横浜地下鉄ブルーライン「延伸」恩恵あるのは誰か

「少しずつ」だが進んでいる?, 「新幹線アクセス強化」恩恵受ける地域は, 沿線住民はどのくらい利用する?, 通勤通学より「買い物需要」?, 莫大な費用がかかる地下鉄建設, 延伸と経営のバランスをどう取るか

車両基地に並ぶ横浜市営地下鉄ブルーラインの電車(編集部撮影)

将来の首都圏の鉄道路線網はどうあるべきか。国交省の諮問機関である交通政策審議会が2016年4月に公表した答申「東京圏における今後の都市鉄道のあり方について」を見ると、事業化に向けて検討すべきプロジェクトとして24路線が盛り込まれている。

【はじめに地図と写真を見る】▶現在の終点・あざみ野駅から小田急線の新百合ヶ丘駅まで、横浜市営地下鉄ブルーラインの延伸区間はどこを通る?▶駅予定エリア周辺の風景や、市が行った沿線住民「利用意向」の調査結果もグラフで紹介

このうち答申後、現在までの9年間に具体的な動きが見られたのは羽田空港アクセス線(田町駅付近など―羽田空港間)、新空港線=蒲蒲線(矢口渡―大鳥居間)の新設、東京メトロ有楽町線(豊洲―住吉間)、南北線(白金高輪―品川間)の延伸といった羽田空港を中心とした都心部のアクセス向上に資する路線や、多摩都市モノレール(上北台―箱根ケ崎間など)の延伸事業という、東京都内で完結する路線ばかりが目立つ。

コロナ禍を経てのライフスタイルの変化による、郊外と都心を結ぶ路線の需要減の影響がもちろん大きい。

「少しずつ」だが進んでいる?

その中で、横浜市営地下鉄3号線(ブルーライン)の延伸事業は、東京都外の事業として注目に値する。

現在のブルーラインの終点で、東急田園都市線も乗り入れる「あざみ野」駅(横浜市青葉区)から小田急線の「新百合ヶ丘」駅(川崎市麻生区)までの約6.5km(途中駅3駅)の延伸は、2019年1月に横浜市交通局が主体となって事業化し、2030年の開業を目指すことが公表された。

【地図と写真】現在の終点・あざみ野駅から小田急線の新百合ヶ丘駅まで、横浜市営地下鉄ブルーラインの延伸区間はどこを通る?駅予定エリア周辺の風景や、市が行った沿線住民「利用意向」の調査結果もグラフで紹介

だが、ここ数年は毎年約2億円の予算が計上されているものの、目立った動きが見られない。

現在の状況について事業主体の横浜市交通局に問い合わせると、「鉄道事業許可申請に必要な事業計画の策定に向けて、調査や設計を深度化している。また、あわせて関係機関などとの協議・調整を進めているが、昨今の建設物価の高騰やコロナ禍に伴う新たな生活様式による鉄道需要の減少など、顕在化した課題への対応に時間を要している」という。

具体的な作業としては、2024年度は「測量、概略設計、土質調査、旅客流動調査等について委託契約し、作業を進めた」といい、2025年度は「引き続き、鉄道事業許可申請に必要な事業計画の策定に向けて、設計、土質調査、環境影響評価手続等、必要な作業を進めていく予定」との回答だった。少しずつではあるが、一応、前進はしているようだ。

なお、2025年8月3日投開票の横浜市長選ではブルーライン延伸実現を政策に掲げている候補者もいたが、大きな論点にはならなかった。

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横浜市営地下鉄ブルーライン 延伸区間概略図

「新幹線アクセス強化」恩恵受ける地域は

そもそもこのブルーライン延伸事業にはどのような需要・効果が見込まれるのだろうか。横浜市のホームページには整備効果として「広域的な鉄道ネットワークの形成」や「新幹線へのアクセス機能の強化」「沿線地域の活性化」などの文言が並んでいる。

このうち新幹線へのアクセス機能の強化というのは、具体的には小田急線沿線、とくに川崎市北部・多摩地区から新横浜駅へのアクセス向上を意味するが、実際にどれくらいの効果があるのか。

横浜市のホームページによると、新百合ヶ丘駅―あざみ野駅間は現状、バスで約30分かかっているが地下鉄開通により約10分に短縮される。また新百合ヶ丘駅から新横浜駅までは現状、約35分かかっているのが乗り換えなしの約27分に短縮されるという。この35分というのは小田急線・JR横浜線(町田駅乗り換え)経由の所要時間である。

わずか8分の短縮ながら「乗り換えなし」の恩恵は大きいようにも思われるが、地下ホームへ下りる手間や時間を考慮すると、大差ないのではないかとも思われる。また、小田急線沿線でも鶴川など町田寄りの住民であれば、横浜線経由のほうが速いだろうし、登戸など東京寄りの住民であれば東京駅に出るのも時間的に大差がない。そう考えると新横浜駅へのアクセス改善という意味でブルーライン延伸の恩恵を受けるのは、ごく限られた人たちなのではないかとの疑問が湧く。

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小田急線新百合ヶ丘駅前。あざみ野駅などへのバスが発着する(筆者撮影)

横浜駅周辺など横浜都心部へのアクセス改善という意味では恩恵がありそうだが、小田急線沿線に住んでいて、ちょっとした買い物をしようという場合、普通は新宿か町田へ出かけるだろう。また、横浜市営地下鉄は、現在インバウンドの利用が伸びているようだが、今回の延伸区間は、インバウンド需要はあまり見込めそうにない。

沿線住民はどのくらい利用する?

次に「沿線地域の活性化」という観点から見てみよう。ブルーライン延伸は、あざみ野駅―新百合ヶ丘駅間の延伸予定区間の住民の利便性向上にどれくらい資するのだろうか。

同エリアにはあざみ野、すすき野、虹ヶ丘などの団地・住宅地があるが、「鉄道空白地帯」である。だが、あざみ野駅―新百合ヶ丘駅間を結ぶ小田急バス「新23系統」が朝夕は1時間に5~6本、日中は4本走るほか、あざみ野駅からすすき野・虹ヶ丘団地方面を結ぶ東急バス、新百合ヶ丘駅から小田急バス、川崎市営バスが多系統運行されている。

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あざみ野駅発、新百合ヶ丘駅行きの小田急バス。生活路線であり、全線を乗り通す需要は少なそうだ(筆者撮影)

バス路線が非常に充実したエリアであり、地下鉄開業後に中間駅とこれらのバス路線を再編した上で結節させれば、フィーダーバス的な利便性の向上が期待できそうである。

では、このエリアではブルーライン延伸に具体的にどのような需要が見込まれるのだろうか。2020年に横浜市が延伸地域の住民を対象に実施したアンケート結果を見てみよう(対象5000世帯、回収率39.9%)。横浜市が実施しているので、川崎市側の住民の声が反映されていないものの、参考にはなる。

注目すべきは「ブルーライン延伸後の利用意向」という項目で、回答者の約55~60%が「現在のサービス水準であれば(地下鉄を)利用する」、また25%程度が「現在のサービス水準以上であれば利用する」と回答している。

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横浜市営地下鉄ブルーライン 延伸沿線アンケート 利用意向

現在のサービス水準とは、具体的にはバスとの比較においての運賃や運行本数を指すのだろう。地下鉄利用を促すには現行のバスと同程度の運賃水準に抑えるのが条件ということになりそうだ。ちなみに小田急バス「新23系統」は、240円の均一運賃である。

続けてアンケート結果を見ていくと、延伸区間には「嶮山(けんざん)」付近、「すすき野」付近、「ヨネッティー王禅寺」付近という3つの途中駅が設置される予定(いずれも仮称)だが、このうち最も利用が見込まれそうなのは嶮山駅である(ヨネッティー王禅寺=川崎市立のプール・シニア向け休養施設の名称)。

通勤通学より「買い物需要」?

そして、ブルーライン延伸後の「利用目的」を見ると、「買い物」が2590票で1位となっており、2位の「通勤・通学」の1377票を大きく引き離している。すすき野団地、虹ヶ丘団地などからあざみ野駅・新百合ヶ丘駅への通勤・通学需要は相当にありそうだが、それを上回る買い物需要があるというのは意外である。

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横浜市営地下鉄ブルーライン延伸 沿線アンケート 利用駅・利用目的

【写真】嶮山駅予定地付近にあるショッピングモールや団地のあるすすき野、そして「ヨネッティー王禅寺」付近の現在の様子

嶮山駅予定地付近には「あざみ野ガーデンズ」という中規模のショッピングモールがあるほか、中間駅からブルーライン・田園都市線を乗り継いで、たまプラーザ駅などの大規模ショッピング施設へ買い物に出かける需要が相当にあるのだろう。

なお、アンケート結果には表れていないが、川崎市域に設置される予定のヨネッティー王禅寺駅付近には田園調布学園大学があり、教職員・学生の一定の利用が見込まれるほか、かわさき記念病院、少し距離は離れているが聖マリアンナ医科大学病院などもある。

こうして見ると、今回のブルーライン延伸は「広域的な交通利便性の向上」よりも「新駅設置による(中間エリアの)利便性の向上」の効果のほうが大きいように思われる。だが、バス路線の再編を併行してきちんと行わないと、バスとの需要の奪い合いになる可能性がある。結局、どれくらいの需要が喚起されるのか読みづらいところだ。

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すすき野2丁目。団地が建ち並ぶこの付近にも駅ができる予定だ(筆者撮影)

では、この延伸区間の建設費は、実際にはどれくらいかかるのか。横浜市のホームページには概算事業費「約1720億円」とあるが、この数字は2019年の事業化判断時のものだ。

現段階で事業費をどれくらいに見積もっているのか、横浜市交通局に聞くと「昨今の物価高騰を受けて、事業費の見直しを行っている。建設コストの削減に取り組むなど事業費を精査している段階であり、現時点で事業費は確定していない」との回答だった。

これはあくまでも筆者の予想だが、当初1810億円と見込まれていた「中野サンプラザ」(東京都中野区)跡地の再開発事業費が2024年1月時点で2639億円、さらに同年末時点で3500億円余と倍近くまで膨れ上がったことからすれば、ブルーライン延伸もやはり倍額(3500億円)近くになると想定すべきか。

莫大な費用がかかる地下鉄建設

東京の臨海地下鉄新線(東京―有明・東京ビッグサイト間)の事例も参考になりそうだ。同路線の距離は6.1kmとブルーライン延伸区間とほぼ同じだが、2022年に都が公表した事業計画案によれば建設費は約4200億~5100億円にものぼる。

臨海地下鉄新線は途中駅が5駅とブルーライン延伸区間よりも多く、また地下鉄は道路など公共用地の下を通すといえども、一部は民有地を通す必要があることから、その分の用地費も見込まなければならず、東京都心の地価を考えれば単純比較はできない。

それにしても現在、地下鉄を建設するには驚くべき費用がかかるのだ。2000年に目黒―赤羽岩淵間の現区間が全線開業した東京メトロ南北線の総工費が21.3kmで約5900億円だったのと比較すると、1kmあたりの工事費は3倍近くにも膨れ上がっていることになる。

なお、今回のブルーライン延伸事業においても、これまでの横浜市営地下鉄の延伸で適用されてきた公営地下鉄事業の基本スキームである「地下高速鉄道整備事業費補助」制度の活用が想定されており、国および地方自治体(横浜市、川崎市)から一定割合の補助を受ける。

これを前提に、当初の計画通り概算事業費を1800億円程度と見積もった場合でも、借入金の額は600億円余(工事費等:385億円、車両費等:240億円)に上る。仮に事業費が倍額になれば、1200億円規模の借金が必要となる。

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概算事業費を約1800億円とした場合の費用負担(画像:横浜市・川崎市の2019年1月の記者発表資料より)

2023年度末の横浜市交通局の企業債(借入金)残高は3000億円余となっており、2018年度末の4000億円余から約1000億円も減少している。だが、今回の延伸事業を行えばこれまで順調に減らしてきた借金がまた一気に増えることになり、金利も上昇基調にあることを考えれば経営へのインパクトは免れない。

延伸と経営のバランスをどう取るか

横浜市交通局の現在の財政状況は、2024年度の「市営交通事業の決算(速報)」を見ると、とくに地下鉄事業はコロナ禍のダメージから順調に回復しており52億9100万円の経常黒字(バス事業は6億4600万円の経常赤字)を計上しているものの、1日あたりの地下鉄利用者数は62.5万人と、コロナ禍前の2018年度の67万人の水準までは戻っていない。

加えて考慮すべきは、横浜の地下鉄は初期開業からすでに50年以上が経過し、施設の老朽化が目立ち始めていることだ。とくに路線が海に近いことから塩害による構造物の腐食・劣化対策も必要であり、今後は補修費用がかさむことも予想される。

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車両の更新も行われている。3000A形(右)は新型車への置き換えが進む(編集部撮影)

【写真と図をもっと見る】横浜市営地下鉄ブルーラインの延伸区間予定ルート図、市が実施した利用意向アンケート調査の結果、そして現在ブルーラインを走る電車など

現状の運転手不足によるバス路線の維持の困難さなどに照らせば、代替交通手段への投資も選択肢として考えるべきだとは思うが、果たして巨額の建設費が必要な地下鉄であるべきなのか。横浜市交通局の「中期経営計画2023-2026」を見ると財務基盤の強化のために「身の丈に合った経営への変革」を進めることを掲げている。今後の投資として何を優先すべきか、冷静に見極める必要がありそうだ。