピアストリは間近で見て学び、マクラーレンのふたりのドライバーは正常進化してきました。そして今年、チームメイト同士でチャンピオン争いを演じ、お互いに刺激し合い、さらなる成長を遂げています。

 F1参戦3年目を迎えたピアストリは、間違いなくこれからのF1を背負う存在になると思います。彼が後半戦、ノリスとのチャンピオン争いを通してどう成長していくのかを楽しみにしていますが、ピアストリの場合は変わらないことが強さだと思います。

 もし何か変わってしまったら、逆にそこに隙が生じてしまうような気がします。ピアストリの場合は、変化を楽しみにするというよりは、いかに変わらないで戦い続けられるかという点に注目していきたいと思っています。

終わり

前編から読む

【プロフィール】

中野信治 なかの・しんじ/1971年、大阪府生まれ。F1、アメリカのカートおよびインディカー、ルマン24時間レースなどの国際舞台で長く活躍。現在は豊富な経験を生かし、ホンダ・レーシング・スクール鈴鹿(HRS鈴鹿)のエグゼクティブダイレクターとして、国内外で活躍する若手ドライバーの育成を行なう。また、DAZN(ダゾーン)のF1中継や毎週水曜のF1番組『WEDNESDAY F1 TIME』の解説を担当、2025年夏、世界中で大ヒットしたブラッド・ピット主演の映画『F1 / エフワン』の字幕監修も務めた。