“朝焼け”じゃなくて“夕焼け”…嵩が卒制で選んだ最後の色がオレンジだったワケ【あんぱん第41回レビュー】

『あんぱん』第41回より 写真提供:NHK
日本人の朝のはじまりに寄り添ってきた朝ドラこと連続テレビ小説。その歴史は1961年から64年間にも及びます。毎日、15分、泣いたり笑ったり憤ったり、ドラマの登場人物のエネルギーが朝ご飯のようになる。そんな朝ドラを毎週月から金曜までチェックし、当日の感想や情報をお届けします。朝ドラに関する著書を2冊上梓し、レビューを10年続けてきた著者による「見なくてもわかる、読んだらもっとドラマが見たくなる」そんな連載です。本日は、第41回(2025年5月26日放送)の「あんぱん」レビューです。(ライター 木俣 冬)
のぶの縁談が決まった
“お祝いムード”から暗転
第9週「絶望の隣は希望」(演出:野口雄大)のはじまりには不意を突かれた。これまで数々の名言を語ってきた寛(竹野内豊)が亡くなったのだ。まるで、人格者の役割を次郎(中島歩)に譲ったかのように……。
冒頭は、お祝いムードだった。結太郎(加瀬亮)が結んでくれた縁談によって、のぶ(今田美桜)は次郎と結婚を決めた。家族や隣人は大喜び。これで子宝に恵まれたらいっそう「愛国のかがみ」になれるだろうと思われていることが、令和の価値観から言ったらちょっと余計である。でもこの当時は「産めよ殖やせよ」の時代だったから仕方ない。
不穏なのはなんにも知らない嵩(北村匠海)のほうだ。卒業制作をせっせと描いている。銀座の街をたくさんの人たちが歩いている絵で、そこにはおしゃれした女性が赤いバッグを持って歩いている後ろ姿がある。もしかして、もしかしなくてものぶだろう。白に小さな赤い水玉を散らしたワンピースは、ドラマの宣伝ビジュアルでのぶが着ているワンピースに似ている。
それにしても渡せなかった赤いバッグを持たせているのが未練がましい。
この絵を書き上げたら御免与町に戻ろうと思っている嵩。でも戻ってものぶは結婚してしまっている、あるいは間近に控えているだろう。嵩のひとり相撲が悲しい。
さらに追い打ちをかけるような知らせが。
この回の演出は誰?
当てるのもドラマの楽しみ
電報が届いた、と健太郎(高橋文哉)が血相を変えて駆けてきた。
もしかして召集令状?と思ったら、
「チチキトク スグカヘレ」
千尋(中沢元紀)からの、寛(竹野内豊)、危篤の報であった。往診の最中、急に倒れてしまったのだ。なんだか最近、食欲なく元気がなかった寛。これぞ医者の不養生。
でも嵩はまず絵を仕上げようとする。「そうしないとおじさんに顔向けできない」と懸命に描き続ける。
一晩中描いて朝が来て。最後、水入れに溶いた絵の具はオレンジ。朝焼けというよりは夕焼けの色のようだ。このシーンに時間と気合をかけているようで、青とオレンジの水入れが光に照らされた画がすてきだった。
タイトルバックで確認し忘れて、今週の演出は誰だろう、野口雄大さんかなと思ったら、見返したらやっぱりそうだった。根拠は、何か画にひと手間かけようとしている気持ちが伝わってくるから。蘭子(河合優実)と豪(細田佳央太)の回もそうだった。これは若手スタッフに見られる傾向だ。演出が誰か当てるのもドラマの楽しみのひとつなのだ。
野口さんは2023年、『さまよえ記憶』で映画監督デビューしている。「大切な人を失った時、人はその悲しみとどう生きるのか」をテーマにした繊細な作品だった。NHKではこれまで大河ドラマ『どうする家康』、朝ドラ『エール』、よるドラ『恋せぬふたり』などを担当してきた。これから期待の演出スタッフである。
閑話休題。銀座のネオンに照らされたオレンジの顔をした人々の明るい絵ができあがった。これは「アンパンマン」のオレンジ色を彷彿とさせる。
「この作品の提出をもって本校の課程を終了と認める」と労う座間(山寺宏一)の声がイケボ。改めて、山寺宏一の声ってかっこいいなあと思う。
そして、嵩はのぶにも負けないような猛ダッシュをして、列車に乗り込み、御免与町を走って柳井家に到着した。列車のなかで手を絞っているとき、絵の具がついているところは芸の細かさ。
しかし、ときすでに遅く寛は息を引き取っていた。

最期まで
“名言づくし”だった寛
嵩がすぐに帰ってこなかったことを千尋は責めるが、寛はちっともがっかりしていなくて、むしろ卒制を仕上げてからでないとゆるさない、殴っちゃるとこぶしを弱々しく握り、いつもと違う厳しさを見せる。これまでどんなときでもやさしかった寛が「殴っちゃる」と声を絞り出すところが悲しい。
「(自分の選んだ生きる道を)投げ出すがゆるさん」と最後まで、いいことを言っていた寛。
彼の握ったこぶしと、嵩が絵を描くために筆をぐっと握って、絵の具がついたこぶしとが呼応しているように見える。千代子(戸田菜穂)の「寛さんと嵩さんはやっぱり心が通じおうちょったがやね」と言うセリフとも合っている。
それにしても、週明け、いきなりの寛の死には驚いた。
『あさイチ』でも博多華丸・大吉と鈴木アナが呆然としていた。
大吉が「予想してなかったね」と言うと、華丸が「予想するもんじゃないけどね」とたしなめたのが印象的だった。
そう、ドラマは登場人物の死を見どころにしがちだ。実のところひじょうに不謹慎な娯楽なのだということを華丸の素直な意見によって改めて思うのだった(まじめか)。
さらに大吉が「お父さんいなくなると、ほかにお医者さんいなくなるね」とぽつり。確かに。
寛は嵩と千尋の自由を優先した結果、この町の人たちの医療環境を悪化させることになるわけだ。寛はかなり献身的に町の人たちに尽くしていた。こんないいお医者さんがいなくなると、町の人たちは本当に困るだろう。
それでも、嵩と千尋に、自分のやってきた善意を継がせようとは思わない。何を優先するかは個人個人が選ぶことなのだ。嵩は絵で、千尋は法律で、町の人たちを幸せにすればいいということだ。町の医療のために頑張りたい人が現れるのを待つしかない。
嵩が寛の死に目に間に合うことより絵を完成させることを優先したのがその象徴である。人生って苦い。どうしたものか。主題歌でいうところの「超絶G難度人生」を今日も噛みしめる。
フォトギャラリー
主なシーンより

第8週(5月26日〜30日)
「絶望の隣は希望」あらすじ
朝田家ではのぶ(今田美桜)の祝言の話が進み、釜次(吉田鋼太郎)たちは胸を弾ませる。同じころ、嵩(北村匠海)は卒業制作を仕上げたらのぶに自分の気持ちを伝えようと、作業に没頭していた。嵩は徹夜で絵を描き上げて、御免与町へ帰省するが、のぶに結局思いを告げられないまま、嵩は東京へ戻ることに。帰り際、嵩が朝田家の前を通りかかると、そこに次郎(中島歩)がやってきて…。
連続テレビ小説『あんぱん』
作品情報

連続テレビ小説「あんぱん」。“アンパンマン”を生み出したやなせたかしと暢の夫婦をモデルに、生きる意味も失っていた苦悩の日々と、それでも夢を忘れなかった二人の人生。何者でもなかった二人があらゆる荒波を乗り越え、“逆転しない正義”を体現した『アンパンマン』にたどり着くまでを描き、生きる喜びが全身から湧いてくるような愛と勇気の物語です。
【作】中園ミホ
【音楽】井筒昭雄
【主題歌】RADWIMPS「賜物」
【語り】林田理沙アナウンサー
【出演】【出演】今田美桜 北村匠海 加瀬亮 江口のりこ 河合優実 原菜乃華 細田佳央太 高橋文哉 中沢元紀 大森元貴 / 二宮和也 戸田菜穂 浅田美代子 吉田鋼太郎 / 竹野内豊 妻夫木聡 阿部サダヲ 松嶋菜々子 ほか
【放送】2025年3月31日(月)から放送開始