「ハッピーセット」のポケカ転売騒動で大炎上したマクドナルド、学んでほしいタミヤのブランドマネジメント
マクドナルドのロゴ(写真:ロイター/アフロ)
(増沢 隆太:東北大学特任教授、人事・経営コンサルタント)
「ハッピーセット」の危機対応失敗
ミリタリーミニチュアシリーズやミニ四駆、RCなど、大人気商品を送り出してきたプラモデルメーカー、タミヤのロゴ(通称ツインスター)制作者である田宮督夫さんが今月亡くなりました。
兄であり長年経営トップで7月に亡くなった故・田宮俊作会長の弟さんということで、ご兄弟続いてのご他界に、衷心よりお悔やみを申し上げます。
田宮督夫さんは、あのタミヤマークを生み出した方です。私と同世代の昭和の少年なら見たことがない人の方が少ないほど、誰でも知っているパワーブランドの生みの親だといえます。
タミヤのロゴ、通称ツインスター(タミヤHPより)
優れたブランドは企業の財産です。一方、現在はちょっとしたミスでその宝物を毀損してしまうリスクも生まれました。
マクドナルドの名物、「ハッピーセット」キャンペーンは、毎回大成功するセールスプロモーションのお手本のような存在だったかと思います。今回8月に行ったキャンペーンでは、大人気のポケモンカードを付けるというもので、これもまた実施前から大注目を浴びていました。
一方で、あまりの注目の高さから、これまでもプレミア(景品)欲しさの転売ヤーによる買い占めなど問題点が指摘されていました。それにもかかわらず、今回たいした対策も無いまま実施となり、結果としては大きな反響を得たものの、それに伴う混乱、特に買い占めたハンバーガー類を投棄する行為などが報道され、大変な批判を浴びました。
今回のハッピーセットキャンペーンは、即完売となったことから、収益上は大成功だったと思われます。これまでと異なるのは、転売ヤーによるとされる買い占め行為のひどさなど店頭での混乱がかつてないほど大きな注目を浴び、ネットだけでなくテレビニュースでも報道されたことです。
結果として、混乱が予測できたにもかかわらずたいした対策も取らなったマクドナルドには批判が向き、炎上状態になりました。
キャンペーンでの「成功のし過ぎ」は良いことではありません。キャンぺーン実施に伴う混乱について、今回は事前に起こり得る不安があちこちから発せられていたにもかかわらず、基本的に同社は対策と呼べるような実効性ある施策を取りませんでした。
悪いのは店を混乱させ、騒ぎを大きくし、あげくには食品である商品を投棄するような無法者であることは間違いありません。しかし混乱への対策をしっかり取らなかったマクドナルドには、ネット上で批判があふれ出たのでした。
それらは消費者だけではなくアルバイト含むスタッフからもあり、結局会社としての公式謝罪を発表するに至りました。
マクドナルドの大炎上は続きます。ついには消費者庁が日本マクドナルドに対し、食品ロスにつながらない販売方法の改善など、再発防止策を講じることを要望したことも報道されました。
タミヤが貫いて築いたブランド価値
CI(コーポレートアイデンティティ)が注目されたのはバブル華やかな80年代でしょう。伝統的大企業までもが社名変更だけでなく、事業理念や行動指針を新たにするという視点で、ブームとも呼べる動きがありました。
一方で、コンサルタントにお金を払って社名と会社ロゴを変えただけで、実は経営実態や行動指針にはほとんど変化がなかったというような批判や失敗例も、のちに聞かれました。
戦後法人化されたタミヤは模型専業メーカーとなり、1966年に現在の赤青でかたどられた星マーク、通称ツインスターのロゴができました。まだCIなどという言葉は聞かれなかった時代から、そんなブームとは一線を画してツインスターを貫いてきたのです。
昭和の少年にプラモデルは広く普及しており、私も東京の下町のプラモデル屋さんを日がな一日、何件もハシゴして見て回っていました。今にしてははなはだ迷惑な存在だったとも思いますが。
とはいえ、当時は欲しいプラモデルを次々買える子など稀だったので、多かれ少なかれ、似たようなことをしている子は周囲に多かったのではないでしょうか。
そんな中で、田宮模型は燦然(さんぜん)と輝く高級品でした。高度経済期に入り、プラモデルも様々なメーカーから出るようになり、当時はまだまだ玉石混交で、値段は安いが正直相当チャチで安っぽく、商品としての価値が低い「安かろう、悪かろう」製品はいくらでもあった時代です。
しかしタミヤといえば正直値段は高いものの、正にブランドとして絶対だったのです。微細なパーツまでしっかりと作られており、設計図も詳しくていねいな作りになっていました。
「ドイツ軍将校セット」には将校が持つ作戦地図まで付いており、これをバカな子供だった私は無くしてしまうのですが、泣くほど悔しい思いをしたのをいまだに覚えています。
これこそがタミヤのブランド力だと、今は明確に認識できます。正にブランドは企業の宝です。値段は高いがそれだけの価値があるという信頼感を生み出していたのは、正に、あのツインスターロゴだったのです。
マクドナルドが軽視したブランドマネジメント
「世界のパワーブランド」とよばれるものがあります。
英ブランドコンサルティングのインターブランド社が毎年発表しているBest Global Brandsによれば、アップル、マイクロソフト、メルセデスベンツなどに混ざって、マクドナルドはべスト10常連です。
外資系企業は特にブランドマネジメントを重視することが多く、マーケティングにおいてもブランドマーケティングやブランドマネジメントという視点が経営要素から外せません。
今回マクドナルドがハッピーセットキャンペーンで炎上したことは、このブランドマネジメントを軽視した結果だと考えます。
キャンペーン成果は通常その目論んだ収益で評価されるでしょう。この点で即座に商品が売り切れたことは大成功のはず。ただし、その売り方は何でもアリではありません。
本来自社製品や商品を買ってほしいカスタマーターゲットというものがあり、それはさまざまに細かく分析され、ターゲティングの上でマーケティングが展開されます。商品作りの段階から、「誰にでも喜ばれる」ようなものはマーケティングとは呼べず、目指した客層に評価されることが何より重要なのです。
本来のハッピーセットを楽しむべき一定の所得のあるファミリー層にキャンペーン品が届かないことは、キャンペーン成功どころか深刻な事態のはずです。
転売ヤーは店やブランドに一切のロイヤリティを持ちませんから、いくら売れたところでお金は儲かってもマーケティング上は成功とはならないのです。ここを軽視していたのではないでしょうか。
タミヤのプラモデルは絶対的信頼を長年持ち続けています。コスト削減などさまざまな圧力もあることでしょうが、非上場の同族企業である強みが、絶大なタミヤブランドを守る上では有効に機能したと想像できます。ブランドを何より大切にするオーナーが、その所有者であり続けることで、しっかりブランド価値が守られています。
ブランドリスクまで考えたキャンペーン展開
毎日さまざまな場面でトラブルが起こり、あるものはそのまま鎮火(うやむや)となり、あるものは炎上しています。この炎上リスクはインターネットとSNSによって飛躍的に高まりました。
とりわけ身近な製品やサービスについては、不特定多数の人間が直接関わるため、その炎上の可能性、可燃性が高いといえます。
マクドナルドはここまで放置していたとしか思えない方針を転換し、公式Webサイトでの謝罪に続き、実施予定だった8月29日からのハッピーセットキャンペーン中止を発表しました。
消費者庁まで動き出したことで、同社は今頃やっと事態の深刻さをわかったのかと思ってしまいます。
ハッピーセットのポケモンカードの配布終了を告げる、マクドナルドの店舗に掲出された張り紙=12日午後、東京都港区(写真:共同通信社)
マクドナルドといえば、ザ・外資と呼べるほど、象徴的な外資系企業の一つでしょう。外資で働いた人にはその意思決定プロセスで共感できるところがあると思いますが、グローバル(本国の親会社)の承認抜きにはローカル(日本など事業展開している諸国)での経営方針は決められないことが普通にあります。
利益を上げて成功していると思われていたこれまでのキャンペーンについて、商品だけでなくコーポレートブランドまで見据えて、その危険性が検討されていなかったのではないかと考えてしまいます。
Xなどで企業アカウントが時として炎上するのは、そうしたSNSのコミュニケーションが重要なコーポレートブランドに直結するにもかかわらず、一部の担当者あるいは外部運営者に丸投げしているからです。
ブランド価値に直結することを認識しているのであれば、経営判断すら必要なほど重要かつ重大なメッセージだと位置づけられるのではないでしょうか。すべての活動を経営者が行う必要はありませんが、少なくとも経営者の目が行き届いた上で、情報発信判断はされなければなりません。
現在の可燃性の高いリスク環境での「担当者丸投げ」は、「リスク管理も丸投げ」と同義語です。取り扱いを間違って、ブランド価値どころか、会社組織までが危機に至ることすらあるのが「今」の環境です。経営に携わる方は認識しなければならないと思います。