今季F1王者争いは「撮影していてかなりもの足りない」 ベテランカメラマン2人が漏らす不満「セナやシューマッハの時は...」

F1フォトグラファー対談 2025年シーズン後半戦展望 前編(全3回)

 オランダGP(8月31日決勝)からF1の2025年シーズン後半戦がスタートする。そこで今回、日本を代表するF1フォトグラファーの熱田護氏と桜井淳雄氏のふたりに後半戦を展望してもらった。

 前編では今シーズンのタイトル争いの主役であるマクラーレンのオスカー・ピアストリとランド・ノリスを中心に語り合ってもらおう。両氏は「ふたりのチャンピオン争いはこれまでのF1とはまったく様相が異なる」と話す。その言葉の真意とは。

対談したF1フォトグラファーの熱田護氏(左)と桜井淳雄氏(右) photo by Takana Wataru

【ハミルトンは今季限りで引退する可能性あり?】

ーー2025年シーズン前半戦で印象に残った出来事はありますか?

桜井淳雄(以下、桜井) 今シーズンは開幕からマクラーレンのふたりのドライバーがダントツで速かったですが、前半戦を締めくくる第14戦ハンガリーGP(8月3日決勝)のルイス・ハミルトンが話題になっていましたね。予選でチームメイトのシャルル・ルクレールがポールポジションを獲得し、ハミルトンは12番手に終わりました。

 予選後のインタビューの時にハミルトンの目が潤んでいたと、知り合いのカメラマンが話していました。僕は開幕前のバーレーンテストを取材しましたが、その時からハミルトンはフェラーリのマシンを乗りこなすのに苦労していた。シーズンに入ってからもイマイチさえない。やっぱり7度の世界チャンピオンでも(メルセデスから)移籍初年度でいきなりマシンを乗りこなすのは難しいのかなという印象です。

ーーハミルトンは前半戦で獲得ポイントは109点でドライバーズランキング6位でした。チームメイトのルクレールの獲得ポイントは151点で同ランキング5位ですが、表彰台には5度も上がっています。一方、ハミルトンは一度も表彰台に上がっていない。

熱田護(以下、熱田) ハミルトンの成績に関しては予想どおりで、「こんなものだろう」と僕は思っています。彼は40歳で年齢的にもピークは過ぎています。個人的な意見ですが、ハミルトンは今シーズン限りで引退する可能性があると思います。

 ハミルトンはこれまでF1で100勝以上を挙げ、プライドの高い人間ですが、まったく勝てないだけでなく、チームメイトのルクレールに予選でも決勝でもコテンパンにやられている。もう我慢ならないはずですし、自分自身に腹が立つだろうし。

ーーでは、ハミルトンのF1史上最多となる8度目の世界チャンピオンはない?

熱田 本人は8回どころか9回、場合によっては10回でもいけるんじゃないかと思っていたはず。しかし、後半戦もこのままルクレールに負け続けると、さすがにもうやってられないと、引退するんじゃないかなと予想しています。

 そうするとフェラーリのシートがひとつ空いて、来シーズンのシート争いが活発化して、いろいろ面白くなっていくと思います。

【チャンピオン争いはちょっと地味(笑)】

ーードライバーズランキングで首位に立つオスカー・ピアストリ(284点)と2位のランド・ノリス(275点)の差は9ポイントです。マクラーレンのふたりによるチャンピオン争いはどう見ていますか?

桜井 関係者の間ではピアストリのほうが評価は高いと思います。やっぱりノリスに比べると安定していますし、競り合いもうまい。コース上の走りに関してはピアストリが格上です。ただ、だからといって必ずしもピアストリがチャンピオンになるというわけではないと思います。

 これまでの戦いを見ていると、マクラーレンはどちらかと言えば、ノリスにタイヤ戦略の優先権を与えているように私には見えます。チームのサポートを得ているという意味では、今のところノリスが有利なのかなと感じます。

ドライバーズランキングで首位争いをしているマクラーレンのオスカー・ピアストリ(右)とランド・ノリス(左) photo by Sakurai Atsuo

熱田 マクラーレンのクルマは乗りやすそうだし、ふたりの実力は拮(きっ)抗しています。だから最終的にはサーキットの得手不得手とか、クルマのセットアップがうまく合わせられたほうが勝っていくんだろうなと予想しています。

 ふたりのチャンピオン争いはスリリングで面白いですが、ちょっと地味ですよね(笑)。正直、若いドライバーがポンといいマシンに乗って、サッとチャンピオンを獲ってしまうというイメージなんですよね。

桜井 あまりドラマチックじゃないですよね。あと表彰台の振る舞いも、もう少し頑張ってほしい。歴代のチャンピオンたちは自分を見せるのがうまかったですよね。たとえば、アイルトン・セナは自分で頭の上からシャンパンをかけたり、ミハエル・シューマッハは表彰台の上でジャンプしたり、自分なりに喜びを表現していたと思います。

 しかしマクラーレンのふたりは、そういう気がまったくないんですよね。昨シーズンのハンガリーGPでピアストリが初優勝した時も、表彰台の上に普通に立っているだけでしたから(笑)。

熱田 最高峰のF1で勝てば、ドライバーは誰しもうれしいはずじゃないですか。でも、マクラーレンのふたりは心の底から喜んでいるという感じがないので、肩透かしを食らうというか(笑)。まあマクラーレンの2台が速すぎるのも影響しているのかもしれないですね。他のチームの誰かが迫ってくるわけでもないし、ほぼチームメイト内の争いですから。

 メルセデス時代のニコ・ロズベルグとハミルトンがタイトルを争った時(2014年〜2016年)はお互いから「こいつには絶対に負けられない」という強烈なライバル意識を感じましたが、ノリスとピアストリの場合はピリピリしたところがない。仲がいい好青年同士でレースをしているという感じなんですよね。今までのチャンピオン争いとは雰囲気がまったく違います。

桜井 演出家をつけてほしいですね(笑)。ピアストリがポーカーフェイスなのはわかりますが、カメラマン的にはちょっとというレベルじゃなく、かなりもの足りない。表彰台のセレモニーはイベントの最後を飾る目玉じゃないですか。嘘でもいいから自分の感情を何か表現してほしい。

 まあドライビングも昔に比べると、肉体的にはラクみたいですからね。そこまで肉体を酷使していないので、優勝した時の気持ちが違うのかなと感じたりしますけど。

【フォトジェニックなドライバーは?】

ーーちなみに今のF1ドライバーのなかで自分が撮られることをきちんと意識しているのは誰ですか?

桜井 最近は表彰式でファンやカメラマンに見えるようにシャンパンを振らないドライバーが多いです。マックス・フェルスタッペンもそう。写真や映像に撮られることを意識しているのは、ルクレールぐらいですね。だから彼の写真だけで完結しちゃう時もありますが、ルクレールは今シーズン1度も勝っていません......。

熱田 第12戦イギリスGP(7月6日決勝)でキック・ザウバー(ステーク)のニコ・ヒュルケンベルグが初めて表彰台に上がり、ヒュルケンベルグ本人はもちろんチームのスタッフもすごく盛り上がっていました。3位であれだけ歓喜しているんですから、優勝したらもっとうれしがるはずですよね。

 繰り返しになりますが、マクラーレンのふたりはそんなにうれしそうではないです。たとえばピアストリが優勝した時に、レース後に2位と3位のドライバーもインタビューされる時間がありますよね。そういう時にピアストリがひとりになるタイミングがあるので、喜びをかみしめる瞬間を撮ろうと思ってずっと狙っているのですが、素の表情に戻って水を飲んでいるだけ。過去、レース後のシューマッハは、もううれしくてうれしくて仕方がないという表情をしていたのですが、そういうふうに感情的になることがいっさいないんです。

F1の2025年シーズン後半戦を展望した photo by Takana Wataru

桜井 彼らを擁護するわけじゃないですが、今のF1ドライバーは忙しいんですよ。チームのミーティングやメディアの取材が詰まっているうえに、レースが始まる直前までVIPゲストがいるパドッククラブで話しています。マシンに乗り込むまで慌ただしく動いています。

 レースが終わったら終わったで年間24戦もあるわけだから、次の移動のことも考えなきゃいけない。喜びに浸っている場合じゃないのかもしれません。ただ、ファンだって一緒に喜びたい。表彰台のセレモニーをする少しの間だけでいいので、みんなを楽しませるエンターテイナーとしての振る舞いをしてほしいですね。

後編につづく

【プロフィール】

熱田 護 あつた・まもる/1963年、三重県鈴鹿市生まれ。2輪の世界GPを転戦したのち、1991年よりフリーカメラマンとしてF1の撮影を開始。F1取材は今年で600戦を超え、日本人最多取材回数を誇る。9月25日に『DRAMATIC CIRCUS F1カレンダー 2026』(デジタルカメラマガジン責任編集/インプレス)を販売予定で現在予約受付中。カレンダーのロゴと流し撮りをイメージしたステッカーとスマートフォン壁紙用画像が付いたAmazon限定版も発売。

桜井淳雄 さくらい・あつお/1968年、三重県津市生まれ。1991年の日本GPよりF1の撮影を開始。これまでに500戦以上を取材し、F1やフェラーリの公式フォトグラファーも務める。『スポルティーバ』や『週刊プレイボーイ』をはじめ、さまざまな媒体に写真を提供している。