ドル円は145円割れか、150円台回復か。運命の分岐点となる「米雇用統計」3つのシナリオをプロが解説

ドル指数と長期金利の動き, 経済指標から見る現状, FRB理事の発言と動向, 9/1週のポイント

ドル円は145円割れか、150円台回復か。運命の分岐点となる「米雇用統計」3つのシナリオをプロが解説

今日のテーマはアメリカの雇用統計と利下げドル円の関係です。

ドル指数と長期金利の動き, 経済指標から見る現状, FRB理事の発言と動向, 9/1週のポイント

まずドル円相場から振り返ります。

ジャクソンホールの講演でパウエル議長は慎重に利下げを検討する方針を示しました。これを受け、ドル売りが優勢となり、ドル円相場も146円58銭まで下落しました。ただ、市場は既に年内2回の利下げを完全に織り込みました。それ以上、利下げを織り込みが進展しない限り、ドルは下がりにくい状況です。その点、今週はアメリカの第2四半期GDPが上昇修正され、新規失業保険の申請者数も予想を下回るなど、更なる利下げを織り込む動きとはなりませんでした。

一方、トランプ大統領がFRBのクック理事を解任すると報道され、市場では中央銀行の独立性やドルの信認が低下するとの見方からドル売りが進む場面も見られました。ただ、今週の安値は146円66銭と先週の安値を下抜けできず、足元では持ち直しています(2ページ)。ドル指数も同様の動きでした(3ページ)。

ドル指数と長期金利の動き, 経済指標から見る現状, FRB理事の発言と動向, 9/1週のポイント

ドル指数と長期金利の動き

ドル指数の対象6通貨の今週の対ドル変化率を見ると、ドルより強かったのはカナダドルおよびスウェーデンクローナだけでした。そのほか4通貨はドルに対し、下落しています。今週のドルは底堅く推移したと見ることもできます(4ページ)。

ドル指数と長期金利の動き, 経済指標から見る現状, FRB理事の発言と動向, 9/1週のポイント

そこで今週の長期金利の動きを見てみましょう。アメリカの長期金利は2~3bpほど低下しましたが、多くの国でも長期金利が低下しました。また、スウェーデンとイギリスの長期金利は上昇していますが、イギリスの上昇幅は数ベーシスに留まっており、総じてみてドル安が進む長期金利の動きとはなりませんでした(5ページ)。

ドル指数と長期金利の動き, 経済指標から見る現状, FRB理事の発言と動向, 9/1週のポイント

一方、各国・地域の株価指数の動きに着目すると、総体的にみて米国株の堅調さが伺えます。アメリカでは注目されたエヌビディアの決算発表がありました。高過ぎとも言える期待にこそ届かず、発表後にエヌビディアの株価が下落する場面も見られました。ただ、決算内容は決して悪いものとは言えません。総じて米国株が堅調に推移したことが米ドルを下支えしたと考えることができます(6ページ)。

ドル指数と長期金利の動き, 経済指標から見る現状, FRB理事の発言と動向, 9/1週のポイント

ここへきてドル円相場に膠着感が漂っています。投資家の間でも円相場に対する見方が割れているようです。例えば、投資主体別にみた円の先物ポジションの動向を見ると、年金基金など、やや長めの期間で投資するアセットマネージャーズは、ここへきて再び円高を見越して円ロングを積み増す動きに転じています。一方、ヘッジファンドを含むとされるレバレッジとファンド勢は円安を見越し、円ショートをさらに拡大させています(7ページ)。

ドル指数と長期金利の動き, 経済指標から見る現状, FRB理事の発言と動向, 9/1週のポイント

経済指標から見る現状

次に、先ほど発表された個人消費支出物価指数を見ておきましょう。基本的に先日発表された消費者物価指数に似ています。即ち、ヘッドライン(総合)こそ、横ばい圏にとどまり、インフレの落ち着きぶりを示していますが、食品とエネルギーを除いたコアやサービス価格についてはじわりとインフレに持ち直しの兆しが伺えます(8ページ)。こうした一定のインフレ圧力が残っている背景に足元の景気の底堅さが挙げられるでしょう。

ドル指数と長期金利の動き, 経済指標から見る現状, FRB理事の発言と動向, 9/1週のポイント

そこで週次のGDP統計ともいわれるアトランタ地区連銀公表のWeekly Economic Index(WEI)を見てみましょう。これは生産や消費、雇用に関する10種類の日次および週次データを元に、現在のアメリカのGDP成長率を推計しているものです。これによれば、現在アメリカ経済は前年比で2.6%成長のペースです(9ページ)。

ドル指数と長期金利の動き, 経済指標から見る現状, FRB理事の発言と動向, 9/1週のポイント

このWEI算出に際し、比重の高い小売売上高のデータを見てみましょう。レッドブックリサーチが公表するこの週次の小売データは商務省が発表している小売売上高の8割以上のデータを占めています。尚、ネット販売は含まれていません。現在、8月の第4週目までのデータが発表されていますが、今月の個人消費は依然として堅調さを保っているようです。その主因は堅調に推移するアメリカの株式相場でしょう。アメリカの個人消費は株高による資産効果が強く働くとされているからです(10ページ)。

ドル指数と長期金利の動き, 経済指標から見る現状, FRB理事の発言と動向, 9/1週のポイント

FRB理事の発言と動向

こうした中、今週はハト派とされるウォラー理事の発言機会がありました。パウエル議長が、ようやく利下げに前向きなスタンスへ変化した後だけに、ウォラー理事がかなりハト派的なメッセージを発した場合、ドル安が進む可能性があると先週の動画でお伝えしました。

ただ、実際の発言内容は極めて妥当なものでした。具体的には9月の利下げについて50bpではなく25bpの利下げを支持すると発言したのです。その後の追加利下げについても、連続して行われる可能性がある一方、利下げ打ち切りとなる可能性にも言及しています。

もともとウォラー理事は関税がインフレに与える影響は一時的なもので、寧ろ労働市場の悪化に対し、ワードルッキングな対応が必要との意見です。一部ではトランプ大統領に指名されただけに、かなり積極的に利下げを主張するのでは、との見方もありますが、実際にそういったことはないでしょう(10ページ)。

ドル指数と長期金利の動き, 経済指標から見る現状, FRB理事の発言と動向, 9/1週のポイント

今週はクック理事が解任されたことを受け、FRBの独立性や金融政策の中立性への疑念からドル安が進む場面もみられました。そこで、現時点のFRB理事の陣容を整理します。

まず、理事に就任する為には、大統領からの任命を受けた後、上院での承認を得る必要があります。このため大統領の一存だけでFRB理事が決まるわけではないと言う点を認識する必要があります。尚、表の中の水色は民主党の大統領、ピンク色は共和党の大統領によって理事に指名された人を指しています。

現在、7人中4名の理事が民主党、3名が共和党となっています。この内、大統領経済諮問委員会(CEA)委員長であったミラン氏は現在、上院での承認待ちとのステータスで、次回9月のFOMCまでにFRB理事に就任することができるのか、不透明な状況のようです。来年5月にはパウエル議長も任期を迎えることから、共和党大統領によって指名された理事が過半数を占めるようになるのは時間の問題です。

しかし、市場が懸念するようなトランプ大統領に対する忖度によってFRBが急に利下げを主導する方向へシフトするとは考えにくいです。なぜならFRB理事たちは退任した後も、主にアカデミックな世界でのキャリアが続きます。その際、仮にトランプ大統領への忖度によって利下げを主張し、その結果インフレが再燃すれば、自身の評判が傷つきます。

こうしたレピュテーションリスクを考慮すると今後就任するFRB理事たちも妥当な判断をすると考えられます。トランプ大統領が任命する以上、現在よりも利下げに前向きなFRB理事が増えることは確かですが、それはFRBの信任低下とは別の問題と言えます(12ページ)

ドル指数と長期金利の動き, 経済指標から見る現状, FRB理事の発言と動向, 9/1週のポイント

9/1週のポイント

では来週の予定を振り返ってみておきましょう。来週はユーロ圏の物価指標のほかアメリカでは重要な指標が続きます。中でも注目くされるのがアメリカの8月の雇用統計です。そこで前回の結果を振り返っておきましょう(13ページ)。

ドル指数と長期金利の動き, 経済指標から見る現状, FRB理事の発言と動向, 9/1週のポイント

8月1日に発表された7月分の非農業部門雇用者数は予想を下回った上、5月と6月の二ヶ月を合わせて約25万8千人も下方修正されました。これはこの中の時期を除けば過去最大の修正幅であり、以来アメリカの利下げの織り込み度合いが一気に高まりドル安が進みました(14ページ)。

ドル指数と長期金利の動き, 経済指標から見る現状, FRB理事の発言と動向, 9/1週のポイント

そのほかパウエル議長が重視しているとされる求人件数の対失業者数の倍率も、ピーク時から低下傾向にあります。ただし、昨年の終盤以降は横ばいの動きとなっています(15ページ)。

先週の動画では、カンザスシティー地区連銀が24種類の労働関連の指標から労働市場の状況を算出するLabor Market Conditions Indicators(LMCI)をご紹介しましたが、5月から7月にかけて、歴史的な下方修正がなされたNFPほどの悪化はみられていません。

この為、来週の雇用統計では、警戒される程の悪い結果は示されず、利下げの織り込みが若干後退する結果、ややドル買いが進む可能性が十分です。いずれにせよ、来週の雇用統計を踏まえて利下げの織り込み度合いも大きく変化しそうです。

ドル指数と長期金利の動き, 経済指標から見る現状, FRB理事の発言と動向, 9/1週のポイント

そこで利下げの織り込みとドル円の水準感のイメージを整理しました。現在、市場は年内、約2回の利下げを織り込んでいます。この見方が続く限り、ドル円は145円から150円のレンジを脱することが難しそうです。

一方、来週の雇用統計が大幅に予想を下回り、年内の利下げの織り込みが3回まで進めばドル円は145円を割り込むでしょう。加えて非農業部門雇用者数の変化幅が前月比でマイナスに転じた場合、9月の50bp利下げも意識されそうです。11月、12月の利下げを含む、年内の利下げ幅が1%ポイントに達するとの見方になれば、ドル円が140円を下抜けする可能性もあると見ています。反対に雇用統計を受けて利下げの織り込みが1回程度にまで後退した場合、150円台を回復するでしょう。実際、7月の雇用統計発表前、年内利下げの織り込みが約1.4回だった局面でドル円は150円台後半まで上昇しています(16ページ)。

ドル指数と長期金利の動き, 経済指標から見る現状, FRB理事の発言と動向, 9/1週のポイント

もっとも、年内の利下げがどういったスピードや利下げ幅になるのか、そのヒントがさらに出てくるのは9月のFOMCです。そこで、最新のSummary of Economic Projections(SEP)が発表されます。前回6月分では、年末の政策金利見通しの中央値が3.9%でした。これは現在の政策金利(四捨五入で4.4%)より0.5%ポイント低く、9月を含めて年内2回の利下げを示していることになります。現在の市場の織り込み通りと言え、相場への影響は限定的でしょう。

一方、4.1%なら年内の追加利下げはないものとみなされ、かなりのドル買いが進むでしょう。反対に3.6%なら年内、2回の追加利下げ(即ち9月を含めて3回利下げ)を見込んでいることになり、利下げの織り込みがさらに進み、ドル安が進みそうです。さらに、2026年末の水準も重要です。現在市場は来年の年末までに9月の利下げを含めて約5.5回の利下げを織り込んでいます。ところが6月のSEPは来年の年末までに計3回の利下げしか見込んでいませんでした。この2026年末の数字も相場に大きく影響するでしょう。

この他、足元では自民党総裁選挙の前倒し議論が続いているようです。石破首相は財政規律を重視しているだけに、仮に新しい自民党総裁が財政拡張路線を打ち出した場合、いわゆる悪い金利上昇との見方から円安が進む可能性もあり、日本の政治にも注目です(17ページ)。

ドル指数と長期金利の動き, 経済指標から見る現状, FRB理事の発言と動向, 9/1週のポイント

――――――――――――――――――――――――――――――――

「内田稔教授のマーケットトーク」はYouTubeからもご覧いただけます。

公式チャンネルと第47回公開分はこちらから

※ご質問はYoutubeチャンネルのコメント欄で受付中です!

内田稔/高千穂大学 教授/FDAlco 外国為替アナリスト

1993年慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、東京銀行(現、三菱UFJ銀行)入行。マーケット業務を歴任し、2007年より外国為替のリサーチを担当。2011年4月からチーフアナリストとしてハウスビューの策定を統括。J-Money誌(旧ユーロマネー誌日本語版)の東京外国為替市場調査では、2013年より9年連続アナリスト個人ランキング部門第1位。2022年4月より高千穂大学に転じ、国際金融論や専門ゼミを担当。また、株式会社FDAlcoの為替アナリストとして為替市場の調査や分析といった実務を継続する傍らロイターコラム「外国為替フォーラム」、テレビ東京「ニュースモーニングサテライト」、News Picks等でも情報発信中。そのほか公益財団法人国際通貨研究所客員研究員、証券アナリストジャーナル編集委員会委員も兼任。日本証券アナリスト協会検定会員、日本テクニカルアナリスト協会認定アナリスト、国際公認投資アナリスト、日本金融学会会員、日本ファイナンス学会会員、経済学修士(京都産業大学)