「手を抜く人」と「常に頑張る人」最後に勝つのはどっち? まさかの結果に

仕事も勉強も、やる気はあるのに先延ばししてしまう。多くの人が抱えるこの悩みに、心理学の視点から答えるのが、新刊『すぐやる人の頭の中──心理学で先延ばしをなくす』だ。著者は、モチベーションの研究を専門とする筑波大学人間系教授・外山美樹氏。この記事では、特別に本書から一部を抜粋し、モチベーションにまつわる心理学の最新知見を紹介します。

前回までのあらすじ, やる気を持続することは可能か? 自然と落ちていくものなのか?, 《アンケート》 あなたは「有限型」、「無限型」?, 有限型vs無限型――両者の自制心を比べる実験, 課題1:タイピング, 課題2:ストループ, 課題3:アナグラム, 手を抜かない無限型、力を温存する有限型, 有限型は努力を調整する

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前回までのあらすじ

 ついスマホを触ってしまうなど「やらなければならないこと」ができない現象を、心理学の「自制心(セルフコントロール)」という概念で解説しました。

 自制心は「心のエネルギー」のようなもので、このエネルギーを「有限」と考えるか「無限」と考えるかで行動が大きく変わることが判明。

 実験で明らかになった「自我枯渇」という現象と、無限型の人が休まずに頑張り続けようとする理由を掘り下げました。

●前回:疲れても働き続ける人と、すぐ休みたくなる人「やる気への考え方に1つの根本的な差」

やる気を持続することは可能か? 自然と落ちていくものなのか?

「意志の力」でもある自制心は、その気になれば無限に発揮できるものなのでしょうか?

 それとも、自制心には限りがあり、発揮するたびに消耗していくものなのでしょうか?

 ここからは、私が行った心理学の実験を紹介します。

 まずは、実験に参加してくれた人たちにアンケートを実施して、その人が「有限型」なのか「無限型」なのかを確認しました。

 そこで用いたアンケートの一部を示しますので、読者のみなさんも自分がどちらのタイプの人間なのか確認してみましょう。

《アンケート》 あなたは「有限型」、「無限型」?

 あなたが次の行動をとった直後のことについてお尋ねします。

・誘惑に抵抗した(例:甘いものを食べたいのを我慢した)

・自分を律した(例:運動嫌いなのに、痩せるために走った)

・感情をコントロールした(例:怒っているのに顔に出さなかった)

・高い集中力が求められる課題に取り組んだ(例:難しい数学の問題やパズルに挑戦した)

 以下の文を読んで、あてはまるものに〇をつけてください。

1:しばらくは、集中力を必要とする別の課題に取り組めない
2:次に何かに取りかかるまで、しばらく休憩したくなる
3:気晴らし(例:好きなことをする)をしたり、ぼんやりしたり、甘いものを食べたりすることを通して、エネルギーを補充したくなる
4:活力がみなぎるように感じる
5:エネルギーがわいてきて、その活動や課題をもっとやり続けたいと感じる
6:さらなる集中力を必要とする活動に向けて、エネルギーを得たように感じる

 いかがでしたか?

 前半(1~3)の文に賛同する人は「有限型」、後半(4~6)の文に賛同する人は「無限型」のタイプになります。

 ちなみに私は、典型的な「有限型」の人間です(つまり、1~3に〇がついて、4~6に〇がつかない)。

有限型vs無限型――両者の自制心を比べる実験

 実験を進めましょう。

 アンケートの結果から「有限型」と「無限型」に分類された実験参加者に、自制心を必要とする課題を3つ行ってもらいました。

課題1:タイピング

 ある文章をタイピングする課題です。

 ただし、「e」の文字だけタイピングせず、その代わりに「スペースキー」を入力しなければいけないという制約があります。

「e」を押したくなる衝動を抑えて、「スペースキー」を押さなければいけないので、これは自制心が必要となります。

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課題2:ストループ

 ストループ課題は、心理学の実験でよく用いられる課題です。

 次の図を見てください。

 左側の文字に対応した色のところにチェックを入れるというものです。

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「あお」という文字が赤字で、「きいろ」という文字が緑字で書かれています。思わず赤色、緑色のところにチェックを入れたくなります。

 つまり、色に反応する衝動を抑えて、文字を見ないといけないため、この課題もまた自制心が必要になるのです。

課題3:アナグラム

 ある文字(たとえば、「んりがしく」)を意味のある言葉に置き換える課題です。答えは「しんりがく」になります。

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 アナグラム課題自体には、自制心をそれほど必要としませんが、この実験では出題された5問のうち2問が、解決不可能な問題となっていました。

 いくら考えても正答にたどりつかないのです。もちろん、そのことは参加者には知らせておりません(ひどい!)。

 そのうち参加者は、「考えるのをやめたい」、「ギブアップしたい」という衝動に駆られます。しかし、その衝動を自制心で抑え込み、課題に取り組まなければいけません。

 これもまた、相当の自制心が必要になってきますね。

手を抜かない無限型、力を温存する有限型

 先ほど、無限型の人は、自制心が必要な事態が続いても頑張り続けることができるので、後続課題のパフォーマンスが落ちないという実験結果を紹介しました。

 ですが、私が実施したこの実験ではちょっとした趣向が加えられました。

 課題1が終わった時点で、実験者が参加者に、次のことを伝えました。

「これから課題2を行い、その後に課題3を行います。課題はそれで終わりです」

「課題3は、集中力を非常に必要とする難しい課題です」

 つまり、課題3では自制心が必要となることを、あらかじめ参加者に予告しておいたことになります。

 無限型の人は、「自制心を発揮しても、その資源(こころのエネルギー)はなくならない」と考えているわけですので、目の前の課題に全力で取り組むことが予想されます。

 一方で有限型のタイプの人はどうでしょうか?

 有限型のタイプの人は、「自制心を発揮すると資源が消耗され、その結果、自制心の力が弱まってしまう」と考えています。

「課題3は、集中力を非常に必要とする難しい課題です」なんてことを言われると、課題3のために力を温存しておく、すなわち、課題2では手を抜こうとすることが考えられます。

 実際のところ、課題2が終わった時点で、

「課題3のために力を温存することが重要であると考えたか?」

「課題3のために、力を温存しようとしたか?」

 などの質問に対して、有限型の人のほうが無限型の人より高い肯定率を示しました。

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無限型は目の前の課題に全力を出す。有限型は力を温存する

有限型は努力を調整する

 では、結果を見ていきましょう。

 課題2においては、有限型の人よりも無限型の人のほうが高いパフォーマンスを示しました。

 有限型の人は課題2ではあまり力を使わず、課題3のために力を温存していたわけですので、これは当然の結果といえるでしょう。

 興味深いのは、最後の課題3です。

 ここでは、解決不可能なアナグラム課題に取り組んだ時間が、自制心の指標となりました。

 さて、課題3の結果はどうだったでしょうか?

 読者のみなさんはすでに予想がついているかもしれません。

 課題3の自制心の程度は、無限型の人よりも有限型の人がかなり高いという結果になりました。有限型の人のほうが粘り強く課題に取り組んだのです。

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課題3の結果

 この実験結果からわかるのは、有限型の人は「資源には限りがあり、自制心を発揮することによって消耗される」と考えるため、資源をうまく配分しようとする――すなわち努力の程度を調整しているということです。

 一方で、無限型の人は、「資源は無限であり、自制心を発揮してもそれが消耗されるわけではない」と考えているため、目の前の課題に全力で取り組みます。

 無限型の人にとっては、資源(努力)を温存するなんて、考えも及ばないことでしょう。

 その結果、最後の課題3では、自制心が枯渇してしまったと考えられます。

・カロリーが高いものを食べない

・身体の痛みを我慢する

・集中力の必要な課題を続ける

・怒りを抑える

・偏見を示さない

・禁酒や禁煙

・ダイエット

 など、私たちの日常は自制心が求められる状況に満ち溢れています。

 そのため、すべての状況に対して同じレベルの努力を払うことは必ずしも適応的ではないでしょう。

 優先順位の低い状況に対して過剰な力を費やすと、優先順位の高い状況に十分な力を割くことができなくなる可能性があります。

 そのように考えるならば、有限型の人は適応的であるといえるのではないでしょうか。

 ここからは、さらに自制心を消耗する状況で、有限型と無限型の違いを見ていくことにします。

※本稿は、『すぐやる人の頭の中──心理学で先延ばしをなくす』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。