ディーラー大迷惑? 自動車の「カタログマニア」がいなくならない根本理由
カタログ消費の実態
自動車ディーラーの現場では、試乗マニアに加えて「カタログマニア」の存在が指摘されている。複数の車種をまとめて請求する、同じカタログを複数部要求する、購入意思が不明確なまま資料だけを繰り返し求める――。こうした行動は一部の顧客に限られるが、ディーラーにとっては無視できない負担となっている。なぜ彼らはなくならないのか。
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まず直視すべきは、カタログ自体のコストだ。自動車メーカーが制作するカタログは、一般的な小冊子とは異なる。フルカラー印刷、光沢紙、数十ページに及ぶ大判仕様が標準であり、印刷単価は数百円から高いもので1000円を超えるとされる。さらに、撮影・編集・デザイン・翻訳(輸入車の場合)を含めると、1車種あたり年間で数千万円規模の制作費が発生する。
このコストはディーラー負担ではなくメーカー本社の広告宣伝費から計上されることが多いが(契約形態やディーラー規模によって異なる場合もある)、実際に顧客へ配布するのは現場の販売店である。現場にとっては
「タダで渡している」
という感覚である一方、実際には相応の原価が積み上がっている。複数部を要求されればその負担は無視できない規模に膨らむ。
カタログマニアの実態
自動車ディーラーのイメージ(画像:写真AC)
カタログマニアが生まれる根本的要因は、情報流通の構造にある。自動車購入は住宅や教育と並ぶ高額消費であり、消費者は「間違えたくない」という心理が強く働く。そのため紙媒体として体系的にまとめられたカタログは、依然として重要な役割を果たしている。
メーカー公式サイトや動画レビューは充実しているものの、
・情報の一覧性
・比較の容易さ
いう点でカタログには依然として優位性がある。複数車種を横並びで確認でき、寸法や装備表が整理されている点は、デジタル情報ではまだ完全に代替されていない。カタログを収集する行為は、消費者にとって情報をコントロールする手段となるのだ。
一部のカタログマニアは
「純粋なコレクター」
である(この層が一番迷惑?)。1970年代や1980年代のカタログはオークションサイトで高値取引され、特に限定車や販売台数の少なかったモデルは希少価値を帯びる。こうした背景から、最新カタログを入手し続ける行動が「趣味化」している層が存在する。
メーカーやディーラーにとっては想定外の利用だが、カタログが広告媒体である以上、配布を制限しづらい。ここに構造的なジレンマが生じている。現場の営業スタッフは、実際の購入意思が不明確なまま多部数を求められるケースに直面し、対応に苦慮しているだろう。当媒体の別の記事で、実際の従事者と思しき人からも
「最近カタログをたくさんもらって帰る一見さんや複数車種を複数部ずつ送れという電話もあって試乗マニアならぬカタログマニアにも困っていますカタログも結構高いので・・・」
というコメントが寄せられていた。まさに、トホホといった状況か。
営業現場負担の実態
自動車ディーラーのイメージ(画像:写真AC)
他の産業と比べると、この問題は自動車業界でより鮮明に見える。不動産業界では、物件パンフレットは来場者限定で配布され、郵送請求には条件が設けられることが多い。観光業界でもパンフレットの大量請求には制限がある。にもかかわらず、自動車業界では誰でも何部でも無料で持ち帰れる慣行が根強く残っている。
背景にはメーカー主導の販売体制がある。カタログは広告費の一部として位置づけられ、「無料配布は当然」という考えが前提となっている。しかし情報入手経路が多様化した現在、この慣行を維持する合理性は薄れている。
カタログマニアが消えない要因は複合的だ。まず、紙のカタログは仕様一覧や装備表を網羅しており、情報の一覧性や比較のしやすさで依然として優位を保っている。次に、過去のカタログが市場で高値取引されることが、最新カタログの収集行動を促す趣味化の背景になっている。さらに、無料配布の慣行が大量請求を可能にし、購入検討期間の長期化も複数車種の資料要求を増やす要因となる。加えて、メーカー側の販売戦略上、カタログは広告媒体としての位置づけが残り、配布制限に踏み切れない。
これらの構造が重層的に作用するため、カタログマニアは完全には消えない。
収集層活用の戦略
自動車ディーラーのイメージ(画像:写真AC)
課題を指摘するだけでは十分ではない。では、現実的な解決策は何か。
まず、デジタルカタログの有料拡張が考えられる。現在、多くのメーカーが公式サイトでPDF版を提供しているが、収集意欲を満たすには不十分だ。紙カタログと同等のデザイン性を備えた高精細なデジタル版を、有料でダウンロード販売する仕組みを導入すれば、収集層を囲い込みつつ印刷コストを削減できる。
ポイント制による配布管理も有効である。カタログ請求を会員制とし、一定数までは無料、以降は有料とする方式を導入すれば、消費者も納得しやすい。航空会社のマイルやECサイトのポイント制度と同様の設計であれば、無制限配布による浪費を抑えられる。
さらに、限定版の発行や販売も収集層の取り込みに有効だ。一部のメーカーではブランドヒストリー本や記念冊子を有料で販売している。これを通常カタログにも応用し、限定カバーや特装版を用意すれば、コレクター需要を収益化できる。印刷コストを負担ではなく売上に変換できる可能性がある。
また、カタログ配布を営業効率と連動させる方法もある。単独で配布するのではなく、商談予約や試乗予約と組み合わせれば、実際の購入意欲を把握できる。一般的な資料請求から見込み客の判定へ再設計すれば、現場の負担を軽減できる。
海外では、カタログの有料化や電子化が進んでいる。一部高級車メーカーは紙カタログを有料販売に切り替え、購入者を「ブランドを支える熱心な顧客」と位置づけている。日本でも同様の流れが広がれば、カタログマニアは新たな収益源やブランドファンとして再定義できる。
無料配布の慣行を見直し、収集層を敵視せず取り込む発想があれば、業界全体の持続可能性は高まるだろう。