なぜ「北海道」でロケットを打上げるのか 海外からも注目の"地の利"
北海道スペースポートの将来像(画像提供:SPACE COTAN)
2025年8月18日、北海道の十勝地方に位置する海岸沿いの町、大樹町で北海道スペースポート(HOSPO)を運用する企業と、米国の宇宙開発企業Firefly Aerospace(ファイアフライ・エアロスペース)が同社小型ロケットを大樹町から打ち上げる検討を始めたと発表しました。
民間企業として初めて月面着陸・探査ミッションに成功したファイアフライ・エアロスペースが開発中のロケットの打ち上げ地として北海道に魅力を感じているのはなぜでしょうか。そしてロケットを打ち上げる適地とその条件はどこにあるのでしょうか。
射場・宇宙港とは
ロケット発射場(射場)または宇宙港とは、ロケットの打上げと帰還を行なうための地上施設のことです。
人工衛星を軌道に乗せるためには、ロケットは高度100km以上、秒速約7km以上の速度をペイロードに与える必要があります。このため、射場はロケットが燃料を最大限に効率よく使って速度を出せるよう、支援できる地理、気象といった自然の条件から、インフラや運用する国の法律、地域の人々や近隣諸国との関係までさまざまな条件が整っていなければなりません。
世界で運用または計画中のロケット打上げ射場(出典:BRYCE TECH「Orbital and Suborbital Launch Sites of the World」より)
射場施設は小型から大型までロケットを組み立てて人工衛星を搭載する設備を備え、液体酸素、液体水素を始めとする推進剤など高圧ガスを扱うことができ、高速で飛行するロケットの機体を追尾するレーダーなどの機能を持っています。
ロケット打ち上げの際には、大型の液体エンジンは3,000度近い高温のガスを噴射し、数十トンもの機体が飛行します。再使用ロケットの場合は、射場から飛行するだけでなく安全に帰還するための設備も求められます。飛行中に切り離した機体は100km近い高度から地表へと落下してきます。射場施設はこうしたロケット特有の条件に対応しなければなりません。
H3ロケットと種子島宇宙センター。ロケットを垂直に立てた状態で作業ができる整備棟や安全に打上げ管制ができる施設、レーダー設備などが射場には必要になる。撮影:秋山文野
歴史上、初めて人工衛星と宇宙飛行士を打ち上げた射場は、旧ソ連、現在のカザフスタン共和国にあるバイコヌール宇宙基地です。北緯45.6度、東経63.4度の内陸にあるバイコヌール宇宙基地は、R-7ロケット(現在のソユーズロケット)を打ち上げる射場として、ソ連の中でも低緯度にあり鉄道インフラに近く、東側に無人地帯が広がっていることなどを理由に選ばれました。現在でもソユーズ宇宙船の打ち上げ、帰還にも使用され、宇宙飛行士の無事な帰還を支えています。
ソ連に続いて人工衛星を打ち上げた米国は、東部フロリダ州の南側、大西洋に面するケープカナベラル射場にケネディ宇宙センター(KSC)を有し、1958年の衛星初打ち上げからアポロ計画、スペースシャトル、現在のSpaceXによるクルードラゴン打ち上げまで有人宇宙飛行と静止衛星や宇宙探査機などの打ち上げを担ってきました。
北緯28.5度、西経81度に位置するKSCは、東側に大西洋が開けていることから静止衛星の打ち上げにも適しており、これまで1,000回を超える打ち上げで1万機近い宇宙機を軌道投入してきた世界最大級の運用実績を誇っています。
一方で、カリブ海諸国との関係から南北にロケットが飛行するコースを制限されているため、気象衛星などの地球を南北に飛行する軌道の衛星打ち上げの場合には、北緯34.6度、西経120.6度のカリフォルニア州の沿岸にあるヴァンデンバーグ宇宙基地からの打ち上げとなります。
ケネディ宇宙センター(上)とヴァンデンバーグ宇宙基地からのロケット打上げ方位角の違い。出典:CSIS「SPACEPORTS of the world」より。
ケネディ宇宙センター(上)とヴァンデンバーグ宇宙基地からのロケット打上げ方位角の違い。出典:CSIS「SPACEPORTS of the world」より。
世界で3番目に人工衛星を自力で打ち上げたフランスは、当初使用していたアルジェリアのミサイル試験施設から射場を南米にある仏領ギアナへと移し、1968年からギアナ宇宙センター(GSC)の運用を開始しました。GSCは現在、欧州宇宙機関や欧州企業の衛星を打ち上げる主力射場として運用されています。
北緯5.2度、西経52.44度と世界の射場の中でも赤道の近さではトップクラスとなるGSCは、静止衛星の打上げで有利な位置にあり、フランスに本拠を置く打上げサービス企業アリアンスペースが商業静止通信衛星の打上げを獲得する大きな力となりました。
日本の2つの射場・種子島と内之浦
日本の射場は、鹿児島県の肝付町にある内之浦空間観測所(USC、北緯31.12度、東経131.06度)と、鹿児島県の南種子町にある種子島宇宙センター(TNSC、北緯30.24度、東経130.58度)です。
日本のロケット技術の基礎を築いた東京大学生産技術研究所の糸川英夫博士はロケット打ち上げの適地を探して日本中を探索し、1962年に「鹿児島宇宙空間観測所(KSC)」として現在のUSCを設置しました。
内之浦は、当時求められた資材の輸送や航路、航空路との干渉の少なさなどの条件は満たしつつも山がちの地形に不向きとの懸念もあったといいます。しかし、晴天率の高さや地元の強い熱意があって射場建設が実現。1970年に宇宙科学研究所(現 JAXA宇宙科学研究所)の下で日本初の人工衛星「おおすみ」を打ち上げました。
現在では「イプシロン」シリーズや観測ロケット「S-520」シリーズなど主に固体ロケットを運用するJAXAの施設となっています。
種子島宇宙センターは、1966年に科学技術庁宇宙開発推進本部が人工衛星打ち上げロケットの射場として選定しました。観測ロケットの打上げを経て宇宙開発事業団(現 JAXA)発足後の1975年にN-1ロケット1号機を打上げ、現在のH3ロケットにいたるまで大型・液体ロケットの射場となっています。
今や宇宙強国として急速に浮上している中国は、国内に4箇所の射場を抱えています。1970年に中国初の人工衛星「東方紅1号」を打ち上げた酒泉衛星発射センター(北緯40.7度、東経100度)は広大なゴビ砂漠のそばにある内陸の射場で、面積は2,800km2とバイコヌール宇宙基地に次ぐ広さで、人口が少ない地域にあることが利点となっています。
2番目の山西省にある太原衛星発射センター(北緯37.5度、東経112.6度)も内陸の射場。3番目の四川省にある西昌衛星発射センターは、北緯28.5度、東経102度に位置します。この緯度は米国のKSCと同じで、打ち上げ後のロケット管制に米国の技術を参考にするために意図的に同じ緯度を選んだのではないかとも考えられています。
KSCの大きな特徴はアポロ計画における有人月探査の打ち上げを担っていることですが、西昌宇宙センターは中国が月探査の実績を獲得した嫦娥1号から嫦娥4号までの打ち上げが行なわれました。
衛星画像から見た広大な砂漠地帯に広がる中国の酒泉衛星発射センター。Credit: Sentinel-2 DATA,Copernicus Sentinel-Hub
2014年に完成した中国で最も新しい文昌衛星発射センターは海南省文昌市郊外に位置し、北緯19度、東経109.5度と中国では最も低緯度にあります。海に面した立地を活かし、中国の宇宙ステーション「天宮」のコアモジュール打上げなど、大型の衛星の射場として存在感を発揮しています。
赤道が最有利? 緯度と射場の関係
衛星打ち上げロケットの射場の条件として、赤道に近い低緯度から東向きへの打上げが有利とされることがあります。これは、赤道上で最大になる地球の自転をロケットの加速に利用することができるためですが、当てはまるのは赤道上空の高度約3万6,000kmの静止軌道を利用する静止衛星の場合に限られます。
これまで、静止衛星は通信放送衛星として商業的な需要が多いため、射場の条件として低緯度にあることが重視されてきました。北緯5度にあるギアナ宇宙センターが欧州のみならず世界の静止衛星需要を取り込んできたのはこのためです。
しかし近年では射場の条件は低緯度帯とは限らなくなっています。地球観測衛星や多数の衛星を一体的に運用する衛星コンステレーションの場合、98~100度といった極域を通過する軌道に衛星を投入する需要が増え、南北方向への打上げが重視されるようになってきました。
極軌道の場合は、南北のどちらかにロケット機体が安全に落下できる無人のエリアが広がっていることが重要です。そのため、かつては観測ロケットやミサイル試験などに使われていた高緯度帯に位置するスウェーデンのエスレンジ発射場や、アラスカのコディアック射場、オーストラリア北部ノーザンテリトリー州の北端にちかいアーネム宇宙センターなどが商業衛星の打上げを行なう小型ロケット向けの射場として新たな注目を集めています。
また、ニュージーランド発の小型ロケットを開発したロケット・ラボは、ニュージーランド北島のマヒア半島に自社専用射場を整備しています。
SpaceXが先鞭をつけた再使用ロケットの実用化に伴い、使い捨てロケットだけでなく機体が地上へと帰還する際の着陸地点の役割を果たす、「宇宙港」として開発された射場もあります。
弾道飛行による宇宙旅行の機体、ヴァージン・ギャラクティックの「スペースシップ・ツー」が利用しているのは、米国のニューメキシコ州にあるスペースポート・アメリカ。SpaceXも将来のスターシップによる弾道飛行に備え、テキサス州の自社射場スターベースを宇宙港とする構想を持っています。
宇宙と航空の接点、北海道スペースポート
日本では内之浦と種子島が主力射場としてロケット打ち上げを支えてきましたが、初の純国産ロケット「H-II」が完成した1980年代中ごろ、このH-IIを使用して「宇宙往還機」と呼ばれる再使用型宇宙船「HOPE(H-II Orbiting Plane)」を開発する構想がありました。
当時の宇宙開発事業団(NASDA)は、HOPEに必要な技術を獲得するためにいくつかの試験機を開発し、自動着陸実験機「ALFLEX」を開発します。当初予定していた岐阜県の飛行場が利用できなくなったことから、日本各地にALFLEXの飛行試験に適した場所を求めて探索が行なわれることになりました。そして開発陣が巡り合ったのが、北海道の東岸、十勝地方の大樹町でした。
1985年に「宇宙のまちづくり」を目標に航空宇宙産業基地誘致運動を開始した大樹町は、1995年に航空宇宙技術の開発を支援する「多目的航空公園」を整備し、1,000mの滑走路が完成。航空宇宙技術研究所(NAL)とNASDAが共同でALFLEXの着陸実験を行なうことになりました。ALFLEXはスペースシャトルと同様のリフティングボディと呼ばれる有翼の無人実験機で、ヘリコプターから投擲された後に滑走路に着陸する、航空と宇宙技術が融合した機体でした。
しかしながら結果的にALFLEXの実験は日本国内ではなくオーストラリアのウーメラ砂漠で行なわれることになります。大樹町からウーメラへの変更について、元文部科学省事務次官で元駐ウクライナ大使でもある坂田東一氏は、当時北海道の別の地域で進められていた原子力研究プロジェクトがあり、「大樹町だけが先行することは適当ではない」という意見があったとしています。
現在では、宇宙開発と原子力技術の研究が衝突するということは想像しにくいものがありますが、宇宙開発がすべて国の事業として進められていた時代には、どの地域で実証を行なうかということに多大な調整が必要だった背景がうかがえます。
大樹町は1997年から、航空技術の実験場として大気圏高層を飛行する飛行船の一種「成層圏プラットフォーム試験機」の実験を行なうようになりました。2003年のJAXA発足後は、高高度を飛行する大気球の実験場として科学実験や航空宇宙関連の技術研究を行なうようになります。
そして2002年、北海道大学や北海道の企業、植松電機などが共同で開発した高層気象観測や微小重力実験を行なう小型ロケット「CAMUI」の打上げ試験が実施され、大樹町からロケットで宇宙を目指す活動が始まりました。
2013年にはインターステラテクノロジズ(IST)が事業所を開設し、射場設備の整備と小型ロケットの開発を本格化させます。2019年、ISTは観測ロケット「MOMO」3号機を高度100km以上の宇宙へ到達させることに成功しました。現在は衛星打上げロケット「ZERO」の開発を進めていて、衛星を軌道投入する目標に向かっています。
大樹町の多目的航空公園に整備されたJAXAの大気球運用施設(撮影:秋山文野)
多目的航空公園に整備された滑走路。スペースポート運用構想に伴い、1,000mから1,300mに拡張された(撮影:秋山文野)
条件次第で打上げ能力は種子島の2倍
過去から航空と宇宙の接点として機能してきた大樹町は、ロケット打上げにとってどのような点が魅力的なのでしょうか。これは、太平洋に面した「地の利」に理由があります。
米国はケープカナベラルとヴァンデンバーグの射場を打ち上げる衛星の軌道によって使い分けていました。衛星側の都合に加えて、ロケットが飛行するコース上に自国と他国の領土が存在する場合は、飛行条件に制約が生まれます。日本では国際的な合意を元に、「人工衛星等の打上げ及び人工衛星の管理に関する法律(宇宙活動法)」という法律に沿ってロケットが飛行できる方向(打上げ方位角)を規定しています。
種子島宇宙センターは、大型液体ロケットの重要な目標である静止軌道に向けた真東(方位角90度)への打上げには有利です。一方で、南北方向で地球観測衛星が多く利用する太陽同期軌道への打上げの場合には、種子島から真南に打ち上げるとロケット機体の落下予想区域がフィリピンに近づきすぎてしまうため、いったん東へ打上げてから南へ向かうコース修正(ドッグレッグ・ターン)を行なう必要があり、推進剤を余計に消費します。
十勝地方に位置する大樹町は、東と南側に海が開けていて、南への打上げの場合には大きなコース修正を必要としないと見込まれています。
北海道スペースポート構想の基礎をつくった北海道宇宙科学技術創成センター(HASTIC)は、「大樹町射場の発射可能方位角は80度~170度 と見込まれており、真東への打上げが可能なことに加え、南方向へも既存射場より広い範囲に打ち上げられるため、太陽同期軌道については既存射場より高効率に打上げを行なうことができる。HASTICの試算によれば、大樹町射場から太陽同期軌道へ人工衛星を投入する場合の打上げ能力(ペイロード)は、種子島・内之浦射場のそれぞれ2倍、1.4倍になるとされている」と大樹町からの打上げの優位性を試算しました。
出典:北海道経済連合会 宇宙産業ビジョン『宇宙で変わる北海道の未来、日本の未来』より
日本では合成開口レーダー(SAR)や光学地球観測衛星の民間コンステレーション計画が複数あり、太陽同期軌道を利用する衛星の需要が増えつつあります。静止衛星であれば高緯度の北海道からの打上げはあまり有利とはいえませんが、南方向、特に太陽同期軌道であれば衛星にとって都合がよい射場だといえるのです。
海外からも注目される大樹町
こうした地の利を活かして、ISTが開発中のZEROは太陽同期軌道に250kg程度の小型衛星を投入する能力を打ち出しています。再使用ロケットを計画する将来宇宙輸送システムなども大樹町で試験を行なう中で、海外の小型ロケット開発企業が同地に関心を示す例が増えてきました。
台湾に本拠のあるtiSpaceの日本法人、jtSpaceは2025年6月にHOSPOで観測ロケットの打上げ試験を行ないました。打上げ後まもなく飛行中止という結果になりましたが、海外の企業が大樹町を射場としてパートナーに選んだ初の事例となりました。
そして7月、HOSPOは米ファイアフライ・エアロスペースと小型ロケット「Alpha」を日本で打ち上げる実現性検討に係る基本合意書(MOU)を取り交わしたのです。ファイアフライ・エアロスペースはアルファロケットを米国のヴァンデンバーグ宇宙基地、バージニア州のワロップス飛行施設で運用するほか、米国外ではスウェーデンのエスレンジ宇宙センターから打ち上げる構想を持っています。
Firefly社のAlphaロケット(画像提供:Firefly Aerospace / Trevor Mahlmann)
衛星打ち上げロケットの射場に求められる条件は、打上げ方位角への対応だけではなく、物流インフラなどの条件も大きく左右します。ですが、インフラは後から整備することもできますが、ロケット飛行コースの安全という基本的な地理的条件は変えることがほとんどできません。
HOSPOを運用するSPACE COTANは、2024年度に始まった宇宙戦略基金の第1期テーマ「高頻度打上げに対応する射場・宇宙港を目指した地上系基盤技術」で採択され、射場・宇宙港事業の商業化に向けた技術、ビジネスモデルの整備を開始しています。地の利を活かした活発な打上げが実現し、大樹町が日本の民間宇宙港となるか、今その入口にあります。