「逃がさんで。ここで会うたが100年めやき」阿部サダヲが再登場、ヤムの言葉が“アンパンマン誕生”に火をつけた日【あんぱん第115回】

『あんぱん』第115回より 写真提供:NHK
日本人の朝のはじまりに寄り添ってきた朝ドラこと連続テレビ小説。その歴史は1961年から64年間にも及びます。毎日、15分、泣いたり笑ったり憤ったり、ドラマの登場人物のエネルギーが朝ご飯のようになる。そんな朝ドラを毎週月曜から金曜までチェックし、当日の感想や情報をお届けします。朝ドラに関する著書を2冊上梓し、レビューを10年続けてきた著者による「読んだらもっとドラマが見たくなる」そんな連載です。本日は、第115回(2025年9月5日放送)の「あんぱん」レビューです。(ライター 木俣 冬)
ヤムと朝田家の人々との再会
「ああ」と蘭子(河合優実)が驚いた視線の先にいたのは、ヤムおんちゃんこと屋村(阿部サダヲ)だった。
数奇な運命に導かれるかのように、ヤムは八木(妻夫木聡)が恵まれない子どもたちに差し入れするためのあんぱん100個を届けに来たのだ。先日、パン工場らしきところで働いていたのは、その前振りだったようだ。
何歳なのか、60代は超えているだろう。それでも肉体労働を続けているようだ。
「逃がさんで。ここで会うたが100年めやき」
蘭子はヤムをのぶ(今田美桜)のマンションに連れていく。
羽多子(江口のりこ)はなつかしすぎるヤムの姿に「たま〜」と腰を抜かしてしまったらしい(なぜかそこは映さない)。
居間でのぶ、蘭子、羽多子がヤムを囲む。
ヤムにとってはのぶたちはいつまでも「ちび」「ちび2」で、ちび3号のメイコ(原菜乃華)まで駆けつける。
「また会えてうれしい」と素直なメイコの喜び方にホッとする。みんな意地っ張りで素直に喜ばないから。
ヤムは自分のことを差し置いて、みんな老けたなあと言う。いや、でも、あんまり老けてはいない。大人になったなあ。きれいになったなあという感想が、今田美桜、河合優実、原菜乃華を見たら出てきそうな雰囲気だ。背中を丸めてうまく老けているのは江口のりこだけだ。
ヤムもさほど老けては見えない。旅人のような人だし、体力のいるパンづくりを続けているから丈夫なんだろうなあとは思う。
ずいぶん遅れて、のぶと嵩(北村匠海)が結婚したことを知って喜ぶヤム。
幼い頃、孤独を分かち合っていた嵩と再会を喜んでほしいのだが、その頃嵩は――

手塚治虫の仕事場も男女禁制だった
その頃、嵩は手嶌治虫(眞栄田郷敦)の仕事場にいた。
手嶌は妻以外、聖域である仕事場に入れなかった。が、嵩だけは招き入れた。なんて光栄なことであろうか。大作家・手嶌だが、仕事場は意外と狭い。でもここで数々の名作を生み出しているのだ。
そこには「男女禁制」の張り紙がしてある。
「男女禁制」とはなんぴとたりとも入室を禁止ということ。「女人禁制」ではなく男女平等に禁止していた。
これは手嶌のモデル・手塚治虫もそうであった。このエピソードが描けた理由は、NHKの膨大なアーカイブの恩恵であろう。
今年(2025年)の1月、『時をかけるテレビ〜今こそ見たい!この1本〜膨大なアーカイブから未来へのメッセージ』という番組で1986年に放送されたNHK特集『手塚治虫 創作の秘密』が紹介された(25年1月31日放送)。
デビュー以来40年間、マネージャーも編集者もアシスタントも入ったことのないパーソナルな仕事場にNHKが潜入した。そのとき、張り紙こそしていないが、手塚治虫が「女人禁制どころか男女禁制でね」と言っている。この番組はオンデマンドでまだ見られる。
この番組(『時をかけるテレビ』のほう)を、筆者もオンエアで興味深く見た。NHKはこういう取材ものにはものすごく力を発揮するなあと、取材を生業とする者としていつもうらやましい。
ただし、嵩のモデルであるやなせたかしは、手塚の聖域には入れてもらっていないようだ。
聖域で、『千夜一夜物語』の相談をする手嶌。嵩の描く女性を「あなたの描く女性はあたたかくて、やさしくて強くて、目が好奇心に輝いている。あれ奥さんでしょ」と指摘。そのほか、たまにプライドが高くて強情そうな人もいると、それはのぶではないとまで気づいている。「それは母ですね」と嵩は苦笑まじりに応える。
ところで、手塚治虫の女性キャラは奥さんなのだろうか。上品そうな奥さんのこともきっとお母さんのキャラなどに投影していたのではないだろうか。手塚漫画に出てくる主人公のお母さんは、いつも上品でやさしそうで控えめな伏し目がちのイメージがある。
手塚は嵩の女性キャラに魅力を感じたようだが、嵩は男性キャラのアイデアを思いつく。それは「風来坊」。ヤムがまさか自分の家に来ているとは知らずに、たぶんヤムを思い出して「風来坊」のキャラを提案するのだ。

終戦記念日に、嵩は誓う「みんなの心のトゲを抜いてあげたい」
帰宅した嵩は、ついさっきまでヤムがソファに座っていたと知って、会いたかったなあとつぶやく。
そして、のぶからヤムがこれまでずっと抱えてきた戦争の傷を聞く。
戦争に巻き込まれて以来、「なんとか命拾いして日本にもどってきたとき決めたんだ。国だの戦争だの、そんなものに二度と振り回されるものかって。そこからはずっと根なし草さ」
だから彼は、10年も朝田家にいながら、一度も食卓を共にすることはなかった。どんなに近づいても一定の距離を保ち続けた。やたらと斜に構えた言動は何かに帰属したり、密接に関わったりすることを慎重に避けてきたのだろう。
のぶが「愛国のかがみ」になったとき、純真だった彼女が国や戦争に振り回されていることに相当胸を痛めたに違いない。
のぶは嵩がいたから救われた。でもヤムは、どんなに強がっていても心にはまだトゲが刺さっている。そうのぶは嵩に語る。
そして、8月15日。終戦記念日に嵩は、戦争で大切な人を亡くした人たちのために何かをしたいと考える。
「ヤムさんやみんなの心のトゲを抜いてあげたいんだ」
嵩は引き出しから、アンパンを2個持って空を飛ぶ、太ったおじさんのラフスケッチを取り出した。
まだ、作品化されていないこのおじさんが、嵩にとって「みんなの心のトゲを抜く」存在になり得ると考えている。
中園ミホはこの回についてこう語っている。
「終戦記念日を描いたのは、柳川強チーフディレクターのアイデアです。柳川さんは『花子とアン』をはじめとして戦争に関するドラマをこれまでもたくさん手掛けていて知見があり、私がとても信頼しているかたです。柳川さんのアイデアで終戦記念日と嵩が『アンパンマン』を再び描き始めることを重ねました」
のぶを救った嵩はヤムを救うこともできるのか。
フォトギャラリー
主なシーンより

第23週(9月1〜5日)
「ぼくらは無力だけれど」あらすじ
ラジオドラマ『やさしいライオン』は、放送後大きな反響を得るが、嵩(北村匠海)は登美子(松嶋菜々子)の反応が気になっていた。のぶ(今田美桜)から事情を聞いた羽多子(江口のりこ)は、登美子を柳井家に連れてきて…。数日後、週刊誌の漫画懸賞の募集要項を目にした嵩は、のぶの勧めもあり挑戦することに。嵩はこれでダメだったら漫画家をやめると宣言し…!?
連続テレビ小説『あんぱん』
作品情報

連続テレビ小説「あんぱん」。“アンパンマン”を生み出したやなせたかしと暢の夫婦をモデルに、生きる意味も失っていた苦悩の日々と、それでも夢を忘れなかった二人の人生。何者でもなかった二人があらゆる荒波を乗り越え、“逆転しない正義”を体現した『アンパンマン』にたどり着くまでを描き、生きる喜びが全身から湧いてくるような愛と勇気の物語です。
【作】中園ミホ
【音楽】井筒昭雄
【主題歌】RADWIMPS「賜物」
【語り】林田理沙アナウンサー
【出演】今田美桜 北村匠海 江口のりこ 河合優実 原菜乃華 高橋文哉 眞栄田郷敦 大森元貴 妻夫木聡 阿部サダヲ 松嶋菜々子 ほか
【放送】2025年3月31日(月)から放送開始