NHK『あんぱん』28歳国民的ミュージシャンの初登場から続く“存在感”。歌唱シーンでは
今をときめくMrs.GREEN APPLEのボーカル・大森元貴にとって、『あんぱん』(NHK総合・毎週月~土あさ8時~ほか)は、初の朝ドラ出演作だ。
NHK『あんぱん』©︎NHK
作曲家役を演じる大森の演技が、楽しげに踊り、明るく歌う。本来は歌い手である大森元貴が、歌い手ではない作曲家を演じることでうまれる表現がある。
男性俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、歌い手ではない作曲家を演じる上でのポイントなどを踏まえ、本作の大森元貴の演技を解説する。
◆弾みをつけた演技で初登場
今田美桜主演の朝ドラ『あんぱん』後半部を見る楽しみといえば、芸術愛あふれる作曲家・いせたくやを演じる大森元貴の登場だろう。満を持しての初登場は、第19週第91回の喫茶店場面。
主人公・柳井のぶ(今田美桜)と夫婦になった柳井嵩(北村匠海)が、公演ポスター制作を担当する劇団座長・大根(青柳翔)と打ち合わせをしている。二人が向き合って座る席の奥、カウンター席に座る後ろ姿の男性がいせたくやだ。
嵩と大根の会話に聞き耳をたて、激しく共感。勢いよくカウンター席に左手をついて思いきり立ち上がる。そのダイナミックな動きは、大森自身、初登場の瞬間を待ちに待っていて「今だ!」とばかりにぶんぶん腕を回して自ら弾みをつけた演技ではなかったか。
◆演技が踊り、演技が歌う
嵩たちの会話に割り込む初登場場面に限らず、出演回を重ねるごとに大森の演技はどんどん弾む。弾んで弾んで、音楽に合わせるかのように、演技が楽しげに踊り、演技が明るく歌う。
第65回レコード大賞受賞曲「ケセラセラ」など、リスナーを多幸感でみたす国民的バンドMrs.GREEN APPLEのボーカルとしての才能を余すところなく、このいせたくや役に落とし込んでいる。キャラクターの動作や空気感だけではなく、大森の音楽的才能が具体的に華やぐ場面がある。
第92回、のど自慢に出場しようとするのぶの妹・メイコ(原菜乃華)の練習のため、たくやの伴奏でメイコが「東京ブギウギ」を歌う。大森は撮影現場で実際にピアノ伴奏を披露しているのだが、彼の演技が音楽的に弾み、これはファンには嬉しい場面だった。
◆歌い手ではない「作曲家」を演じる上でのポイント
朝ドラ初出演ながら、徐々に音楽的才能を解禁していくことで、大森はすっかりレギュラー出演者として画面に馴染んでいる。同時に彼の身体にも、いせたくやという稀代の作曲家キャラがスッと馴染んでいる感じがある。
いせたくやのモデルになったのは、誰もが知る名曲「見上げてごらん夜の星を」や嵩のモデルである『アンパンマン』の作者・やなせたかしが作詞を担当した「手のひらを太陽に」などを作曲した、作曲家・いずみたくである。
クラシック音楽専門プロダクションに所属する筆者は、作曲家と接する機会が多い。例えば、1995年の「キューピーマヨネーズ」CM曲などを作曲した青島広志。『あんぱん』にも「手嶌治虫」の名前で嵩がライバル視する手塚治虫原作『火の鳥』をオペラ化した。
間近で演奏を見ていると、作者自らが愛を込めて解釈する情感がある。つまり、作曲家の心が表現できるかどうか。歌い手ではない作曲家を演じる上でのポイントだ。
◆俳優として音楽愛を育むアカペラ場面
第20週第99回ではまさに作曲家の心がしめやかに表現される場面がある。名調子でご機嫌にしゃべり倒す六原永輔(藤堂日向、モデルは永六輔)が演出、たくやが音楽監督、嵩が舞台美術を担当するミュージカル公演。
公演本番前日のリハーサルで六原が大幅な修正指示をだす。休憩時間にロビーのベンチに並んで座るたくやが嵩にこう言う。「いいものを作る。これを言われちゃうとね、弱いんですよ」。多くの人々を自らの曲で幸せ色に染めてきた大森だからこそ、込められる説得力ある台詞だ。
休憩後に、急ごしらえで完成させた曲をたくやが作曲者としてアカペラで歌う。ミュージカル公演のタイトル曲「見上げてごらん夜の星を」。舞台上に立つたくやをローアングルのカメラが捉え、1分30秒ほどの長回しで大森のアカペラ歌唱を丸ごと写す。
俳優として作曲家を演じる心構えが音楽愛を育み、現実にスター歌手である大森が歌う圧巻の場面に感動した。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
コラムニスト/アジア映画配給・宣伝プロデューサー/クラシック音楽監修
俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”として「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu