日本郵便「軽貨物車」も停止処分へ! 「42億円赤字」で露呈した点呼不備の“自爆劇”
軽貨物車停止の衝撃
日本郵便で、配達員の酒気帯び状況を確認する点呼業務を適切に行っていなかった問題が表面化している。2025年9月3日、国土交通省は全国約100局の郵便局を対象に、貨物自動車運送事業法に基づく軽貨物車使用停止の行政処分案を通知した。
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軽貨物車など約3万2000台は届け出制で運用されている。地方運輸局や運輸支局は各管内の郵便局を監査しており、今回、約100局で法定点呼の不実施が確認された。運輸局と運輸支局は、使用停止とする台数や期間を明示した処分案を作成した。
処分の直接的理由は、点呼の不備や改ざん、長期的な安全管理の不徹底にある。国土交通省はすでに2025年6月、日本郵便が拠点間輸送で使用するトラックやバン約2500台の貨物運送事業許可を、5年間にわたり取り消す行政処分を行っている。
今回の軽貨物車使用停止は、宅配便事業に直撃し、国内物流に大きな影響を与える可能性がある。本稿ではこの問題の背景と影響を考察する。
点呼不実施の実態
郵便イメージ(画像:写真AC)
国土交通省は「貨物自動車運送事業輸送安全規則」により、点呼を義務化している。運送事業では、安全確保の観点から、乗務前・中間・乗務後のタイミングで点呼を行う。健康状態や酒気帯び、車両状況の確認記録は、1年間の保存が義務付けられている。違反した場合は、行政処分や改善命令の対象となる。
点呼は原則として対面で行う。しかし近年は、一定要件を満たせば
・T点呼
・遠隔点呼
・自動点呼
も認められる。点呼は事故防止にとどまらず、監査対応や社内体制の健全化にも直結する重要業務である。
郵政民営化が小泉純一郎元首相の下で進められたとはいえ、日本郵便の特殊性は、全国一律の輸送サービスを担うユニバーサルサービス提供者である点にある。公的性質ゆえ、一定の制約は致し方ない。しかし、ヤマトや佐川急便との違いは、民間競争と公共インフラの両立という
「二重構造」
のプレッシャーにさらされている点である。
諸条件を考慮しても、全国規模で点呼不実施が行われている事実は、日本郵便の悪しき体質を示す。安全な輸送のためには、点呼の手間を省く発想は許されない。効率や時短を優先し、点呼を省略する思考が全国的な企業風土となれば、重大な問題である。
地方郵便物流の危機
郵便イメージ(画像:写真AC)
前述のとおり、全国の日本郵便の軽貨物車は約3万2000台に上る。郵便局に行けば、軽貨物車がずらりと並ぶ光景を容易に目にできる。日常配送の主力である車両だ。
今回の処分対象は、まず100局で延べ160日程度の使用停止である。しかし、この措置は順次、100局から200局単位で拡大する見込みだ。日本郵便は2025年3月期に42億円の赤字を計上している。
それにもかかわらず、日本郵政は8月、点呼不備にともない外部運送事業者への追加委託を余儀なくされた。その費用は年間65億円規模と見込まれる。外部委託比率はすでに処分後6割に達し、地方では委託先不足が顕在化している。全国規模の問題が、郵便事業の経営悪化に直結する状況だ。
軽貨物車の使用停止は、特に車両数が少ない地方局で影響が大きい。広い地域を少数車両でカバーせざるをえない地域もあり、年末年始の需要期に支障が拡大する可能性がある。インターネット通販の普及により、実店舗が少ない地方でも配送需要は高まっている。かつて地方の貨客混載バスを取材した際、全国的に荷物スペース需要が拡大していることも確認した。
さらに輸送人材の不足は地方でも深刻である。外部委託を希望しても、地方には代替キャパシティがない場合がある。他局からの応援も想定されるが、
・長距離移動による効率低下
・燃料費、人件費の増加
といった問題が発生する。地域社会にとって郵便サービスは「最終インフラ」であり、中山間地や離島でのリスクは特に懸念される。
全国規模の組織文化崩壊
郵便イメージ(画像:写真AC)
日本郵便の経営環境を考えると、今回の事案は“自爆”に近い印象を与える。
郵便需要は長期的に減少しており、ハガキ価格の上昇やインターネット普及により、年賀状の取り扱いはピーク比で7割減となった。収益源を荷物分野にシフトしてきたが、今回の処分により信頼低下は避けられない。ヤマトや佐川急便への顧客シフトも進むだろう。
コスト構造も重い。人件費、車両維持費、委託費が膨張し、黒字転換は遠のく。経営層の危機認識不足も浮き彫りになった。郵便事業の経緯から、企業的感覚が十分に浸透しておらず、「なんとかなる」という安易な感覚が見える。現実との乖離を埋める厳しい企業的感覚が求められる。
全国規模で発生する事案であることから、組織文化そのものに問題があると指摘せざるを得ない。安全管理のシステムは機能不全に陥り、チェック体制が組織文化として働いていない。全国一律サービスの義務と収益悪化の矛盾は、制度設計の持続可能性を脅かす。
さらに、外部委託への依存は、人手不足という業界構造に立脚したリスク管理の脆弱性を露呈する。全国的にこうした危機を意識していないことこそ、根本的な問題である。
ユニバーサルサービスの再定義
郵便イメージ(画像:写真AC)
今回の不点呼事案を契機に、郵便事業の改善と効率化は不可欠である。ユニバーサルサービスの維持には、点呼のデジタル化が急務となる。特に自動化は、業務効率の向上と人的ミスの防止に直結する。ICTによる健康管理やアルコールチェックの自動化も早急に進める必要がある。
経営面では、地域ごとのサービス水準の再設計が求められる。人口動態を踏まえ、
・地方部での輸送会社間の共同配送
・バス事業者・タクシー事業者との連携モデル(いわゆる貨客混載の活用)
も検討の余地がある。外部委託モデルも再構築が必要で、単純委託にとどまらず、
・長期契約
・共同出資型
で安定性を確保すべきである。
さらに、ユニバーサルサービスの見直しも視野に入る。郵便法改正を通じて、人口減少社会に即した全国サービスの再定義を図れば、末端地域のサービス効率化につながる可能性がある。
JR東日本の36事業本部制や、欧州郵政事業、特にドイツポストの民営化後改革は学ぶべき事例である。ドイツポストは、2000年前後の大型買収を契機に国際展開を進め、物流事業へのシフトや電子商取引、IT活用型サービスデザインを推進した。脱官業の感覚は、日本郵便にまだ十分に浸透していない。
全国輸送の信頼再構築
郵便イメージ(画像:写真AC)
日本郵便は単なる物流企業ではない。歴史的経緯から、全国的輸送サービスの最後の担い手となりうる存在である。
しかし、安全管理の不備は社会全体の信頼を直ちに損ない、大きな問題となる。一企業の問題にとどまらず、社会制度の持続性にも影響を及ぼす。
今回の処分を契機に、経営構造改革、地域物流ネットワークの再設計、ICT活用の再検討が求められる。変化を先送りすれば、地方からサービス崩壊が始まるだろう。
しかし改革を進めれば、新しい地域インフラの姿が見えてくる。未来の地域生活を見据えた郵便事業改革が必要である。