雅子さまのレースのエレガンス 「ほっこり」手作り感の刺繍装飾と、周りをほっとさせる皇后のぬくもり
令和7年目の夏、皇后雅子さまは多忙だった。印象深い皇后としての公務のひとつが、7月末に開催された「フローレンス・ナイチンゲール記章」の授与式だ。日本赤十字社の名誉総裁である雅子さまと名誉副総裁の妃殿下方が出席。祝福する立場の女性皇族方の装いは控え目でありつつも、会場を華やかな雰囲気に包んだ。なかでも雅子さまの優雅な装いは、見る人をほっとさせるようなあたたかさが伝わるものだった。
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白バイに先導された黒塗りの車が、都内の式典会場へと到着した。
車のフロントには、金糸で十六葉八重表菊が織り込まれた紅色の旗がはためく。皇后を乗せていることを示す紅の「皇后旗」だ。
夏の日差しにも、さわやかな白いスーツをお召しの雅子さまは、車から降りると出迎えた関係者に、にこやかにあいさつをした。
海外や地方を含む公務が立て続けにあるなかで、お疲れの表情をわずかに見せるときもあった。そうしたときには、さりげなく天皇陛下が雅子さまのほうに視線を向け気遣う光景が見られた。
雅子さまの多忙な公務のなかでも、この日は皇后と妃殿下方が集まるめったにない機会。
妃殿下方も、フローレンス・ナイチンゲール記章の受章者をお祝いする立場として控えめながらも、水色やキャメル、ライラック色など華やかな装いは式典会場のムードをあたたかく包んだ。
日赤の名誉総裁である雅子さまは、白のレース生地を用いたスーツ姿。左胸の赤の記章がよく映える。
帽子やスーツにレースを重ねた仕立ては、夏の日にも涼しげな装いだ。
長年パリコレの取材を続けてきたファッション評論家の石原裕子さんは、雅子さまのミモレ丈のスカートの分量と全体のバランスが絶妙、と話す。
「スカートの裾は、皇后さまのふくらはぎから足首のカーブへと品良くつながり、雅子さまならではのシルエットになっています」
襟が立ち上がったエレガントなジャケットは、皇后さまの定番。
目に留まるのは、帽子とスーツに施された水色のラインステッチとボタンへの刺繍だ。ほっこりとした手作り感のある刺繍装飾。石原さんは、見るひとをほっとさせるようなあたたかさがある、と話す。
この日の式典では、35人のフローレンス・ナイチンゲール記章の受章者のうち、3人に雅子さまが自ら授与し、懇談をしている。
「いままでのいろいろな思いが吹っ切れたように思います」
そう雅子さまとの懇談を振り返ったのは、元日赤群馬県支部参事の春山典子さん(81)だ。春山さんは、1985年8月の日航機墜落事故で、看護の責任者として生存者への救命措置などに尽力したことを評価された。
「(ヘリに)乗った時の様子はどうでしたか」
機内で子ども2人の救護にあたった春山さんは、雅子さまからいくつか質問を受けた。事前に調べてよく勉強されていることが伝わるやり取りだったという。
「一生懸命、頑張りましたね」
雅子さまのこの言葉は、春山さんの胸に響いた。
「あの事故から40年。語り続けることが大事なのだと、いまようやくわかりました。群馬の山岳地帯で飛行機が落ちて520人の命が奪われて……。それでも4名の生存者がいたのは奇跡的なこと。その方々がいたからこそ、1カ月半も続く救護活動ができたのです」(春山さん)
日本ヒューマン・ナーシング研究学会理事長の紙屋克子さん(78)は、意識障害のある患者の看護方法を確立した業績が評価された。
「どんなところからはじめましたか」
紙屋さんの心に残ったのは、雅子さまが意識障害について尋ねたこの問いかけだった。
意識が低下したり、体を動かしたりすることが難しい患者たち。それまでは血圧を測ったり、注射をしたりするだけのケアだった。
しかし、紙屋さんたちは、その人らしい生活をもう一度取り戻したいと思った。彼らが出す、わずかなサインを発見しようと試行錯誤をはじめた。
ベッドサイドで患者の手を握り、「紙屋が、あなたの担当になりましたよ。今日はとってもいいお天気なんです」「私の声が届いたら手を強く握ってください」
意思疎通が難しいと思われた患者に続けるうちに、ある日ふと手を強く握り返してくれる――。そうしたことが紙屋さんらの励みとなり続けることができた、と話した。
「そうですね」「わかりますわ」
雅子さまは、うなずきながらそう話したという。
元栃木県看護協会長の河野順子さん(81)は、退院後の患者を地域で受け入れる体制を構築したことが評価され受章につながった。
「(状況によっては、)難儀なことはないですか」
雅子さまは、「退院計画」について、河野さんに尋ねた。
入院してから家へ帰るとき、迎え入れる体制がスムーズな家もあれば、周囲への負担から「入院することでホッとした」と、本人や家族が感じる家もある。
家にこだわらなくとも、施設でも本人が帰りたいと望む場所で過ごすことができないだろうか。退院したのちも穏やかに過ごしてほしい。河野さんたちは、家族や地域との関係づくりをはじめとする受け入れ体制の構築に奔走したことを、雅子さまに話した。
皇室は、相手の声に耳を傾け、思いを共感し、祝福をしてきた。相手の目をしっかりと見てうなずき、言葉を交わす雅子さま。その装いは、美しくありながらも、どこかほっとするようなあたたかみが伝わってくる。
(AERA 編集部・永井貴子)