十条タワマン「一部が廃墟化?」現地で見た光景

十条にできたタワマンの一部(モール)が廃墟化しているとの声がSNS上で出ている。その実態は…(筆者撮影)
SNSをぼんやり見ていたとき、タイムラインに「十条駅前タワマン早くも廃墟化」という文言が流れてきた。
【画像】開業1年近く経ってもテナント埋まらず? でも人々が集う素敵な空間もあった!
東京都北区十条。都内三大銀座の一つとも称される十条銀座商店街を抱える、いわゆる「下町」といえる街。私はこの近所に住んでいて、中高生のときには友達と駅前でよく遊んだ。住所は東京23区なのだが、そうとは思えないほど、のどかな場所だった。
そんな十条にタワマンができたという。39階建ての『THE TOWER JUJO(ザ・タワー十条)』。出来たばかりの塔は、なぜ廃墟といわれるのか。誇張か、真実か。疑問に駆られた私は7月某日、久々に十条へ向かった。
小さな駅と大きなタワマン
ひさびさの十条駅は相変わらず小さかった。池袋から2駅で10分もかからない場所だというのに、どこかの地方の小さな駅舎を思わせる。

のどかな駅舎(筆者撮影)
しかし、相変わらずでなかったのが、駅前。かつては駅前広場の周辺に2階建てぐらいの商店がずらっと並んでいたのが、いま目の前に建つのは巨大な塔である。

でかい!(筆者撮影)
小さな駅と大きなタワーの取り合わせが、どこかぎこちなく目に映る。
チェーン店が多いテナント
ひとまず私はタワマンの周辺を歩いてみることにした。ここは低層階が「J&MALL(ジェイトモール)」というモールになっていて、その上にマンションがくっついている。廃墟化というのは、タワマンそのものではなく、こちらのモールの話らしい。タワマンにとってはとんだ風評被害(?)かもしれない。

「J」は「十条」のことだろう(筆者撮影)
1階部分は建物の周りをテナントが囲むようになっていて、いろいろなお店がある。松屋にバーガーキング、サーティーワンアイスクリームにファミリーマート、買取専門店。マンション住民が使うためだろうか、チェーンが多い。

使い勝手はいい(筆者撮影)

深夜もお世話になれる松屋(筆者撮影)

最近大人気のサーティーワンも(筆者撮影)
気付いたのは、開店前のお店が多いこと。工事をしているテナントがあって、外壁を見ると「なか卵十条駅前店 8月28日オープン!!」と書かれている。

パート・アルバイトも募集中(筆者撮影)
隣にはベローチェがあるが、こちらも7月末にオープンする(※筆者の取材は7月下旬)ようで、掲示がしてあった。記事を公開した現在では、すでにオープン中だ。

カフェはあると便利(筆者撮影)
ちなみに、この建物の竣工は2024年9月。すでに1年近く経過しているが、なかなかテナントが埋まらなかったのは事実かもしれない。
な、何もない…
モールの2階に行くと、さらによくわかる。真新しいエスカレーターで2階へ。目の前には「クイーンズ伊勢丹」。高級スーパー。しかしその横はというと……。
区画は多いのだが、テナントがほとんど入っていない。「テナント募集中」となっている。

テナント募集中の区画が目出す(筆者撮影)
1階を見ている間は、「確かにオープン前の店が多いけど、開業から1年くらいだし、言い過ぎでしょ」という気持ちだった。しかし、2階を見るうちに、この状態を指して「廃墟」と呼ばれているのか、と合点がいった。もちろん、人もいない。

ずっとこんな感じ。構造ゆえなのか、見通しもあまり良くないので、どことなくホラーゲームのような雰囲気を覚えてしまう(筆者撮影)
2階だけで見ると、半数ほどのテナントが入っていないようである。モールの外にはテナントの一覧表があるが、歯抜けになっているのがなんとも印象的。

本当は、このパネルの数だけテナントがあるはずなのだろうが……(筆者撮影)

確かに、これを見せられたら廃墟だというしかないかも(筆者撮影)
十条銀座に勝つのは確かに大変そうだ…
このモールの利用者は、マンション居住者だけではない。地元住民も考えられているだろう。ただ、地元住民はマンションの横に広がる「十条銀座」に行くはず……そう思う読者もいるかもしれない、
「別にモールがなくても、商店街でなんでも揃うよね」
これが、地元住民の声ではないだろうか。それは商店街の活気が示している。ほとんど同じ時間に私は十条銀座も訪れてみた。

十条銀座の入り口は今も昔も変わらない(筆者撮影)
朝だというのに商店街には多くの人がいる。昔に比べると(といっても10年前ほどだが)、チェーン店が多くなっているが、個人店もまだまだ健在で、そうした店の商品は激安だ。

店が立ち並ぶ。シャッター商店街なんのその、といったところ(筆者撮影)
ここで目立つのはお惣菜屋さん。唐揚げやコロッケが、破格の値段で買える。そういえば、昔よくここに来ていたときも、お小遣いでコロッケを買い食いした記憶がある。

こういう惣菜屋が軒を連ねる(筆者撮影)
十条銀座は、ほんとうに個人店が強い。ユニクロやしまむらが強い時代の中、個人経営のアパレルショップが多く立ち並んでいる。こうした店は他の場所だったら苦境を強いられていることも多い。けれど、十条ではここが「ナンバーワンアパレル」である。多くの人が店の中で商品を選んでいた。

多くの人がアパレルショップに集う(筆者撮影)
こんな商店街があれば、店側はモールに出店はしない。モールにチェーン店が多いのも、逆にチェーンしか入ってくれない、ということなのかもしれない。
ラウンジには子どもがたくさんいた
ただ、こうしたモールのガラガラぶりを示して「廃墟」と言い切ってしまうのは早急だし、なんだかこのタワマンの半分しか言い当てていないな、とも思う。というのも、このモールで人が集っている場所もあるからだ。
それが、モールの上にあるラウンジ。そこは図書館のような空間が広がっていて、本が置いてあったり、自販機が置いてあったりする。なにより部屋にはたくさんのテーブルがあって、そこに座っておしゃべりや勉強ができるのだ。
私が訪れたのが夏休みだったこともあるのだろう、多くの子どもがそこでおしゃべりをしたり勉強をしたりしていて、なんだかいい空間が広がっていた。

綺麗ないい空間に人々が集っている(筆者撮影)
子どもは常に、どこかたむろできる場所を求めるもの。コワーキングスペースなんて使えないし、夏だと外は暑すぎる。目ざとく集まれる場所を探した子どもたちが、このスペースを発見した。

一人用のデスクもある(筆者撮影)
そもそもこのタワマンの共用部は、区の施設と民間の商業施設が半々ぐらいで入っていて、公共施設的な色彩も強い(公益施設の部分はJ&L(ジェイトエル)という名前が付いている)。このスペース以外にも、税務署の支部や、区民が使える会議スペースなどもある。

東京都北都税事務所。北区の事業者である私は、ここに税関連の書類を提出している(筆者撮影)
このスペースを見たとき、ふとかつての思い出がフラッシュバックした。
そういえば、タワマンができる前、ここにはミスドがあって、私はそこで友達とだべりながら勉強していた。そう思うと、時代が変わっても、建物が変わっても、意外とかつての私と今の子どもはこの場所で同じことをしている。妙な感慨が湧き出る。
ここにいる子どもたちからすれば、ここは廃墟でもなんでもなく、友達と集まれる馴染みの場所。それは、タワマンを外から見ているだけではわからない。
タワマンと溶け合っていく十条の暮らし
4階に上がると、広場のようなものが広がっていた。芝生が敷き詰められている。決して広くはないけれど、小さな子どもが遊ぶには十分だ。うだるほどの暑さだったが、一組の親子がベンチに座って遊んでいる。タワマンにも、生活がある。

広がる芝生広場(筆者撮影)
ここから十条駅が見下ろせる。駅前の広場には祭りの櫓(やぐら)が立っていた。商店街を歩いているとき、「王子神社祭礼」というのぼりをたくさん見た。夏祭りなのだろう。

駅前広場に作られた、まつりの櫓(筆者撮影)
ピカピカした広場に昔ながらの櫓が立つ風景が、面白い。肯定するにせよ否定するにせよ、十条の風景は、これからタワマンが欠かせなくなっていく。昔ながらの祭礼も、いつもの暮らしも、タワマンとかつての風景が溶け合っていく。

新しい建物と、祭りの櫓と(筆者撮影)
この場所にあった小さな商店を見て、使ってきた私にとっては、確かに十条にタワマンができるのはなんだか違うな……と率直に思うし、そこのモールがガラガラなのを見ると悲しくなる。
ただ、それは結局、私のノスタルジーなのかもしれない。今を生きる子どもたちにとっては、このタワマンの風景こそが原風景であって、ここが馴染みの地なのだ。
それを「廃墟」だなんだと外野がいうことは、良いことなのだろうかと、思わず自問した(まあ、これだけ強い商店街が近くにあるのに、わざわざモールを作る必要があったのかと、マーケティングに疑問を抱く面は残ったのだが、それは別の話だろう)。

低層の住宅街とタワマン。これが、十条の風景になっていく(筆者撮影)
原風景としての「タワマン」
十条のタワーマンションを訪れながら、現地の様子をお伝えしてきた。
タワマンがメディアに取り上げられるときは、どうしても、とかく拙速に「良い/悪い」という価値判断的な思考になってしまいがちである。特に近年ではタワマンの部屋を外国人が投機目的で買っていることから、一気にそれが政治マターになりつつある。十条のタワマンでもこうした問題は顔を出していて、それはそれとして考えなければならない問題であることは確かだ。
ただ、そうした思考の外から一歩踏み出してそこで広がる光景を見てみれば、そこには単なる肯定/否定だけでは語れない人々の暮らしがあることも確か。子どもにとってはそこが原風景だし、そこには祭りも根付いていくだろう。そして、今回取り上げた商業施設も、いずれはテナントで埋まり、地域の人に愛されるはずだ(と信じたい)
以前、漫画家のかつしかけいたさんにインタビューしたときのこと。かつしかさんは、東東京を中心にそこで暮らす人々の生活をシンプルなタッチで描いている。そんなかつしかさんが日暮里のタワーマンションの話をしてくれた。
かつしか:「さっき、日暮里のタワマンに行ったじゃないですか? そこに広場みたいなスペースがあって、夕方に子どもたちがすごく楽しそうに遊んでいて。それを見た時に、この子たちにとっては、もうこのタワマン前の広場が子ども時代の原風景になるんだな、と思って」
谷頭:「昔でいう空き地ですよね。『ドラえもん』に出てくるような」
かつしか:「この子たちが大人になったら、そのタワマンの風景も懐かしく思うんだろうなと」
結局はそういうものなのだろう。
十条のタワーマンションはこれからもそこに立ち続ける。そしてそれは、人々の生活の「一部」になる。では、それはどのように十条という街を変えていくのか。定点観測を続けていきたい。