世界アルツハイマーデー(9月21日)に「注文をまちがえる料理店」が全国開催 「ま、いっか」が広がれば世界は少しやさしくなる

「世界アルツハイマーデー」に全国一斉開催, ハンバーグではなく餃子が出てきた。でもみんな楽しそうだった, たとえ何歳になっても、認知症になっても自分らしく, 認知症の「に」の字も出さずにプロジェクトを立ち上げた, 「まちがえる」ことが目的ではない。福祉プロジェクトではない, いちばん大切なのはコミュニケーション, 「ま、いっか」と「寛容」は違う, 2026年秋、映画『注文をまちがえる料理店』が公開予定

名物「特大ペッパーミル」でサラダに胡椒をかけるスタッフ photo©️森嶋夕貴(D-CORD)

2017年9月、前代未聞のイベントが都内で開催され、国内外で大きな話題となった。その名も「注文をまちがえる料理店」。認知症の状態にある方たちがホールスタッフとして働く、期間限定のレストラン型のイベントだ。

「ときどき注文をまちがえるかもしれないことを、どうかご承知ください。そのかわり、どのメニューもここでしか味わえない、特別においしいものだけをそろえました」とアナウンスされるその店が広めたいのは、「ま、いっか」の精神。

認知症の状態にある人と、そうでない人との間にある壁を取り払い、開かれたコミュニケーションの実現を願って行われたこのイベントはその後、何度も開催され、スターバックスや老舗和菓子店とらやとコラボレーションしたり、厚生労働省庁舎内の食堂にオープンしたりするなど、次第に広がりを見せてきた。

「世界アルツハイマーデー」に全国一斉開催

その「注文をまちがえる料理店」が、2025年9月20日、21日に「全国一斉開催」というバージョンアップを遂げて催される(20日は原宿・ハラカド「FAMiRES」のみで開催)。9月21日は「世界アルツハイマーデー」でもある。

今回のイベントの模様を中心に「注文をまちがえる料理店」の歩みを記録したドキュメンタリー映画の製作も進んでいる。このプロジェクトの発起人である小国士朗さんと、映画『注文をまちがえる料理店』のプロデューサーでNHK在局時代には連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』の制作統括を務めた堀之内礼二郎さんに話を聞いた。

ハンバーグではなく餃子が出てきた。でもみんな楽しそうだった

かつてNHKに所属し、ドキュメンタリー番組を制作していた小国さん。『プロフェッショナル 仕事の流儀』の制作で訪れた施設での体験が「注文をまちがえる料理店」の原点だという。

小国士朗さん(以下、小国)「認知症介護のプロフェッショナルであり、現在、一般社団法人『注文をまちがえる料理店』の理事長を務める和田行男さんをの仕事を追ったドキュメンタリーを制作していたときのことです。和田さんが運営する、認知症の状態にある方々が暮らす施設を取材して、入居者の方たちが作ったランチをごちそうになりました。

『今日のメニューはハンバーグだよ』と聞いてテーブルに着いて待っていたら、餃子が出てきた。『挽肉しか合ってないじゃん』と思ったんですが、そんなことを気にしているのは僕だけだったんです。みんなめちゃくちゃ美味しそうに、楽しそうに餃子をパクパク食べている。なんて豊かで、素敵な風景なんだろうと思いました。僕にとってその体験が“コロンブスの卵”でした。全員が受け入れたら、間違いが間違いでなくなる。ものすごく心を動かされて、『この風景を街の中に作りたい』と思いました」

「世界アルツハイマーデー」に全国一斉開催, ハンバーグではなく餃子が出てきた。でもみんな楽しそうだった, たとえ何歳になっても、認知症になっても自分らしく, 認知症の「に」の字も出さずにプロジェクトを立ち上げた, 「まちがえる」ことが目的ではない。福祉プロジェクトではない, いちばん大切なのはコミュニケーション, 「ま、いっか」と「寛容」は違う, 2026年秋、映画『注文をまちがえる料理店』が公開予定

「てへぺろ」と倒れた「る」が目印の「注文をまちがえる料理店」の看板 photo©️森嶋夕貴(D-CORD)

たとえ何歳になっても、認知症になっても自分らしく

その「豊かな風景」の背景には、認知症介護のプロフェッショナル・和田行男さんの独自の哲学があった。小国さんはこう続ける。

小国「和田さんの施設の入居者の方たちは、買い物も料理も洗濯も掃除も、自分でできることは自分でする。喫茶店にモーニングを食べに行く。なじみのマスターと会話を楽しんで帰ってくる。それを職員の方たちが後ろから見守るんです。たとえ何歳になっても、認知症になっても、入居者の方たちが自分らしく生活し続けることをサポートするのが介護のプロとしての仕事である、というのが和田さんのポリシーです。

僕はそれまでドキュメンタリー番組の制作をやってきて、認知症は正直、触れることを躊躇してきたテーマでした。自分の中に勝手なイメージが刷り込まれていたんですね。和田さんとの出会いで、『すごいな。こんな世界があるんだ』と目から鱗が落ちました」

「世界アルツハイマーデー」に全国一斉開催, ハンバーグではなく餃子が出てきた。でもみんな楽しそうだった, たとえ何歳になっても、認知症になっても自分らしく, 認知症の「に」の字も出さずにプロジェクトを立ち上げた, 「まちがえる」ことが目的ではない。福祉プロジェクトではない, いちばん大切なのはコミュニケーション, 「ま、いっか」と「寛容」は違う, 2026年秋、映画『注文をまちがえる料理店』が公開予定

認知症介護のプロフェッショナルで一般社団法人「注文をまちがえる料理店」の理事長を務める和田行男さん photo©️森嶋夕貴(D-CORD)

認知症の「に」の字も出さずにプロジェクトを立ち上げた

「注文をまちがえる料理店」実現のために動き出した小国さんが、いちばん最初に声をかけたのも和田さんだった。

小国「和田さんはずっと戦ってるんですよ。ひとことで言えばロックな人。和田さんが『認知症の状態にある方でも、自分でできることは自分でやろう』という環境づくりを始めたのは、もともと彼が福祉の現場に抱いた強烈な違和感からだそうです。そんな和田さんに『僕、こういうことを思いついたんですけど、一緒にやってくれませんか』と話したら、二つ返事で快諾してくれました」

その後和田さんの他に、プロジェクトの理念に賛同した有名店の料理人、コミュニケーションデザイナー、クリエイティブディレクターなど、さまざまな分野のプロフェッショナルが集結した。

小国「プロジェクトが動き出したとき、僕はまだNHKにいましたし、とてもひとりではできないなと思って。『あの人とだったらできるかも』と思う人にひとりずつ会いにいって、『この指とまれ』をしました。でも、『認知症の状態にある人がキラキラ輝く社会を作りたいんです』という『この指』を立てたとしたら、たぶん誰も集まらなかったんじゃないかと思います。

「世界アルツハイマーデー」に全国一斉開催, ハンバーグではなく餃子が出てきた。でもみんな楽しそうだった, たとえ何歳になっても、認知症になっても自分らしく, 認知症の「に」の字も出さずにプロジェクトを立ち上げた, 「まちがえる」ことが目的ではない。福祉プロジェクトではない, いちばん大切なのはコミュニケーション, 「ま、いっか」と「寛容」は違う, 2026年秋、映画『注文をまちがえる料理店』が公開予定

スタッフエプロンにもあしらわれた「てへぺろマーク」 photo©️森嶋夕貴(D-CORD)

こういうプロジェクトを立ち上げる場合、認知症にすごく詳しかったり、認知症に取り組んできた実績がなければいけないと思われるかもしれません。でも僕は、認知症の『に』の字も使わないで『この指』を立てたいと思ったんです。

老若男女、立場や背景を超えて笑い合える瞬間を作りたい。『まちがえちゃったけど、ま、いっか』と思い合える精神を発信する場所を作りたい。それを第一のコンセプトとして示したところ、『だったらやりたい』と思ってくれた人たちが『この指』に止まってくれました」

「まちがえる」ことが目的ではない。福祉プロジェクトではない

そんな仲間とともに立ち上げた「注文をまちがえる料理店」では、大切にしていたルールがあるという。

小国「和田行男さんと、イベントの趣旨に賛同いただいた介護事業者の皆さんの協力で、認知症の状態にあり、なおかつホールスタッフをやってみたいと願い出てくれた皆さんに集まっていただきました。第1回のイベントの前、2017年6月に行ったプレオープンイベントでは、66%のお客さまが『まちがい』を経験されました。お客さまは楽しんでいたし喜んでいたんですが、僕たちは『まちがえることを目的にするのはやめよう』ということをルールとして決めていたんです。

いちばんやってはいけないのは恣意的にまちがいを誘引すること。それから、『社会にとっていいことだから、おしゃれじゃなくても、美味しくなくても、我慢してね』という、善意の押し付けです。そんなことは僕らも、スタッフの皆さんも望んでいません」

「世界アルツハイマーデー」に全国一斉開催, ハンバーグではなく餃子が出てきた。でもみんな楽しそうだった, たとえ何歳になっても、認知症になっても自分らしく, 認知症の「に」の字も出さずにプロジェクトを立ち上げた, 「まちがえる」ことが目的ではない。福祉プロジェクトではない, いちばん大切なのはコミュニケーション, 「ま、いっか」と「寛容」は違う, 2026年秋、映画『注文をまちがえる料理店』が公開予定

六本木一丁目 RANDYにて行われた第1回イベント photo©️森嶋夕貴(D-CORD)

小国さんは「注文をまちがえる料理店」を「福祉プロジェクト」だと言ったことは一度もないという。

小国「僕らが提供するのはエンターテインメントで、ライバルはディズニーランドやUSJ、ミシュラン三つ星のレストランだと思っています。『福祉プロジェクト』ではなく、料理店として味も負けない、面白さも負けない、そういう店を目指しているので」

いちばん大切なのはコミュニケーション

プレオープンイベントでの「まちがい」を教訓に、第1回イベントではオペレーションを徹底的に見直したという。

小国「メニュー数は厳選して数を絞り、数字を丸で囲むだけで注文を取ることのできるオーダー表を作りました。テーブル番号が一目瞭然になるように、各テーブルに目につきやすい番号札を立てました。

このイベントでいちばん大切な目的は、コミュニケーションです。お客さまが食事を楽しむ約90分という時間の中で、スタッフとお客さまのコミュニケーションの接点を最大限につくれるシステムを設計しました。できる限りホールスタッフの皆さんが働きやすい仕組みをつくり、『まちがい』が起きないように慎重に準備を重ねることが大事です。それでもまちがえちゃった、忘れちゃった、というときに初めて、お客さまに『ま、いっか』と言ってもらえるのだと思います」

「世界アルツハイマーデー」に全国一斉開催, ハンバーグではなく餃子が出てきた。でもみんな楽しそうだった, たとえ何歳になっても、認知症になっても自分らしく, 認知症の「に」の字も出さずにプロジェクトを立ち上げた, 「まちがえる」ことが目的ではない。福祉プロジェクトではない, いちばん大切なのはコミュニケーション, 「ま、いっか」と「寛容」は違う, 2026年秋、映画『注文をまちがえる料理店』が公開予定

「胡椒はよきところで『ストップ』をかけてください」 photo©️森嶋夕貴(D-CORD)

「ま、いっか」と「寛容」は違う

「注文をまちがえる料理店」のいちばん大事なコンセプトワード「ま、いっか」とはとどのつまり、どういうことなのか。小国さんはこう話す。

小国「チームの間でもよく話すんですが、それぞれ解釈が割れるんですね。でもそれがいいんだと思います。人の数だけ解釈があって、そこから対話が生まれる。僕にとっての『ま、いっか』は、『寛容』という意味ではないんです。寛容は、許して受け入れることを意味しますが、『許す』って、許す側が上に立った状態ですよね。そうじゃなくて、まちがいが起こったときに『あるある。みんなまちがえるよ』『お互い様だよね』という気持ちになって受け入れる。それが『ま、いっか』なんじゃないかと。

僕らがこのイベントを通じてやりたいのは、『これが答えです』と強要することではないんです。『注文をまちがえる料理店』をなんとなく『いいな』と思って来てくれたお客さまが、何を感じて帰っていくかが大事なんですね。僕らは解決策や正解を提示しているのではなく、まちがいが起こったら『ま、いっか』と思える世界もいいんじゃない? という問いを投げているだけなんです」

「世界アルツハイマーデー」に全国一斉開催, ハンバーグではなく餃子が出てきた。でもみんな楽しそうだった, たとえ何歳になっても、認知症になっても自分らしく, 認知症の「に」の字も出さずにプロジェクトを立ち上げた, 「まちがえる」ことが目的ではない。福祉プロジェクトではない, いちばん大切なのはコミュニケーション, 「ま、いっか」と「寛容」は違う, 2026年秋、映画『注文をまちがえる料理店』が公開予定

厚生労働省庁舎内の食堂にオープンした「注文をまちがえる料理店」 photo©️森嶋夕貴(D-CORD)

「世界アルツハイマーデー」に全国一斉開催, ハンバーグではなく餃子が出てきた。でもみんな楽しそうだった, たとえ何歳になっても、認知症になっても自分らしく, 認知症の「に」の字も出さずにプロジェクトを立ち上げた, 「まちがえる」ことが目的ではない。福祉プロジェクトではない, いちばん大切なのはコミュニケーション, 「ま、いっか」と「寛容」は違う, 2026年秋、映画『注文をまちがえる料理店』が公開予定

「注文をまちがえる料理店」の汁なし担々麺 photo©️森嶋夕貴(D-CORD)

2026年秋、映画『注文をまちがえる料理店』が公開予定

そんな『ま、いっか』の輪をより広く多くの人たちに拡散すべく、映画『注文をまちがえる料理店』を鋭意製作中で、2026年秋の公開を目指している。映画プロデューサーの堀之内礼二郎さんは製作についてこう語る。

堀之内礼二郎さん「『注文をまちがえる料理店』は常設店ではないので、『素敵だな、行ってみたいな』と思ってもらえたとしても誰もが行けるわけではないんですね。映画化することで、いつでも誰でもお店の雰囲気に触れることができる。僕の使命は『注文をまちがえる料理店』の温かな空気と味わいを真空パックして、時間と場所を超えて皆さんに届けることだと思っています。

完成した暁には日本中、そして世界中に映画を届けて『ま、いっか』の精神を知ってもらえたら、と願っています。エンターテインメントを通じて、誰もが受け入れ合えるやさしい世の中をつくりたいと常々思っていた僕にとって、『注文をまちがえる料理店』は理想の場所。その映画を小国や素敵な仲間たちと作ることができて、とてもワクワクしています。

「世界アルツハイマーデー」に全国一斉開催, ハンバーグではなく餃子が出てきた。でもみんな楽しそうだった, たとえ何歳になっても、認知症になっても自分らしく, 認知症の「に」の字も出さずにプロジェクトを立ち上げた, 「まちがえる」ことが目的ではない。福祉プロジェクトではない, いちばん大切なのはコミュニケーション, 「ま、いっか」と「寛容」は違う, 2026年秋、映画『注文をまちがえる料理店』が公開予定

丸で囲むだけのシンプルなオーダー表で注文をとるスタッフ photo©️森嶋夕貴(D-CORD)

みんなが大事にしている『ま、いっか』は魔法の言葉みたいですよね。僕は仏教の『放てば手に満てり』という言葉が好きです。何かに頑なにこだわったり、心を閉ざしたりしてギュッと握りしめていた拳をふわっと開いたとき、広い世界に触れることができる。心が満たされる。『ま、いっか』って言えたとき、世界は今までと違って感じられるんじゃないかなって思っています」

9月21日に全国一斉開催される「注文をまちがえる料理店」には、北海道から九州まで、「ま、いっか」の精神に賛同した34団体が参加予定だという(8月28日時点)。また、このプロジェクトに賛同し、支援したい人のために、公式サイト(http://www.mistakenorders.com/)ではクラウドファンディングの窓口も設けている(クラファンの締切は8月31日の23時)。

「世界アルツハイマーデー」に全国一斉開催, ハンバーグではなく餃子が出てきた。でもみんな楽しそうだった, たとえ何歳になっても、認知症になっても自分らしく, 認知症の「に」の字も出さずにプロジェクトを立ち上げた, 「まちがえる」ことが目的ではない。福祉プロジェクトではない, いちばん大切なのはコミュニケーション, 「ま、いっか」と「寛容」は違う, 2026年秋、映画『注文をまちがえる料理店』が公開予定

プロジェクト発起人の小国士朗さん(左)と映画プロデューサーの堀之内礼二郎さん(右)。2人はNHK時代に同期だった

(まいどなニュース特約・佐野 華英)