トランプ氏のFRB理事「解任」 市場が反応しない訳

投資家は、トランプ氏によるクックFRB理事解任の動きを冷静に受け止めているようだ
なぜ市場は、ドナルド・トランプ米大統領による前例のない連邦準備制度理事会(FRB)理事の解任表明をあまり重視していないのか。FRBの独立性に対する大統領による最も深刻な攻撃の後、30年物米国債利回りはわずか0.05ポイント上昇したものの、その後上昇幅を縮小した。投資家はそれほど気にしていない。
筆者の同僚であるグレッグ・イップ氏を含む多くの賢明な論評者らは、市場はもっと懸念すべきだと考えている。以下に、市場が懸念すべきでない五つの理由と、そして恐らく懸念すべき一つの理由を挙げる。
すでに織り込まれている。トランプ氏がFRBを繰り返し言葉で攻撃してきたことを考えれば、不正行為の疑いで告発された理事を解任しようとすることは驚きではない。トランプ氏は低金利を望んでいることを公然と表明しており、トランプ氏がFRBの独立性を損なうことを懸念していた人々は、すでに心配していたはずだ(そうすべきでもある)。リサ・クック理事に解任を告げることは、新たな情報をほとんど加えない。
トランプ氏が指名した理事が多数派となる見込み。遅くとも5月までには、そうなる可能性が高い。既に3人を指名済みで、1人は承認待ちの状態だ。また、もともとトランプ氏が議長に指名したジェローム・パウエル氏も、慣例に従えば議長職の任期が終了した後は理事を退任するはずだ。ただし、退任は義務ではない。
クック氏は抵抗している。同氏は、トランプ氏には自身を解任する理由がないと主張しており、法廷闘争になる可能性が高い。裁判所がクック氏の主張を認め、同氏が職を維持すれば、米国の制度がホワイトハウスの権力を制限するために機能していると示すことになる。一方、裁判所が解任に正当な理由があると判断した場合、裁判所が機能不全に陥っている(これはFRBよりも大きな問題だ)か、大統領が誰であれ、クック氏は辞任すべきということになる。

FRBのパウエル議長とクック理事(6月)
パウエル氏への圧力が緩和される。特に長期化が見込まれる法廷闘争の中でクック氏に注目が集まれば、これまでトランプ氏から集中砲火を浴びてきたパウエル氏への注目は薄れることになる。FRBのシステムでは多くの政策当局者が議長に反対票を投じることはまれであるため、投資家はクック氏よりもパウエル氏をはるかに重視している。
トランプ氏は道化師を指名しているわけではない。少なくとも今のところ、トランプ氏が単なるイエスマンを任命している兆候はない。確かに、大統領1期目に指名したミシェル・ボウマン理事とクリストファー・ウォラー理事は前回の連邦公開市場委員会(FOMC)で金利据え置きに反対票を投じ、利下げを主張した。パウエル議長の後任選びを前に大統領に取り入ろうとしたのかもしれない。しかし、利下げの主張は決してとっぴな動きではなかった。いずれにせよ、パウエル氏が経済成長見通しの弱さに言及して以降、市場は次回会合での利下げを予想している。
確かに、FRB理事に指名されているスティーブン・ミラン大統領経済諮問委員会(CEA)委員長はトランプ氏の経済観に追従しており、FRBの独立性を擁護していない。しかし、大統領が提案する3ポイントの利下げを訴える者は誰もいない。パウエル議長の後任として有力視される候補者らも、経済学の主流派の範疇(はんちゅう)に十分収まっている。
FRBがタカ派的ではなくハト派的な姿勢に転じれば、インフレ率がわずかに上昇する可能性がある。しかし焦点となっているのは小幅な動きで、大統領が金融政策の主導権を握らなくても、パウエル氏はそうした措置を取る用意があるように見える。
これらの理由に読者は納得できないかもしれない。FRBの独立性を心配する投資家は、インフレ懸念が高まる中、短期的な金利低下と長期債利回りの上昇に賭けるべきだ。2年物米国債を買い、30年物を売るのだ。市場がFRBのハト派的な政策ミスを察知し始めれば利益が出るだろう。完全に政治化したFRBがアルゼンチン、トルコ、ジンバブエのような破滅的な政策に倣い、暴走するインフレを抑制するのではなく政府への資金供給に重点を置くようになれば、大きな利益を上げることができるだろう。
とはいえ、市場は時として、突然注目するまで問題を無視し続けることがある。もしそれが今起きているのであれば、問題は存在する。

FRBが大統領の支配下に置かれれば、 政策金利は低下し、長期債利回りは上昇へ
これが現実に起きている可能性を懸念すべき理由は、フィードバックループにある。市場が懸念を示していないのは、トランプ氏が市場の売りに直面すると極端な行動を控えるように見えるからだ。投資家はトランプを抑制できていると感じている限り、自分たちに最も打撃を与えるような行動を同氏は取らないだろうと考える。
しかし、フィードバックループが機能するのは、トランプ氏が愚かな行動を取るたびに市場が大幅に売り込まれる場合のみだ。例えば、暗号資産(仮想通貨)業界の人物や自身の子どもをFRB議長に任命した場合(トランプ氏は1期目に金本位制支持者をFRB理事に任命しようとしたが、上院によって阻止された)、投資家は確実に大規模な売りに動くだろう。そうなれば、2年債買い・30年債売りのトレードが本領を発揮することになる。
このような極端な動きが起こる兆候は見られず、市場もそれに賭けてはいない。だがFRBの独立性が失われることを懸念する投資家にとって、もしそうなった場合に少なくとも利益を得る方法はこれだ。
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――筆者のジェームズ・マッキントッシュはWSJ市場担当シニアコラムニスト