“タワマンの街”武蔵小杉から始まった川崎市の人口増、小田栄駅に続く「戦略的新駅」第2弾は出てくるのか?

川崎市の人口増をけん引する「タワマン」, 武蔵小杉駅の利用者は20年で10万人増えた, 沿線の宅地化が進んだ浜川崎支線の利便性, 小田栄駅が「戦略的新駅」に位置付けられたワケ, なかなか出てこない戦略的新駅の第2弾

武蔵小杉のタワマン群(筆者撮影)

 人口減少が加速している日本だが、東京を中心とした大都市圏では都心回帰が鮮明になっている。そうした現象をけん引するのがタワーマンションの存在だ。タワマン建設による局地的な人口増加は、交通をはじめとするインフラに負荷をかけるため問題視されてきた。フリーライターの小川裕夫氏が、「タワマンの街」として知られる武蔵小杉(神奈川県川崎市)から始まった川崎市の人口増と鉄道事情について解説する。

川崎市の人口増をけん引する「タワマン」

 日本の多くの市町村が少子高齢化に伴って人口減少している。どうやって人口を維持するかに頭を悩ませている自治体が多い中で、それを感じさせないのが神奈川県川崎市だ。

 川崎市は昨年(2024年)、市制100周年を迎えた。同市は人口減少時代と言われる昨今、順調に人口増を続けている数少ない市で、昨年の人口は155万人を突破している。

 川崎市が人口増を続ける理由は、東京都に隣接するという地理的な要因が強く、近年は鉄道網をはじめとする交通アクセスの整備が進み、多くのファミリー層を引き寄せることに成功した。

 人口増をけん引するのは、市内各所に建設が相次ぐタワーマンションだ。タワマンは1棟完成すると、人口が500~1000人単位で増加する。

 上下水道やガス・電気といった生活インフラは、タワマン計画が持ち上がった時点で整備するので問題になることは少ないが、鉄道や道路といった交通インフラはそうはいかない。

 公共交通は計画の立案から着手、そこから整備を完了させるまでに10年単位のサイクルが必要になる。特に鉄道は用地の買収から駅・線路の建設、車両の増備といったハード面だけでも時間がかかるうえ、運転士の養成なども必要となる。

 そのため、タワマン建設に歩調を合わせることが難しい。タワマンが立て続けに2~3棟も完成してしまうと、たちまちキャパシティをオーバーし、交通計画は練り直しを迫られるのだ。

武蔵小杉駅の利用者は20年で10万人増えた

 いまや「タワマンの街」として知られる武蔵小杉駅の周辺にタワマンが林立するようになったのは、昭和期まで工業地帯として発展してきたという来歴にある。

 駅前には大規模工場が櫛比(しっぴ)していたが、それらの工場が2000年前後に移転すると、その跡地が再開発され、タワマンや大規模商業施設へと生まれ変わっていった。

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武蔵小杉のタワマン群。現在も建設計画が持ち上がっている(2024年4月、筆者撮影)

 武蔵小杉駅は川崎市を南北に貫く南武線の電車が発着しているほか、渋谷駅をターミナルにしている東急電鉄東横線も乗り入れていた。南武線は川崎駅を軸に東京都の立川駅とを結んでいる路線だ。東急東横線が利用できるとはいえ東京都心部へと向かう通勤・通学の動線としては決して使い勝手がいいとは言えなかった。

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南武線の平間駅付近からタワマンが林立する武蔵小杉駅を望む(筆者撮影)

 そんな中、2010年に横須賀線のホームが設置される。横須賀線は横須賀・横浜方面から東京駅まで走り、東京駅からは総武線快速に乗り入れて千葉方面へと向かう。また、横須賀線のホームには渋谷駅・新宿駅・池袋駅方面へと向かう湘南新宿ラインの電車も発着するようになり、これによって武蔵小杉駅は飛躍的に鉄道アクセスを向上させた。

 横須賀線のホーム設置によって武蔵小杉駅一帯はニューファミリー層に評判となり、それがタワマン建設を加速させたという背景もある。

 武蔵小杉駅周辺の人口増を端的に示すのが、JRと東急が発表している1日平均乗車人員だ。この数字を見ると、1999年はJR・東急合わせて約14万3000人。それが2009年には17万8000人、さらに2019年には約24万人と増加している。20年の歳月で武蔵小杉駅の利用者は10万人近く増えた。

 これは、あくまでも鉄道駅の利用者数の増加を示す統計だが、駅利用者が増えたということは当然ながら人口が増えたことも意味する。

 武蔵小杉駅周辺に完成したタワマン住民の多くは、東京方面へと通勤する人で占められている。そのため、朝の通勤時間帯に武蔵小杉駅は通勤・通学者で混雑することが日常風景になっていった。

 駅ホームに人が溢れる事態は事故を誘発する。事故によって輸送障害が起きれば、横須賀線や湘南新宿ラインを通じて東京駅方面や渋谷・新宿・池袋方面にも影響が及ぶ。

 武蔵小杉駅の混雑は同駅だけの問題ではなくなるので、輸送障害を起こさない手立てとして駅への入場制限を実施した。それにより、駅混雑による危険の低減にはつながったが、改札から駅の外まで長い行列ができるようになった。

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武蔵小杉駅のロータリー(筆者撮影)

沿線の宅地化が進んだ浜川崎支線の利便性

 武蔵小杉駅がタワマンの街へと発展を遂げたことで、川崎市全体が有望なベッドタウンとして見られるようになった。

 武蔵小杉駅の周辺にはいまだタワマンの建設計画があるものの、飽和状態に近づいていることもあり、デベロッパーは次なる建設地を探した。そして、その波は川崎市の臨海部へと押し寄せていく。

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武蔵小杉駅の周辺では、いまだタワマン建設が進行中(筆者撮影)

 川崎市は川崎駅から南側の臨海部に巨大な工場が群立している。前述した南武線は川崎駅から立川駅を結ぶ路線だが、臨海部には浜川崎支線と呼ばれる支線が走っている。その沿線も昭和期に大規模工場が進出したが、それらの工場群は川崎駅から2km以内の至近距離にあるため、武蔵小杉駅と同じく平成期に移転して跡地にタワマンが建てられることになった。

 浜川崎支線は川崎駅へ直接向かう路線ではなく、尻手駅での乗り換えが必要になる。途中の八丁畷(はっちょうなわて)駅で京急線へと乗り換えて品川駅方面へ移動することもできるが、八丁畷駅は普通列車しか停車しない。朝のラッシュ時間帯に品川駅方面へと走る電車の運転本数は多くても、使い勝手がいい路線とは言えない。

 浜川崎支線の沿線にタワマンが増え始めた当初、不便さが忌避されて沿線住民は川崎駅まで路線バスを使い、川崎駅から東京方面へと向かう人が多かった。

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浜川崎支線は貨物列車が頻繁に行き交う(2020年8月、筆者撮影)

 しかし、時代の経過とともに南武線や浜川崎支線は少しずつ変化していく。

 川崎市内から大規模工場が移転したとはいえ、南武線の川崎駅─立川駅間には大企業の研究所や営業所などが多く、南武線の重要性は引き続き高かった。そこで、JR東日本と沿線自治体は南武線の立体交差化とホームドアの整備に取り組み、それに伴って輸送障害は減少した。

 輸送障害が減少したことで、浜川崎支線から川崎駅を経由せずに尻手駅で南武線を乗り継ぎ、武蔵小杉駅でJR横須賀線・湘南新宿ラインや東急東横線へと乗り換えるという東京方面への動線が注目されるようになった。こうした背景もあり、浜川崎支線の沿線宅地化が進み、それが新駅設置の要望へと膨らんでいく。

小田栄駅が「戦略的新駅」に位置付けられたワケ

 2015年1月、川崎市とJR東日本は地域と鉄道の持続的な発展に向けた協定を締結した。

 同協定には南武線の立体交差化を推進することやJR川崎駅北口の自由通路の設置、駅周辺に保育園を開設するいった内容が盛り込まれていた。中でも特筆すべきは、浜川崎支線の川崎新町駅―浜川崎駅間に「戦略的新駅」を開設するという内容が盛り込まれていた点だ。

 それが翌2016年3月に川崎新町駅―浜川崎駅間に誕生した小田栄駅だ。戦略的新駅という言葉は聞きなれないが、これは新駅を建設するスキームの一形態で、JR東日本が沿線自治体と協定を結ぶことで鉄道側が積極的にまちづくりに関与するとともに、迅速な駅開業を目指すと説明されている。

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2020年に本設化した小田栄駅。駅の背後には大規模マンションが建ち、周辺開発が進んだ(2021年1月、筆者撮影)

 自治体が地域発展や交通利便性を向上させるため、鉄道事業者に駅開設を請願することは珍しくない。鉄道事業者も自社にメリットがあると判断すれば駅を開設するが、その際には自治体と駅周辺開発の約束を取り交わし、両者が需要を増やすために努力する。

 交通インフラが電気・ガス・水道と大きく異なるのは「建設したら終わり」ではないということだ。利用者が予想を下回ればテコ入れに動くことになるが、順調に利用者が増えても混雑対策などの課題が生じる。

 そのたびに自治体も鉄道事業者も改善を求められ、対応しなければならない。絶えずそれを繰り返して利用者・地域住民にとって使いやすい駅や路線を目指すことになる。

なかなか出てこない戦略的新駅の第2弾

 南武線および浜川崎支線を巡っては、新たな問題も発生している。今年3月から南武線はワンマン運転を開始したが、遅延の多発が目立つようになった。それは鉄道の信頼性を損ね、ひいては沿線の不動産価値にも影響を及ぼすことになるだろう。

 前述したように、交通インフラは整備を完了したら終わりではない。利用状況に応じて、アップデートしていかなければならない。鳴り物入りで開設された戦略的新駅の小田栄は沿線人口の増加と活性化に寄与した一方で、混雑による遅延というハレーションを生む一要素にもなっていた。

 今年は小田栄駅の本設化から5年という節目に当たるが、同駅周辺の宅地化が進んだこと以外に目立った変化は見らない。こうなると戦略的新駅とは何だったのかと考えざるを得ない。

 駅は簡素な造りで駅員も配置していないので、協定締結から1年強の期間で開設にこぎ着け、鉄道関係者や自治体関係者、不動産関係者から戦略的新駅の第1号として注目された。

 同駅で採用された戦略的新駅というスキームは、それまでの鉄道事業者と自治体の関係が深化するような雰囲気を感じたが、近年に開業した新駅と小田栄駅とを比べて特段の違いはない。

 戦略的新駅は川崎市の専売特許ではないので、ほかの自治体でもJR東日本と協定を結ぶことで新駅を開設することは可能だが、今のところ第2弾となる戦略的新駅が整備される気配はない。

 JR東日本は2023年に幕張豊砂駅を開業させているが、同駅はJR東日本だけではなく、千葉県・千葉市といった自治体や地元に巨大なショッピングモールを展開するイオンも開設費用を負担した。

川崎市の人口増をけん引する「タワマン」, 武蔵小杉駅の利用者は20年で10万人増えた, 沿線の宅地化が進んだ浜川崎支線の利便性, 小田栄駅が「戦略的新駅」に位置付けられたワケ, なかなか出てこない戦略的新駅の第2弾

幕張豊砂駅は京葉線の新習志野駅─海浜幕張駅間に誕生。駅前には巨大なイオンモールがある(2024年4月、筆者撮影)

 幕張豊砂駅も小田栄駅と同じように鉄道事業者や自治体が資金を出し合い、まちづくり面でも互いが協力しているため、新駅の開設経緯を踏まえると戦略的新駅と位置付けることもできるが、そう喧伝されることはなかった。

 鉄道とまちづくりは密接な関係にあり、シナジー効果を発揮することで双方の魅力を高めることができる。そういった意味で戦略的新駅には高い期待が寄せられたが、今や忘れられた存在になりつつある。

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