【ドル円見通し】パウエルFRB議長、9月利下げ示唆でドル円急落。今後の為替相場と米長期金利の行方を徹底解説
【ドル円見通し】パウエルFRB議長、9月利下げ示唆でドル円急落。今後の為替相場と米長期金利の行方を徹底解説
今回のマーケットトークのテーマは「パウエル議長は何を語ったのか?」です。まず、発言のポイントやマーケットを振り返り、為替相場にとって重要なアメリカの長期金利の行方を考えます。そして最後に来週の主な予定やポイントについて解説します。
今回の講演でパウエル議長は総じてみれば、9月の利下げの可能性を示唆しました。いくつか発言をご紹介しますと、まず現在の政策金利に関し、やや引き締め気味であるとの評価を示しました。これにより利下げの必要性を示唆したことになります。その背景にインフレのリスクと労働市場悪化、すなわち景気の下振れリスクとのバランスが変化した結果、政策金利の調整が正当化されるようになったと説明しています。
また、労働市場の下振れリスクにも言及しました。もちろん9月の利下げを確約したわけではありませんが、8月1日に発表された雇用統計がかなり影響したと考えられます。一方、関税が持続的なインフレに波及するリスクにも言及しています。これは10月以降についてはあくまでもデータ次第で判断して行くと読み取ることができます。総じて先週の動画でお伝えした通りで、内容にサプライズはありませんでした(2ページ)。
パウエルFRB議長講演後の市場の反応
ところが、マーケットの反応は予想とは異なるものでした。そもそもパウエル議長の講演に向け、利下げ期待が後退し、前日から講演に向けて148円台後半までドル円が上昇していたのです。それだけに、パウエル議長が講演で実際には利下げをあまり示唆しないのではないか?との見方が台頭していた模様です。そのため講演後、改めて利下げを織り込む中、株式相場はこれを歓迎して大きく上昇した一方、長期金利の低下を受け、ドル円は約2円も下落しました(3ページ)。
もっとも、ここまでの利下げの織り込みの変遷をいる限り、この動きは行き過ぎと考えられます。例えば、直近で最も利下げの織り込みが高まったのは、ベッセント財務長官が9月FOMCにおける50bp利下げの必要性に言及した8月13日です。この時、市場は9月の利下げを107%も織り込みました。これは、25bpの利下げを完全に織り込んだ上、50bp利下げの可能性も7%織り込んだという意味です。また、年内の利下げ回数も2.6回を想定しており、ドル円は147円台前半まで下落していました。
一方、パウエル議長の講演後に利下げの織り込みが高まったとは言え、その程度はこの8月13日ほどではありません。それにもかかわらずドル円はその水準よりもドル安円高に振れているのです。
投機筋のポジションの動向
この要因として投機筋のポジションが挙げられます。ヘッジファンドなどが含まれるレバレッジドファンド勢は7月中旬以降に円ショートを拡大させてきました。今回のパウエル議長の講演を受け、こうした円ショートの手仕舞い、すなわち円の買い戻しがドル円を押し下げたと考えられます。従って、こうした動きが一巡した後の来週のドル円はやや持ち直す可能性が高いと言えるでしょう(5ページ)。
実際、雇用統計が発表された8月1日の終値と比較した主要通貨の対ドル変化率をみると、円は全体の中盤に位置しているに過ぎません。ドルに対しても0.4%程度上昇したに過ぎず、足元で円高が進んでいるわけではありません(6ページ)。
先週の動画で要注意とお伝えした日本の消費者物価指数も振り返っておきましょう。総合および生鮮食品を除いたベースのインフレ率の伸びは低下しました。一方、食品とエネルギーを除いたインフレ率は前月から横ばいとなっており、依然としてインフレ圧力の継続が認められます。前月比の伸びは0.1%のプラスにとどまり、足元のインフレには減衰の兆しもみられていますが、それでも市場では日銀の年内利上げに対する織り込みが69%から72%までわずかながらも上昇しました。
ただ、発表された金曜日の時間帯は、アメリカの利下げ観測後退によるドル買い地合いだっただけに、完全にかき消された結果となりました(7ページ)。
日米の金融政策と為替相場
さて、今回のジャクソンホールでほぼ9月の利下げが確定的なものになったと考えられ、日銀は方向としては利上げです。この為、マーケットのコンセンサスは依然として日米の金融政策の違いによるドル円の下落シナリオではないでしょうか。但し、現実のマーケットではそのような動きにはなっていません。
次の散布図は横軸が海外と日本の政策金利の年初来の相対的な変化を、縦軸が当該通貨の年初来の対円変化率をそれぞれ示しています。例えば、スイスを例にとりますと、横軸がマイナス75、縦軸がプラス6です。今年、日銀が1月に25bpの利上げを行なった一方、スイスは50bpの利下げを行った結果、スイスと日本の政策金利の差は相対的にみてスイスの方が75bpも低下したことになります。ところがそのスイスフランは年初来、円に対して6%も上昇しているのです。ほかの通貨についても同様の動きです(8ページ)。
仮に、金融政策の差や政策金利の動きで為替相場が動くのであれば、この散布図のデータは右上方向に連なるはずですが、実際はその逆です。この散布図は二つのことを意味します。
一つはかねてお伝えしている通り、名目金利からインフレ率を差し引いた日本の実質金利が他の主要通貨よりも低い上、水準もマイナス圏にとどまっています。この状況が続く限り、円高にはなりにくいと言う事です。もう一つは為替相場にとって重要なのは、金融政策の動きも織り込む長期金利の動きが重要だということです。実際、昨年2024年もアメリカが1%ポイントの利下げを行い、日銀は金融政策の正常化を進めましたが、年初に比べ年末の方が約15円もドル高円安となっています。これはアメリカの長期金利の方が日本よりも上昇したからです。
アメリカの長期金利
そこで改めて2020年以降のアメリカの長期金利の動きを見てみましょう。今年に入り、アメリカの長期金利は概ね4%台前半から半ばで推移しています。また、図中に長期金利の構成要素も記しています。即ち、期待潜在成長率(潜在成長率がどのぐらいになりそうなのか)、期待インフレ率(インフレがどうなりそうか)、そしてリスクプレミアムの合計です。このリスクプレミアムはいわゆる「悪い金利上昇」を指します。
また、期待潜在成長率と期待インフレ率は政策金利の見通しを意味する期待政策金利に置き換えることもできます。この内、期待潜在成長率は短期間の間に大きく上下するものではありません。従って、アメリカの長期金利を展望する上では、期待インフレ率とリスクプレミアムを考えることが重要です(9ページ)。
期待インフレ率に影響する実際のアメリカのインフレの動向を確認しておきましょう。足元では食品とエネルギーを除いたコア、FRBも重視しているとされるエネルギーと住居費を除いたサービス価格であるスーパーコアともに直近3ヶ月で伸びが拡大しています。このような状況で利下げが行われる結果、インフレは高まる可能性が高いと考えられます(10ページ)。
実際、市場で観測される期待インフレ率(ブレークイーブンインフレ率=長期金利-物価連動債の利回り)は、相互関税の詳細が発表された4月以降、上昇傾向にあります。また、先ほどのパウエル議長の講演を受けて、2.4%付近まで上昇しています。従って、利下げの織り込みによって講演後に長期金利は低下しましたが、このインフレ期待の動きをみると、長期金利はこのまま下がっていくというより、むしろ上昇する可能性を示唆していると言えます(11ページ)。
タームプレミアムの上昇は限定的か
一方、金利が上昇しても、今年4月から5月にかけてみられたように、それが「悪い金利上昇」とみなされる場合、寧ろドル安が進みかねません。そこでリスクプレミアムの1種であるタームプレミアムの動きを見ておきましょう。タームプレミアムとは債券の価格変動リスクに対して、投資家が求める対価と定義されます。4月以降、大型減税法案の審議を横目に市場ではアメリカの財政悪化を意識したタームプレミアムの拡大によって、「悪い金利上昇」とドル安が進みました。
ただし、足もとではタームプレミアムの拡大に歯止めがかかりつつあります(12ページ)。これには関税による税収の増加見込みが影響していると考えられます。アメリカで7月4日に成立した減税法案によれば、向こう10年間でアメリカの財政赤字は約3.4兆ドル拡大するとされています。一方、ベッセント財務長官によれば今年の関税収入は約3000億ドルを上回る模様です。仮にこれが10年続くのであれば、減税法案に伴う財政赤字の拡大部分はかなり穴埋めされることになります。
実際、今週は重要な報道がありました。アメリカの大手格付け機関S&Pがアメリカの格付けをAA+(ダブルエープラス)で据え置き、見通しも「安定的」としたのです。その理由は関税の税収などによってアメリカの財政悪化懸念が和らいだというものでした。これらの結果、アメリカの長期金利とドルが再び順相関の関係を取り戻すと考えられます。実際、4月から5月にかけ、アメリカの長期金利が上昇するとかえってドル安が進む金利とドルの逆相関の関係が続きました。
ただし、6月以降、既にそうした状況が変化しています。この為、インフレ期待の高まりなどにより、アメリカの長期金利が横ばいまたは小幅に上昇する場合、FRBによる利下げを横目に、アメリカドルは底堅く推移する可能性が高いと考えられます。
8/25週のポイントは
それでは来週の主な日米の予定とポイントを見ておきましょう。
9月の第1週に雇用統計をはじめとする重要指標が目白押しとなりますが、来週は29日にPCE(個人消費支出物価指数)が発表されます。FRBが金融政策を判断する上で参照としているのはCPIではなくPCEですから重要です。パウエル議長講演後、利下げの織り込みが高まったとは言え、先週末と比べてその程度は概ね同じです。この為、来週はパウエル議長の講演後に進んだ金利低下、株高、ドル安がいくらか揺り戻されると考えられます。加えて、翌週の指標発表を前に来週はやや様子見姿勢が強くなると考えられ、ドル円は概ね146円から148円で推移すると考えられます。
一方、リスク要因はウォラー理事の講演です。ウォラー理事は前回のFOMCでも利下げを主張し、据え置きに反対票を投じたハト派です。パウエル議長が次回の利下げをある程度示唆した中で、ウォラー理事が改めてハト派色の強いメッセージを発した場合、市場の利下げの織り込みが一段と高まって金利が低下し、ドル円も146円を割り込むと考えられます。日本時間の29日の朝5時と早い時間帯ですが注目です(13ページ)。
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内田稔/高千穂大学 教授/FDAlco 外国為替アナリスト
1993年慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、東京銀行(現、三菱UFJ銀行)入行。マーケット業務を歴任し、2007年より外国為替のリサーチを担当。2011年4月からチーフアナリストとしてハウスビューの策定を統括。J-Money誌(旧ユーロマネー誌日本語版)の東京外国為替市場調査では、2013年より9年連続アナリスト個人ランキング部門第1位。2022年4月より高千穂大学に転じ、国際金融論や専門ゼミを担当。また、株式会社FDAlcoの為替アナリストとして為替市場の調査や分析といった実務を継続する傍らロイターコラム「外国為替フォーラム」、テレビ東京「ニュースモーニングサテライト」、News Picks等でも情報発信中。そのほか公益財団法人国際通貨研究所客員研究員、証券アナリストジャーナル編集委員会委員も兼任。日本証券アナリスト協会検定会員、日本テクニカルアナリスト協会認定アナリスト、国際公認投資アナリスト、日本金融学会会員、日本ファイナンス学会会員、経済学修士(京都産業大学)