トランプ氏のロシア制裁戦略、二転三転

スターマー英首相(左)とトランプ米大統領。トランプ氏は対ロシア制裁発動に至る猶予期間を短縮し、10~12日間だと記者団に語った(英スコットランドで7月28日)
【ワシントン】ドナルド・トランプ米大統領がロシアに対する姿勢を突然転換したことは、自身の政権当局者や欧州各国政府から疑いの目を向けられている。彼らはトランプ氏が大統領に返り咲いて以降、ウクライナとの戦争を終わらせないロシア政府を罰するためにほとんど何もしていないと主張する。
トランプ氏は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がウクライナと停戦で合意するための期限を8月8日とし、当初設定した合意までの50日の猶予期間を短縮した。戦闘をやめない場合にはロシア産のエネルギーを購入している国々、すなわちインドと中国に2次関税を課すことになると、トランプ氏は脅しをかけている。
トランプ氏は7月30日のソーシャルメディアへの投稿で、インドに8月1日から25%の関税を課すとともに、ロシア産エネルギーの購入に追加のペナルティーも科すと表明した。
米当局者や側近らによると、トランプ氏は和平合意を仲介する上でプーチン氏との協力関係を当てにできないと悟ったという。トランプ氏は今では、ウクライナの戦場で使われる大量の兵器を欧州諸国に売却することに加え、ロシアに圧力をかけることが戦争を終わらせる可能性が最も高い方法だと考えていると彼らは語る。
ホワイトハウスのアナ・ケリー副報道官は30日夜、「トランプ大統領は殺りくを止めたいと考えているため、米国製の兵器を北大西洋条約機構(NATO)加盟国に売却し、9日以内に停戦に同意しなければ厳しい関税措置や制裁措置を講じると言って、プーチン氏を脅している」と語った。
ただ、トランプ政権は、これまでの制限措置の執行に役立つ通常の業務を行っておらず、ロシア政府がそうした制限措置を回避するのを支援している新たなフロント企業や個人を標的にもしていない。その実質的な影響として、1月以降に対ロ制裁は大幅に弱められている。
トランプ氏でさえ、自身がプーチン氏率いるロシアに対して実施するかもしれない追加措置が本当に効果的で持続力があるかどうかについて疑問を口にしている。トランプ氏は29日、大統領専用機エアフォースワンの機内で記者団に対し、「それがロシアに影響を与えるかどうかは分からない。彼(プーチン氏)は明らかに、恐らく戦争を続けたいと思っているからだ」と語った。「それでもわれわれは、関税やその他のさまざまな措置を講じるつもりだ。影響を与えられるかもしれないし、与えられないかもしれない。だが、与えられる可能性はある」
欧州連合(EU)と英国がロシア産原油の購入価格の上限を引き下げた際、トランプ政権はこの制裁に加わらなかった。この措置の下では、ロシア産原油の購入者が西側諸国の事業者から保険などのサービスを受けるには、原油を上限価格以下で購入すると確約しなければならない。米国はまた、EUや英国が行っているような、ロシアが石油やガスの輸出に使用している影の船団を新たにブラックリストに載せる措置を取っていない。
さらに、トランプ氏はロシアの貿易相手国に対し100%の2次関税を課す構えを示しているが、それが実際には何を意味するのか、あるいはそれが同氏の通商政策にどのように適合するのかは明らかではない。
「そもそも米国は1月20日以降、ロシアに対して新たな制裁を全く課していない」。米国務省で制裁措置を担当した元高官で、現在はコロンビア大学に所属するエドワード・フィッシュマン氏はこう指摘する。「実際には、トランプ氏が大統領に復帰して以降、制裁は緩和されている」
トランプ政権は、ロシアへの圧力を緩めていないと主張している。当局者によると、米国は対ロシア制裁を維持し、ウクライナには引き続き兵器や情報が提供されており、トランプ氏はプーチン氏と話すあらゆる機会を捉えて戦争を終わらせるよう促している。両氏の会談は戦闘終結に向けた進展をもたらすことはできなかったものの、トランプ氏の粘り強さが開戦以降初めてとなるロシアとウクライナの直接交渉につながったとしている。

米国が提供したブラッドレー歩兵戦闘車(ロシアとの国境に近いウクライナ・スーミ州で撮影)
米財務省は7月30日、イランとロシアからの石油・石油製品の輸送を担っていたイランの海運ネットワークに制裁を科した。この制裁は主にイランを対象としているが、ロシアのエネルギー収入にも打撃を与える可能性が高い。
同省の報道官は、米政府は「現行の対ロ制裁を完全に履行している。ロシア関連の制裁を回避しようとした不法行為従事者に、2億ドル(約300億円)以上の民事制裁金を科したのはこのためだ」
米政府の対ロ姿勢がタカ派に転じており、その方向性を覆すのは難しいとの見方を複数の元当局者が示している。米国の元駐ウクライナ大使で、第1次トランプ政権下でトランプ氏に不利な証言をしたこともあるウィリアム・テーラー氏は「今回もトランプ氏がおじけづくことをプーチン氏が期待しているのは間違いないと思うが、トランプ氏は関税の脅しを実行に移すまでの猶予期間を(当初表明していた)50日から10~12日へと短縮した。トランプ氏は毎回制裁を厳しくしている。こうした状況は、トランプ氏が立場を変えられなくなっていることを示唆しているように私には思える。ここまで来てしまうと、態度を軟化させるのは、極めて難しくなるだろう」と語った。
トランプ氏は6月にハーグで開かれたNATO首脳会議の場で、ウクライナ戦争終結に向けて説得する上でプーチン氏の方が「より難しい相手だ」と語った。トランプ氏はそれ以前には、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領が和平実現の最大の障害になっていると述べていた。
その数週間後にトランプ氏は、ウクライナへの兵器供与の一時停止措置を解除した。トランプ氏はこれについて欧州の首脳や記者から質問された際、国防総省が同措置を決めたことを全く知らなかったと語った。7月14日には、プーチン氏が50日以内に和平に応じなければ対ロ金融制裁を科す考えを示した。トランプ氏はその後、この猶予期間を10日に短縮した。
トランプ氏は「待つべき理由は何もない。全く前進が見られない」と語った。
ロシアからエネルギーを輸入する国に制裁を科す法案を提出したリンゼー・グラム上院議員(共和、サウスカロライナ州)は、ソーシャルメディア上で次のように警告した。「トランプ大統領はロシア・ウクライナ間で起きている流血の事態を本気で終わらせようとしていないと考えているロシア人へ。あなた方の国とその顧客はもうすぐ大間違いだったと気付くだろう」
この戦争が始まる前、米国は欧州や先進7カ国(G7)などの同盟国・地域と協力し、ロシアに対する経済的な圧力を強めていた。ロシアは、中国のほか、トルコ、インド、マレーシア、アラブ首長国連邦(UAE)といった、基本的にこの戦争に中立的な立場を取る国々との間の輸出入によって、この圧力を回避しようとした。

米国はロシアのプーチン大統領に対し、8月8日までにウクライナと停戦合意に至ることを求めている
バイデン前政権の国務省制裁調整局長らが1月に退任したが、後任は置かれなかった。局長代行を務めたデービッド・ギャンブル氏の任期は6月に終了した。トランプ政権はまだ後任を指名していない。
EUの制裁特使デービッド・オサリバン氏は6月、EU加盟国の外相に対し、米国との制裁履行に関する調整および推進活動は1月に停止したと伝えた。
EUが5月に新たな制裁パッケージの一つとしてロシア産原油の価格上限の引き下げを検討し始めた際、EU当局者は加盟国に、米国が参加する可能性は低いと伝えていた。
この制裁パッケージには、ロシアとの取引を手助けした中国の二つの銀行を制裁対象リストに加えることや、天然ガスパイプライン「ノルドストリーム」の再稼働禁止、銀行への新たな制裁が含まれている。EUと英国は原油上限価格を15%引き下げ、1バレル=47.60ドルとした。
欧州当局者によれば、日本とカナダもこの取り組みへの参加を検討しているという。その場合、G7で参加しないのは米国だけになる。米国が参加しなければ、ロシアは制裁圧力から逃れ、ウクライナへの攻撃を続けることができる。
フィッシュマン氏は「歴史的に言えば、米国は世界で制裁を監視する警察の役割を果たしてきた」と語った。