なぜソニー・ホンダは「米ディーラー団体」に提訴されたのか? 「EV直販」が彼らの“逆鱗”に触れた根本理由とは

直販を巡る法廷闘争

 米カリフォルニア州新車ディーラー協会(CNCDA)は2025年8月22日、ソニーグループと本田技研工業が折半出資する合弁会社「ソニー・ホンダモビリティ(ソニー・ホンダ)」およびホンダ米国法人を、ロサンゼルス郡の州地裁に提訴したと発表した。

【結婚したい企業ランキング】トヨタは3位! ホンダは何位だった!?

 CNCDAは、ソニー・ホンダが2026年から販売予定の電気自動車(EV)「アフィーラ」を直販するのは違法だと主張し、販売差し止めを求めている。

 ソニー・ホンダは2025年1月から、カリフォルニア州の消費者を対象にインターネット経由で「アフィーラ1(ワン)」の予約を受け付けてきた。CNCDAは、こうした販売活動が州法に抵触すると指摘する。州法は、自動車メーカーや関連会社が自社ブランドを使って系列ディーラーと競合することを禁じている。

 米国では州ごとに自動車販売制度が存在し、カリフォルニア州はメーカーによる直接販売を禁じている。自動車ディーラーは地域経済や雇用を支える基盤であり、消費者保護の観点からもその役割は長年認められてきた。

 CNCDAは2025年5月にも、ソニー・ホンダとホンダ米国法人に対し直販の即時停止を求める書簡を送付していた。

「既存のホンダ系ディーラー網を通さず販売活動を進めた」

ことが、訴訟の引き金になった。

 今後の焦点は、合弁会社ソニー・ホンダの米国法人がホンダ米国法人の関連会社にあたるかどうかだ。州法が禁じる「系列ディーラーとの競合」に該当するかが争点となり、業界に大きな影響を与える可能性がある。

新興EVと直販規制の対立

直販を巡る法廷闘争, 新興EVと直販規制の対立, ビンファスト販売モデル変革, 直販戦略と規制リスク, 直販とディーラーの融合

2025年3月に、カリフォルニア州サンフランシスコ・ベイエリアのショッピングモール内に開設された「アフィーラ・スタジオ」(画像:ソニー・ホンダモビリティ)

 米国における自動車メーカーの直販問題は、ソニー・ホンダだけの話ではない。米EVスタートアップのリヴィアンも、テスラ同様に直販モデルを志向している。

 2014年に直販を禁止したオハイオ州では、リヴィアンの直販は認められず、2025年8月に提訴に踏み切った。同州でリヴィアン製EVを購入する消費者は、近隣州で手続きを行う必要がある。

 また、フォルクスワーゲンは2026年、ブランド復活を予定する「スカウト・モーターズ」で直販を念頭に置いた販売モデルを検討している。CNCDAは2025年4月、フォルクスワーゲンとスカウトに対し、カリフォルニア州サンディエゴ郡の高等裁判所で訴訟を起こした。

 CNCDAによると、フォルクスワーゲンはスカウト・モーターズを通じて保証金を受け取り、マーケティング活動を行っている。これは州法が禁じる

「自社フランチャイズディーラーと競争するための関連ブランドの使用」

にあたるとしている。多くの新興EVメーカーが直販を望む背景には、販売コストの圧縮がある。加えて、ソフトウェアのアップデートやサブスクリプション機能などの収益源を自社で管理したい意図もあるとみられる。

ビンファスト販売モデル変革

直販を巡る法廷闘争, 新興EVと直販規制の対立, ビンファスト販売モデル変革, 直販戦略と規制リスク, 直販とディーラーの融合

ビンファスト・サンディエゴのグランドオープニングの様子(画像:ビンファスト)

 ベトナム発の新興EVメーカー、ビンファストの販売モデルの変遷は、直販問題回避のベストプラクティスといえる。

 同社は2022年、米国市場に参入した際に直販を開始した。だが2023年後半にはディーラーによる販売も導入した。その後、事業効率を高めるためフランチャイズ制に完全移行し、現在は14州で約30店舗の正規ディーラーを展開している。

 2025年8月には、カリフォルニア州初となる正規ディーラー「ビンファスト・サンディエゴ」がオープンした。店舗運営は地元有力ディーラー「サンロード・オートモーティブ・グループ」が担当する。

 ビンファストが直販からディーラー販売へ転換したことは、直販に固執すると市場浸透を妨げるリスクが高まることを示している。

直販戦略と規制リスク

直販を巡る法廷闘争, 新興EVと直販規制の対立, ビンファスト販売モデル変革, 直販戦略と規制リスク, 直販とディーラーの融合

テスラ・ダイナー(画像:テスラ)

 テスラを筆頭に、新興EVメーカーが直販を志向する理由は明確である。まずコスト効率である。直販によってディーラーのマージンを省き、競争力のある販売価格を維持できる。消費者にとっても価格透明性が高まり、ネット上で簡単に比較できる利便性がある。

 また顧客管理の一元化が可能となる。購入後のソフトウェア更新やアフターサービスを自社で掌握できる。サブスクやインフォテインメントサービスとの連携も容易で、顧客と直接的にコミュニケーションしながら幅広いサービスを提供できる。

 さらに、ブランド体験の統一性も確保できる。オンライン注文やコンセプトショップでの接客を通じ、ブランドイメージを消費者に訴求できる。新興メーカーが新ブランドを浸透させるには、直販モデルは不可欠な要素である。

 一方で直販にはリスクも存在する。ソニー・ホンダやリヴィアンのように、各州の規制で販売が制限される場合がある。一部州で販売できなければ、全国的な市場浸透が困難となり、ブランディングにも影響を与える。

 全国規模でのサービス拠点を整備できなければ、空白地域が生じ、顧客対応が手薄になる。EVは内燃車よりメンテナンス頻度が低いが、修理や保証対応は不可欠であり、サービス網の整備は課題として残る。

 さらに地域経済や雇用に依存するディーラー網と対立すれば、地域住民や地場産業にネガティブな印象を与え、企業イメージを損なうリスクとなる。テスラは既存ディーラー網を持たなかったため衝突を回避できたが、これは例外的である。既存ディーラーが関与する新興ブランドは、理想と現実の狭間で衝突を避けられず苦戦を強いられている。

直販とディーラーの融合

直販を巡る法廷闘争, 新興EVと直販規制の対立, ビンファスト販売モデル変革, 直販戦略と規制リスク, 直販とディーラーの融合

アフィーラのウェブサイト(画像:ソニー・ホンダモビリティ)

 新興EVメーカーにとって、直販が本当に理想的かつ効率的な販売手法なのかは疑問である。先に挙げたデメリットを考慮すると、否定的意見が大半を占めるだろう。代替案として、

「直販とディーラーを組み合わせたハイブリッドモデル」

が現実的な最適解と考えられる。具体的には、

「オンライン注文とディーラーでの納車・整備」

といった形態である。メーカーは顧客接点をネット上に維持しつつ、実際のサービスはディーラーに委ねる。ビンファストの販売モデル転換は、こうした現実解の好例を示している。

 ソニー・ホンダが提訴された事例は、EV時代の販売モデルをめぐる攻防を象徴する。ソフトウェア主導の新たなビジネスモデルを追求するメーカーと、地域経済や既得権益を守ろうとするディーラー団体のせめぎ合いは、EV普及の速度や形態にも影響を及ぼしかねない。

 EVシフトの本質は、単なる動力源の転換ではない。流通・販売・サービスを含む「産業構造の再編」として理解する必要がある。直販の是非をめぐる議論は今後も繰り返されるが、最終的には現実に即した最適解に収れんされると考えられる。