左手指にハンディを抱える県岐阜商・横山温大 惜敗に涙はなし「お母さんのカレーライスが食べたい」【AERA甲子園2025】

 第107回全国高校野球選手権大会第14日。決勝進出をかけて日大三(西東京)と県岐阜商が戦った準決勝第1試合は、延長十回タイブレークの末、4対2で日大三が制した。そんななか、ひときわ大きな喝采を浴びた一人の選手がいる。県岐阜商の横山温大(3年)だ。

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 聖地でひときわ大きな喝采を浴びた。アルプススタンドからは「はると!」の大声援。県岐阜商の横山温大(3年)だ。

 県岐阜商野球部は創部100周年。夏は31回の出場を誇る古豪だ。横山は生まれつき左手指が欠損しているというハンディを抱えながら、堂々スタメンを張った。県大会では5割2分6厘とチームトップの打率を残し、聖地に乗り込んだ。

 甲子園では準々決勝までの4試合で毎試合安打を放った。左手はバットのグリップに添え、右手一本で振り抜く。その打撃センスに球場は沸いた。

 元々は投手だったが、1年の秋に野手転向を当時の鍛治舎巧監督にラインで直訴した。

「投手ではベンチに入ることは難しいと思うが、野手はまだ自信がある。もしチャンスがあれば、野手で行かせてください」

 監督は「お前に任せたぞ」と返事をくれた。

「野手への転向に少し不安はありました。でも、腹をくくって覚悟を持って決めました」

 人一倍バットを振り、右手のグラブで捕球してすぐさまグラブを外して送球する動きにも磨きをかけた。

 甲子園の舞台に立つどの選手とも遜色ないそのスローイングは甲子園でも発揮され、大きな拍手が送られた。そんな横山が右手にグラブをはめだしたのは中学のときだ。

「野手をやるときにそうしていました。今のスローイングの形が完成したのは中学3年くらい。普通の人と違うので、お父さんも練習方法を一緒に考えてくれて、キャッチボールをしてくれました。高校に入ってからは周囲の足も速くなるし、全体のレベルも高くなるので、もっともっと(動作を)速くしないといけないなと思って。そこからまた一から作り直しました」

 グラブの手首部分は、持ち替えが素早くできるように工夫されている。

「手が抜けやすいように、少しだけ広くしてあります。自分で調整しています」

 試合を重ねるごとに注目度を高めていった横山だが、準決勝の日大三(西東京)戦では無安打。チームも敗れた。しかし、見せ場はあった。

 1点を追う二回、無死一、三塁。内角低めに沈む変化球を巧みなバットコントロールですくい上げ、同点犠飛に。

 同点のまま迎えた九回裏、サヨナラを目指す県岐阜商の先頭打者は横山。

「打席に立つ前にすごく大きな声援が聞こえて。ここまでやってきてよかったなって。最後のほうは捉えきれずに、打てなかった反省もあるんですけど。試合ごとに高まる声援はプレッシャーではなく、プラスの気持ちに変えてしっかりプレーできました。その声に後押しされて、九回の打席は最高な景色でした」

 敗戦後に涙はなかった。

「ここまで来れて悔いはないので、みんなで胸を張って帰りたい」

 

 横山はこれまでをこう振り返る。

「周囲の人がサポートしてくれて、チームメートが頑張ってくれているからこそ自分はここに立たせてもらえている。監督も自分を使うのは勇気がいることだと思うんですけど、周囲の目など何も関係なく自分を使ってくれた。とても感謝しています」

 甲子園でのプレーを通して、ただ勝つだけではない、違う目標も持っていた。

「自分と同じような子がいたら、そういう子でもこの場に立てるんだぞと示したかったし、そういう子が増えて、これからいろんなところで活躍しているのを見るのが楽しみ。そういった勇気を与えられるようにと甲子園に立っていたので、それが今日までできていたのならよかったなと思います」

 選手生活の未来も思い描いている。夢は大きい。

「大学進学してもっとレベルの高いところで目標を持って続けていきたい。限界まで……、いけるところならプロまで頑張っていきたいです。甲子園に来る前までは(プロは)もう遠い存在でしたが、少しは近づけたかなと思う。そんな甘い世界ではないとわかっているので、もっともっとレベルアップしていきたい」

 自身の性格を「真面目」と分析する通り、取材中は表情を変えずに誠実に質問に答えてくれたが、「自宅に戻って食べたいものは」の質問が出ると、「お母さんのカレーライスが食べたい」と初めて笑った。

 送られる声援は誰よりも大きく、観衆の心をつかんで聖地を駆け抜けた横山。この先のますますの活躍を楽しみにしたい。

(AERA編集部・秦正理)