収入は月8万5000円の母の年金だけ…「会社員経験もない」20年以上を介護に費やした50歳男性が陥った貧困。自分の食費は月2000円

’25年に後期高齢者数は過去最多を更新する見込み。要介護者が急増し、費用の高騰と人手不足を機に、介護による貧困化が加速し始めた。ただでさえ困窮する氷河期世代の生活が一気にどん底に転落するリスクが高まっている――。介護に翻弄された末に行き着く先とは? 超高齢化社会の日本が直面する大問題に迫った。

◆91歳の母親を自宅で介護

岩佐康介さん(仮名・50歳)と91歳の母親

自分の人生の何か一つでもタイミングが違っていたら――。築60年の木造2階建ての抜けそうな床。冷房のない薄暗い6畳の和室で、岩佐康介さん(仮名・50歳)は言葉を何度も詰まらせた。

現在、要介護5(ほぼ寝たきり状態)になる91歳の母親を自宅介護している岩佐さんの一日は、早朝5時の母の生存確認から始まる。その後、夜のわずかな休息時間を除いて、一日のほぼすべてを介護に費やす。

◆岩佐さんの一日のタイムスケジュール

5時       起床・母の容体を観察

6時~8時    母を起こす、掃除・洗濯・朝食の準備

8時~8時30分  朝食

9時~10時    着替えと陰部洗浄

10時~12時   椅子に移動させ、体を動かす

12時30分~13時 昼食

13時~14時   排泄処理

14時~16時   リハビリ・訪問介護・往診    

16時~18時   夕食準備・休憩

18時~18時30分 夕食

18時30分~20時 服薬、歯磨き、就寝に向けた準備

20時~22時   リラックスタイム

22時~5時    就寝

外に出て働けず、生活は月8万5000円の母の年金に頼るしかない。毎月の家計簿の内訳だが、介護関連だけで支出の8割近くを占めている。なかでも介護サービス費の増加が重くのしかかる。

◆岩佐さんの家計内訳

年金収入     8万5000円

母親の食費    2万円

自分の食費    2000円

水道光熱費    1万円

母親の医療費   1万円

母親の生活用品費 5000円

介護サービス費  2万3000円

家賃(地代)   1万5000円

娯楽費      0円

その他      5000~1万円

支出合計     -5000~-1円

※貯蓄:実家の解体費用300万円を切り崩して補填

「要介護3(日常動作全般で介助が必要)の頃は日中だけ施設に通うデイサービスを利用してたんですが、5になったら人手不足を理由に断られるようになった。ショートステイもありますが、一泊7000円とデイサービスの約4倍もかかる。

母には申し訳ないけど、入浴は週1回から月2回に減らしました。要介護度が上がれば給付金の上限も上がりますが、結局、僕のようにお金がないと1割の自己負担分さえ捻出できない。制度の恩恵を受けられないんです」

◆介護サービスの負担額は年々上昇傾向に

「食事はご飯、味噌汁、納豆に見切り品の野菜を小分けにしたものばかり。半年で10㎏体重が減りました」(岩佐さん)

氷河期世代の介護支援を行っている「よしてよせての会」代表・奥村シンゴ氏によれば、賃金上昇や保険料増加などを背景に介護サービスの負担額は年々上昇傾向にあるという。

「例えば、’23年の一人当たりの訪問介護費は’22年と比べて3.8%、入浴介護費は1.5%ほど増えており、この傾向は今後も続く見通し。今や貧困層に限らず、十分なサービスが受けにくくなってます」

厚生労働省のデータによれば、厚生年金の平均受給額は月14万3973円だが、介護に必要な資金の実情と照らし合わせると十分とは言えない。奥村氏は続ける。

「在宅介護でも月5万~15万円、施設なら月10万~20万円。ここに生活費が加わるため、月30万円前後の出費への備えが必要です。ただ、氷河期世代の3割以上が貯蓄ゼロといわれており、親の介護によって“静かなる転落”へ追い込まれるリスクは高い。介護は、貧困に陥る引き金の一つでもあるのです」

◆祖母と父の介護で2000万円が消える

なぜ、岩佐さんは困窮状態の介護を余儀なくされたのか。

「僕は一人っ子だったこともあり、母の介護以前に祖母と父の介護もしてたんです。始まりが25歳の時ですから、もう四半世紀が過ぎたことになる。一浪して大学に進学しましたが、当時は就活時の有効求人倍率が0.5前後の時代。150社ほど受けて内定は一つも出なかった。

卒業後は時給700円ほどのコンビニバイトを続けながら正社員を目指したのですが、もともと弱っていた祖母に加え、父が倒れたことで、母とともに2人を同時に介護しなければならなくなりました」

その後、祖母が亡くなり、介護の負担が軽くなるかと思いきや、岩佐さん(当時35歳)をさらなる不幸が襲った。

◆介護に縛られた日々が始まる

一日で唯一息抜きができる20時からの2時間はテレビの前に座って過ごす。「寝たらこの時間が終わっちゃいますから」

父が再び倒れ、右半身不随になったことで以前に増して介助が必要な状態になり、介護疲れで心身ともに限界に達した母が、認知症を発症。徘徊も始まり、ほかに頼れる親戚もなかった岩佐さんが親2人を一人で抱えるという、介護に縛られた日々が始まった。

「借金こそなかったものの、祖母にも父にも貯蓄はなく、年金だけではとても足りません。父の入院中にスポットバイトをしていましたが、安定には程遠かった。母は堅実な性格で貯蓄が1200万円ほどあったのですが、それも介護負担を軽減するために祖母を3年ほど施設に預けたことですべて消えました。

一昨年に他界した父は施設を拒んだので自宅介護を貫きましたが、それでも計800万円はかかっています。将来が不安で25歳から貯めた僕の貯金も、底を突きました。介護は終わりの見えない闘い。長生きは喜ばしいけど、元気でなければ出費ばかりが増えます」

◆「父が亡くなって正直ホッとしました」

それまでコツコツ貯金した苦労を嘲笑うかのように介護はすべてをかっさらっていく。そればかりか昭和を象徴する“亭主関白”な父の言動は岩佐さんの精神をもすり減らしていったという。

「お前が生活できているのは俺の年金のおかげだなどと、毎日、罵られて介護うつになりました。見かねた介護士が嫌がる父を説得し、デイサービスに通わせてくれましたが、もし母が先に亡くなっていたら、父の介護を放棄していたでしょうね。父が亡くなって正直ホッとしました」

◆社会から孤立しやすい問題も…

枕元には趣味のミスチルのライブDVDがケースに入れられて置かれている。「生活の足しに大分売っちゃいました」

3割以上が独身者といわれる氷河期世代は、介護によって社会から断絶されやすい。

「やっぱり介護が重しになって、結婚や恋愛に後ろ向きになりますね。僕は介護の話しかできないから、仕事や子どもなどの話題にもついていけず、同世代との会話も嚙み合わない。今では介護士くらいしか話し相手はいません」

奥村氏の元にも、孤立した氷河期世代からの悩み相談が尽きることはない。

「とくに多い介護離職の相談には、できるだけ辞めないようにとアドバイスしてます。そもそも職場自体が社会と繫がる重要な場。さらにキャリアに空白期間をつくると、年齢的なことも相まって、介護が終わった後に希望の職に就ける人は半数以下。金銭面でも介護離職は大きなリスクなのです。

すでに氷河期世代で介護者は約75万人もいて、今後10年間で約200万人に拡大するといわれています。氷河期世代の貧困介護は社会に深い影を落とすはずです」

◆「自分の時間を取り戻したい」

介護が終わっても、岩佐さんの人生は終わらない。

「会社員経験もないから好きな仕事に就くのは難しい。仕事は“生きるため”と割り切って、ずっと我慢してきた趣味に生きがいを見つけたい。難聴なので言葉がわからなくても没入できるサッカー観戦がいい。他人の時間を奪う、それが介護。せめて1分でも、自分の時間を取り戻したい」

介護に翻弄された時間は、今後も岩佐さんの人生に重くのしかかる。それでも彼は前を向き生きていく。

卓上の埃が岩佐さん1人分の食事を置く場所を縁取っていた

【ケアラー評論家 奥村シンゴ氏】

ケアラー支援団体「よしてよせての会」代表。主な著書に『おばあちゃんは、ぼくが介護します。』(法研)

ケアラー評論家の奥村シンゴ氏

取材・文/週刊SPA!編集部