三重・四日市で50年愛される「おにぎりの桃太郎」...1000人前でも当日キャンセルできる秘密

「3000万円巨大桃太郎人形」がシンボルのおにぎり店, 1番人気のおにぎり「味」って何だ?, 保存料なし。消費期限当日限り一本勝負のおにぎり, 「当日雨キャンセルサービス」ができるワケ

三重・四日市で50年愛される「おにぎりの桃太郎」...1000人前でも当日キャンセルできる秘密

日本には、大手飲食チェーンに引けを取らない"ローカルチェーン"が各地に存在します。ライターの辰井裕紀さんは、2021年8月刊行の著書『強くてうまい!ローカル飲食チェーン』で、地域で長年繁盛してきた7つの店を紹介しています。

三重県四日市市を代表する「おにぎりの桃太郎」は、今のおにぎりブームよりもはるか前、50年前からおにぎり専門店として地元に親しまれてきました。保存料を使わず、賞味期限は当日限り。それでも売れ続ける理由とは――。書籍から詳しくご紹介します。

※本稿は、辰井裕紀著『強くてうまい!ローカル飲食チェーン』(PHPビジネス新書)より内容を一部抜粋・編集したものです

※本記事に記載のメニューや価格は、書籍発刊当時(2021年8月)の情報です。現在とは異なる場合があります。

「3000万円巨大桃太郎人形」がシンボルのおにぎり店

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1日5回、BGMとともに桃が割れて巨大桃太郎現わる

全国、いや三重県民ですら知らない人もいるが、四日市の市民なら誰もが知る局地的チェーン店がある。

その名も「おにぎりの桃太郎」。1975年に寿司屋の玄関横でわずか1.5坪の店舗から始まり、いまや四日市市に14店、その近郊の桑名市に1店、菰野町に1店を構える。主力商品は「おにぎり」だ。

多くはこぢんまりとした店舗で営まれ、建物のイメージカラーはオレンジ。店頭では、おにぎりをパクつく桃太郎人形が出迎える。店内はおにぎりや惣菜、弁当や和菓子が所狭しと並べられ、その一つひとつが几帳面に個包装されている。普通は個包装されないような、コロッケやだし巻玉子も例外ではない。

商品はテイクアウトのほか、店舗によってはイートインスペースでも食べられる。従業員の多くは50代以上の女性で、なんだか安心。店内はAMラジオが流れ、個人商店のような雰囲気が漂う。

そんなおにぎりの桃太郎には、とんでもないヤツがいる。

1988年に建てられた本社屋上には何やら大きな桃があり、中から「巨大桃太郎」が出てくるビックリ仕様。その総工費は3000万円、バブル期の残り香を感じる、四日市のランドマークだ。

童謡・桃太郎のBGMにのせて、おにぎりをパクつく桃太郎が悠然と姿を現し、思わず旅の疲れも癒える。仕掛けは毎日8時、10時、12時、15時、17時の5回作動する。

8時に始業し、10時に休憩、12時に昼食をとり、15時に休憩、17時に終業する建設現場の区切りと一緒で、桃太郎のせり上がりを見て来店した作業員も多いはず。

1番人気のおにぎり「味」って何だ?

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1番人気「味」はその名の通り嚙むほどに味わいが楽しめる

ここの1番人気のおにぎりが「味(170円)」だ。

具体的な具材の名前ではなく、ただ一文字「味」とだけある。何やらミステリアスなそのベールを剝がそう。

包装フィルムをめくった途端にいい香りが漂う。モッチモチで粘りのある気持ちいい食感で、大ぶりのシイタケや鶏肉がアクセント。「味」という名の通り、冷めても味が染み出て、口に入れている間はずっとうれしくなるようなおにぎりだった。

全国的には「混ぜごはん」と言われるものだが、関東で食べるものより若干味は濃い気がする。

このほか、四日市も属する三重県北勢地区のローカルフード・あさりのしぐれ煮をおにぎりにした「しぐれ(160円)」がある。

海苔はコンビニおにぎりによくある「パリパリ」ではなく、しっとりタイプ。青のりが香ばしく、甘塩っぱい味付けのあさりが、みっちり詰まっている。弾力性のあるごはんとともにしっかり嚙めば、海の香りが鼻に抜けた。

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三重の郷土料理・あさりのしぐれ煮がたっぷり

おにぎりは一見小ぶりだが、厚みがあるので見た目以上のボリュームがある。冷蔵せずに常温で保存されるから、炊いたときのごはんの味わいや食感をキープしやすい。

おにぎりとくれば、付け合わせたい玉子焼き。「だし巻玉子(120円)」は、焼き味の香ばしさとすっきりした後味が特長で、関東風のほのかな甘さが楽しめる。

いよいよ汁物も欲しくなったときは、「うどんランチ」だ。平日の11〜14時限定で、2種のうどんが320円〜になるサービス。

うどんとおにぎりを交互に行き来して、ささやかで幸せな昼食を味わう。デザートには東海地方で愛される和菓子「鬼まんじゅう(143円、9〜11月の期間限定)」もいい。蒸しパンを彷彿とさせる食感とおいしさだ。

コンビニエンスストアより高いおにぎりを売り続けて、四日市でゆるがぬ地位を確立した、株式会社おにぎりの桃太郎。ここには「雨の日、当日6時以前なら、最大1000人前の予約でもキャンセルOK」なんてサービスまであるそうだが、そんなことして大丈夫なのか。

代表取締役社長・上田耕平氏にお話を伺った。

保存料なし。消費期限当日限り一本勝負のおにぎり

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2019年に社長を引き継いだ2代目の上田耕平氏

あらためて人気メニューを教えてもらおう。

「おにぎりだと『味』が1番人気です。2番人気が王道の『さけ』、差が開いて、『焼たらこ』『ツナマヨ』の順番ですね」

1番人気の混ぜごはんならぬ「味」は、上田社長の祖母による四日市伝統の甘辛く濃いめの味付けが受け継がれる。

「お惣菜の1番人気はだし巻玉子で、2番人気は『おかずパック(200円)』の洋風・和風です。予約注文が多くて、どちらもおにぎりの付け合わせにバッチリです」

肝心かなめのおにぎりはどう作るのか。

「まず濾過した水を使い、ごはんを炊きます。かまどの火力を実現すべく、都市ガスより強力なプロパンガスを使いますね。通常の2倍以上の火力があるハイカロリーバーナーにより炊き上げます」

約20分蒸らしたあと、攪拌ホッパーでお米とお米の間に空気を入れながらかき混ぜる。そのほぐし作業では塩をまんべんなく振りかけ、ごはん全体に塩が行き渡っていく。

「ごはんは水冷の大きなドライヤー『シャリクーラー』にかけて一気に冷まし、うま味を閉じ込めます。それをすぐに機械へ通しておにぎりにして、個包装しますね。長く外気にさらさないように心がけます」

人肌に近い温度は細菌が繁殖しやすいため、すばやく30度以下にしたら、常温保存で食感をキープする。保存料は不使用のため、消費期限は当日限りの一本勝負だ。

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ごはんと塩を攪拌し、粗熱をとったもの

不動の人気メニュー、だし巻玉子はフライパンで手焼きする。

「だし巻玉子職人の2名が、それぞれ6枚ずつ銅製の名古屋型、横長の大きなフライパンで、20年ほど毎日焼き上げてきました。1日中こればかり作るので、相当な腕前です。ずっと同じペースで焼き続けないと焦げてしまいますから、普通の人じゃ音ねを上げますね。一つが焦げたらすべての火を止めて、フライパンを洗い直さないといけませんし」

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「名古屋型」と呼ばれる横長のフライパンで焼く

そこまですれば、食べる側もありがたみが増す。

本社のセントラルキッチンでストイックに焼かれ、1日冷蔵庫で冷ましたのち、手作業らしからぬほど機械的に整えられただし巻玉子は、ピロー包装して朝の1便で全店に出す。

「当日雨キャンセルサービス」ができるワケ

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工場の炊飯・おにぎり成形エリア作業風景

おにぎりの桃太郎にとって予約客を獲得する原動力が、「当日雨キャンセルサービス」だ。イベント当日、朝6時までならキャンセルOK。運動会などの野外イベントでは強い味方だ。

「『天気は微妙やし、キャンセルしたらお金かかるし』って困っているお客さんを見て、当日朝6時までやったらキャンセルできるサービスを始めたんです」

しかし、お店は予約分の食材を発注しているだろうし、お米だって炊くはずだ。なぜこれで商売が成り立つのか。

「やるほうは大変でして(笑)、毎回賭けなんですよ。私も深夜の製造にまで立ち会いますね」

仮に1000人分もの注文を受けて、天気の判断がつかないときは?

「ほんとに天気がわからん場合は、現地の土が乾いているかどうか触りに行きましたね」

さすがにいまは、天気予報でおおよそ予測できる。

「それでも1000人前クラスになると、作るのを決断してから、フル稼働で4時間はかかるんです。なので、お米は半分炊いておく。『いける!』となったら残り半分を一気に炊きます。ごはんを炊く部隊と、もう半分炊いたのをおにぎりにする部隊、おにぎりを袋詰めする部隊、それをボックスに入れる部隊、みんなが大車輪の活躍で間に合わせます」

読みが外れ、とんでもないキャンセルで泣きを見ないのか。

「雨の日キャンセルサービスをやり出して20年以上、大きなキャンセルはないんですよ。天気も味方してくれているのと、思わぬ悪天候にたたられても、『せっかく作ってくれたんで、お弁当だけ配ります』と引き取ってくれたこともあります。お客さまに助けられていますね」

たしかに、地元でなじみのある従業員たちが夜中から弁当を仕込んでいるなら、彼らの顔がよぎる。

「作る人の顔が見えるのは、本当にうちの強みです。たとえば私の同級生のお母さんがシフトに入ってくれることもありますし、お客さまも従業員も、顔なじみですから」