データが導いた新たなニーズ 老舗メーカーのみりん大ヒットの理由

愛知県を拠点に、みりんの製造・販売を行っている九重(ここのえ)味淋(石川総彦社長)。2月に限定販売した本みりん「こはくの実り」が同社では過去にないスピードで完売し、再販が決定した。商品を開発したのは入社2年目の若手社員ら2人。データ分析ツールを活用し、新たな顧客ニーズを掘り起こしたという。商品開発の裏側を聞いた。

九重味淋の限定販売商品「こはくの実り」。同社の商品で初めて玄米を使用した

新コンセプト商品、約1週間で完売

九重味淋は江戸時代に創業し、250年以上にわたって本みりんを製造、販売する愛知県の老舗企業だ。同社の本みりんは、品質にこだわった国内産のもち米、米麹、米焼酎からつくったもろみを搾り、1年以上かけて製造する。なかでも看板商品の「九重櫻」は、国内外で高い評価を受けてきた。

これまで伝統的な製法で商品を製造してきた九重味淋が、新たな方法で開発したのが「こはくの実り」だ。同社の商品としては初めて玄米を使い、米麹の使用量を通常のみりんから倍増。玄米の香りと、贅沢に使った米麹が引き出す深い甘さが特徴の商品に仕上がった。ビタミンB3が6倍、アミノ酸が1.2倍(同社本みりん比)と栄養成分も豊富だ。

この商品を考案したのは、総務部総務課の清水翔氏と、品質部研究管理課の入江美樹氏だ。同社では毎年、2年目の若手社員向けに約1年間にわたって研修を実施している。実際に新商品の企画から開発まで任せており、2024年に行った研修を機に「こはくの実り」が生まれたという。

「こはくの実り」を開発した九重味淋総務部総務課の清水翔氏(右)と、品質部研究管理課の入江美樹氏

商品開発にあたり、ターゲットは「30代後半の健康志向の子育て世帯」に定めた。販売時は、健康食品に関心が高い料理研究家やインフルエンサーへ告知を依頼するなど、ターゲット層に訴求しやすいPR方法を工夫。その方針が奏功し、限定販売の400本は発売すると瞬く間に売れ、わずか9日間で完売した。

再販を希望するお客の声が多かったこともあり、完売直後に再販が決定。清水氏は「これまでないスピードで売れたと聞いている。商品の再販は過去に2回しかないので、自分たちが開発した商品の再販が決まって驚いた」と話す。入江氏も「こはくの実りをきっかけに、みりんの使い方やお米由来の濃厚な甘みを多くの人に知ってもらえた。当社の本みりんを使う人が増えるきっかけになれば」と声を弾ませる。

データ分析で見えた消費者のリアルな声

「こはくの実り」のヒットにつながったのは、データ分析ツールを活用し、消費者が求めているニーズを掘り起こせたことが大きいという。使ったのは、LINEヤフー(東京都/出澤剛社長CEO)が提供するデスクリサーチツール「DS.INSIGHT」だ。大手ポータルサイト「Yahoo!JAPAN」の月間ログインユーザーID数5560万人(24年3月末時点)のデータを基にした国内最大級のビッグデータを基に、誰でも手軽に消費者のニーズを検索、分析できるのを強みとする。

機能の一つとしては、たとえばユーザーが興味を持った調べたい単語をツール上で打ち込む。すると、Yahoo!JAPANのユーザービッグデータをもとに、その単語を調べた人々が日頃どのような検索活動を行っているのかが分かる。そのキーワードと一緒に検索したキーワードをプロットした「共起キーワード」のマップなどがつくり出される仕組みだ。

DS.INSIGHTの「共起キーワード」

今回のケースでは、まずツール上で「みりん」と検索した人々の検索行動を調べた。AI機能の「隠れたニーズを調べる」も使ったところ、「子供」「離乳食」「無添加」「いつから」といったキーワードが登場。そこから安全・安心な食品に対する子育て世帯のニーズを把握できたという。

さらに、みりんを検索している人の年代や、前後で検索しているワードを分析すると、みりんを使ったレシピや無添加商品のサイトを調べていることも判明した。商品開発のペルソナに、前述した「30代後半の健康志向の子育て世帯」を設定。健康志向の消費者が関心を持つと考え「玄米」を使うことにした。通常、本みりんは精米したもち米を使用するため、玄米の状態から商品を開発するのは困難を極めたが、試行錯誤を重ねて完成にこぎつけたという。

商品をPRするための販売手法も、データからヒントを得た。DS.INSIGHTで検索すると、離乳食や子供向けの食事にみりんを使用したいニーズがあり、アルコールの飛ばし方や、調理方法を検索している消費者が多かった。そこで、直売店「石川八郎治商店」(愛知県碧南市)で販売する際には、アルコールを飛ばしたみりんを試飲できるようにした。インフルエンサーに商品PRを依頼する際も、ペルソナに沿ったインフルエンサーを正確に選定できたことで、SNS経由で実際の購買にもつながったという。

「こはくの実り」からつくった「煮切りみりん」。シロップのように使える

清水氏は「思い込みや過去の前例だけにとらわれて商品を開発するのではなく、データ分析によって実際の消費者の声を知り、取り入れられたことが大きかった」と振り返る。当初は、検索結果の上位キーワードに「(みりんの)代用品・代替品」が登場したことでショックを受けた。それでも「みりんがなくてもどうにか料理できないかと思っている消費者が一定数いる。データによって現実を突きつけられたことで、どうすればみりんを購入して使ってもらえるのか、真剣に商品開発に打ち込めた」という。

リアル店舗の運営にもデータ活用

データ分析ツールの活用が奏功し、九重味淋の商品としては異例のヒットとなった「こはくの実り」。もともと、石川社長がデータに基づいた施策立案などを重視してDS.INSIGHTを導入していたが、商品開発に導入したのは今回が初めてだった。

現在は、店舗運営においても導入している。九重味淋は本社敷地内でカフェレストラン「Restaurant&Cafe K庵」を経営している。DS.INSIGHTには人流を計測できる機能もあり、位置情報を基に特定のエリアや店舗、施設の来訪者の特徴を可視化できるため、店舗の告知や商品展開、運営に生かしたい考えだ。

九重味淋の直営店舗「石川八郎治商店」(愛知県碧南市)で「こはくの実り」を販売する入江氏(左)、清水氏

LINEヤフーでDS.INSIGHTのカスタマーサクセスを担当する堀川美蘭氏は「データ分析・活用というと、専門的で難しいイメージを持たれやすい。DS.INSIGHTは専門的な知識がなくても誰でも気軽に利用できるのが特徴。今回は商品開発から販路まで一貫して活用できることが示せた理想的なケースになった」と振り返る。

「こはくの実り」は9月1日より、800本限定で販売する。