トラックの最高速度引き上げが「大気汚染」を招く? 米国研究が突きつけた、日本の不都合な真実

中大型トラック速度引き上げの環境影響

 日本では2024年、高速道路における車両総重量8t以上の中大型トラックの最高速度が、従来の時速80kmから90kmに引き上げられた。この速度引き上げは「働き方改革」による物流ドライバーの勤務時間短縮を狙ったものだ。しかし環境面では歓迎しにくい動きとなっている。

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 米国の最新研究によると、速度制限の引き上げは

「都市部の大気汚染悪化」

を招く可能性があるという。2025年1月、カリフォルニア大学リバーサイド校などの研究チームは、学術誌『Environmental Science and Technology』で発表した。研究では、コロナ禍前後のカリフォルニア州ロサンゼルスとユタ州ソルトレイクシティの都市圏で収集した自動車排出ガスデータを比較した。

 対象は、ガソリン車から排出される一酸化炭素(一種の有害大気汚染物質)と二酸化炭素(温室効果ガス)である。新車種ほど厳しい排ガス規制が課されており、年々都市の空気は改善傾向にあるものの、速度引き上げは逆風となる可能性がある。

実走速度と排出ガス測定の限界

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ソルトレイクシティ(画像:Pexels)

 2013年から2019年のデータを分析したところ、ロサンゼルスでは自動車からの一酸化炭素排出量が減少した一方で、ソルトレイクシティでは減少が見られなかった。研究チームが原因を調査した結果、ソルトレイクシティで高速道路の制限速度が引き上げられたことが影響していると判明した。

 同市では2014年12月、一部の州間高速道路の制限速度が時速65マイル(約100km)から70マイル(約110km)に引き上げられた。またユタ州の一部地方では、制限速度が時速80マイル(約130km)に設定されている。

 研究を主導したカリフォルニア大学リバーサイド校の環境科学者フランチェスカ・ホプキンス氏は、

「ソルトレイクシティが制限速度を引き上げた結果、一酸化炭素の排出量が増加したのです。大気汚染の要因として、車両の速度にもっと注意を払う必要があります」

と指摘する。

 さらに本研究は、車両排出ガスの測定方法の限界も示している。カリフォルニア州では多くの場合、管理された実験室内での試験に依存し、シミュレーション速度は時速70マイル(約112km)が上限だ。しかし、実際の走行ではエンジンが試験では予測不可能な条件に置かれることも多い。つまり、多くの車両が実際には実験室で再現できない速度で走っている可能性が高い。ホプキンス氏は

「道路を走る多くの車は、実験室では再現できない速度で走行しています。…中略…高速道路で実際に何が起きているかを測定することは、これらのモデルの重要な検証となります」

と述べている。

一酸化炭素増加の背景と速度規制

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自動車(画像:Pexels)

 研究チームは計測機器を直接道路に持ち込み、自動車の走行中に排出される一酸化炭素と二酸化炭素の量を測定した。

 測定は両都市の夏季、特にドライバーが多い日中に行われた。研究者は車載式排出ガス分析装置を用い、10日間にわたり1日約5時間、高速道路を走行した。風や交通量の変動、霧などの影響も考慮した。

 二酸化炭素は環境に有害だが人体には比較的無害である。一方、一酸化炭素は体内の酸素運搬を妨げ、中毒のリスクがある。

「私たちは、一酸化炭素(CO)が空気中にどれだけ含まれているかに関心がありました。吸い込むと体に害を及ぼすからです。COはオゾンなど、大気中の他の化合物と相互作用し、肺に直接ダメージを与えます」(ホプキンス氏)

 すべての内燃機関は二酸化炭素を排出するため、研究者は一酸化炭素と二酸化炭素の比率「CO/CO2比」を使い排出傾向を定量化した。ロサンゼルスでは2013年から2019年にかけ、この比率が年間約8%減少した。

「触媒コンバーターと規制のおかげで、特にここカリフォルニアでは車はよりクリーンになりました。しかしソルトレイクシティ地域では、二酸化炭素に比べて一酸化炭素の排出量が驚くほど増加しています。最も可能性の高い原因は、速度制限の引き上げです」(ホプキンス氏)

コロナ禍が示した走行速度と排出量の関係

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論文「カリフォルニア州ロサンゼルスとユタ州ソルトレイクシティにおける夏の自動車燃焼効率の傾向の比較」(画像:Environmental Science and Technology)

 排出量が急増した原因が運転速度にあるという確証は、コロナ禍による予期せぬ社会実験で得られた。

 2020年、ロサンゼルスの交通渋滞が解消された際、ドライバーの平均速度は上昇した。これにともない「CO/CO2比」は急上昇し、長年の改善が帳消しになった。しかし、コロナ禍が落ち着いた2021年には渋滞が再発し速度は低下。結果として排出量は再び減少した。

「スピードを上げるとエンジンはより多くのエネルギーを消費し、一酸化炭素などの汚染物質を除去する効率が低下します。パンデミック中に私たちが目にしたのは、まさにそのことを実証したのです」(ホプキンス氏)

 研究者は自動車排出ガス規制の厳守の重要性を強調。速度規制が規制効果を相殺している可能性の再検証を提言する。

「今回の調査は、カリフォルニア州の政策が実際に効果を上げていることを示しています。しかし新たな発見もありました。スピードは安全だけでなく、大気の質にとっても重要なのです」(同)

 日本では2024年から高速道路で中大型トラックの最高速度が引き上げられた。環境への懸念はあるが、触媒性能の向上も期待される。

 一方、走行速度を抑制する動きもある。日本では2026年9月、生活道路の法定速度が60km/hから30km/hに引き下げられる。これは交通安全のみならず、一酸化炭素と二酸化炭素の排出抑制にも寄与する施策である。