総合商社は農協が強い“米流通”に入り込めるか。「令和の米騒動」が突きつけた構造課題

全く違う米と小麦の流通構造, 米の価格は動きやすい……主食ゆえの“脆さ”, 「米がないなら小麦を」では解決しない, 総合商社の関与余地は?

米の価格高騰をめぐっては、流通構造の問題も指摘されている。

2025年、コメの価格が5kgで4000円を超えるなど高騰しました。

「米が足りなくなるのでは」といった不安がSNSを中心に広がり、買いだめや転売が横行。一部のスーパーでは品切れが続くなど、“令和の米騒動”とも呼べる状況が発生しました。

こうした中で改めて注目されているのが、日本の「米の流通構造」です。現在の米流通は、農業協同組合(農協)が存在感を示していますが、総合商社は他の多くの食品分野で強い影響力を持っています。今後、総合商社が米の流通に本格参入する日はやってくるのでしょうか。

本稿では、米と小麦の流通構造を比較しながら、商社が果たしうる役割や、今後の展望について考察していきます。

全く違う米と小麦の流通構造

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日本における米と小麦の流通構造の比較。

米と小麦は、どちらも日本人の主食として親しまれていますが、その流通構造は大きく異なっています。

あまり知られていませんが、小麦の輸入は、その主体は国、輸入実務を担うのが商社という仕組みで制度が運営されています。2007年には、輸入実務を担う商社から政府への売渡しの契約、製粉会社が政府から小麦を購入する契約を同時に締結する売買同時契約方式(SBS:Simultaneous Buy and Sell)が導入されており、より商社と製粉会社の相対取引に近い方法での輸入もできるようになっています。

大手の製粉会社は総合商社と資本関係を持っていることも少なくありません。たとえば、三菱商事は日東富士製粉を連結子会社化し、日清製粉グループ本社の株式も保有しています。三井物産はニップンや昭和産業に、伊藤忠商事も昭和産業に出資しています。

さらには、総合商社が製粉会社への供給責任を果たすために、海外の小麦集荷ネットワークに投資していることも重要です。三菱商事は、古くから北米の穀物集荷事業者のアグレックス社を保有しており、穀物メジャーと共同で穀物備蓄用のサイロなど穀物輸出設備を保有しています。

一方の米は、政府が米の生産から消費までを管理する「食糧管理法」(1995年に廃止)の下で、農協が流通を一手に担ってきました。特に1970年代前半までは、指定集荷業者=農協という構図が成り立っており、農協の流通シェアは事実上100%でした。

現在は法改正により、生産者が直接消費者に販売できるようになりましたが、それでもJAの影響力は依然として大きいままです。三菱総合研究所の分析によれば、集荷業者を経由するコメ約303万トンのうち、およそ280万トンが農協経由となっています。生産量全体727万トンのうちの約40%が依然として農協を経由しているということです。

このように、小麦は「輸入主体+商社主導」、米は「国産主体+農協主導」という構造的な違いがあります。とくに川上の部分、すなわち集荷と供給の仕組みにおいて、その差は明確です。

米の価格は動きやすい……主食ゆえの“脆さ”

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米のような生活必需品は、価格弾力性が低い。

言うまでもなく、米は日本人にとって欠かせない主食であり、生活必需品です。

こうした必需品には「価格が上がっても、なかなか消費量が減らない」という特徴があります。これを経済学では「価格弾力性が低い」と表現します。

たとえば米のように価格弾力性が低い商品は、少しでも供給が減ると、価格が大きく上がりやすいという性質があります。今回のように天候不順などで収穫量が落ち込むと、その影響が価格にダイレクトに表れやすいのです。

この性質は、かつて政府が行っていた「減反政策」の根拠でもありました。減反(生産調整)に協力してくれる生産者に補助金を出し、生産量を調整することで、比較的少額の補助金でも市場の米価格を高めに保つことができるしくみだったのです。

「米がないなら小麦を」では解決しない

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米と小麦の1人あたり消費量の推移。注:厳密には食料需給表の1人あたり供給純食料の数字であるが本文では便宜上需要としている。

米の価格が高騰すると、「主食は米だけじゃないのだから、パンや麺に切り替えればいいのでは?」という声も上がります。

一見もっともらしく聞こえますが、実際の消費データを見てみると、話はそう単純ではありません。

1960年に1人あたり年間約115kgだった米の消費量は、2023年には51.1kgまで減少しました。対して、小麦の消費量は同期間で25.8kgから31.0kgへと増えましたが、その差はわずか5.2kgにとどまります。さらに、2015年以降は小麦の消費量も減少傾向にあり、パンや麺が米の代わりになっているとは言いがたい状況です。

では、米の消費が減った本当の理由は何でしょうか?ポイントは「食の多様化」にあります。日本人の1日あたりの摂取カロリーは、1960年の2,096kcalから2023年には1,877kcalへと減少しましたが、それだけでは米の消費減少は説明できません。

実際には、他の食品からのカロリー摂取が増えた、つまり食事の選択肢が増え、食生活が豊かになったことが大きな要因です。中でも顕著なのが、肉の消費量の増加です。動物性たんぱく質の摂取が伸びたことで、主食としての米の“ライバル”は、パンや麺ではなく、むしろ肉だと言えるかもしれません。

近年は、米の1人あたり消費量が50kg前後で下げ止まりつつありました。人口減少の影響はあるものの、物価が上昇して実質可処分所得が減少するなかでは、消費が肉から米に戻ってくる可能性は考えられます。

実際、農林水産省が2025年6月末までの1年間の需要実績を711万トンと発表し、当初見通しと比べて38万トン上振れたことが注目され、コメを取り巻く実需の変化があらためて浮き彫りになりました。政府は見通しが外れた原因の精査に入っています。

全く違う米と小麦の流通構造, 米の価格は動きやすい……主食ゆえの“脆さ”, 「米がないなら小麦を」では解決しない, 総合商社の関与余地は?

1日あたりカロリー摂取の変化。注:その他は、国民栄養調査による1日あたり摂取カロリーから食料需給表による米、小麦の熱量を単純に控除したもの

総合商社の関与余地は?

こうした中で、総合商社はどのように米ビジネスに関与しているのでしょうか。実は、商社はすでに足掛かりをつくる動きを着実に進めています。