自動車ディーラーを蝕む「試乗マニア」の正体! 迷惑客か潜在顧客か――年間数百万のコストが示す境界線とは

潜在顧客と迷惑客の境

 現在、ほとんどの自動車ディーラーでは予約なしで試乗が可能である。試乗は販売活動の一環だが、中には複数の店舗を回り頻繁に試乗する客層がいる。「試乗マニア」だ。

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 試乗マニアは最新モデルを繰り返し試す一方、購入に至らないことが多い。ディーラーにとって試乗にかかる時間は大きな負担となり、迷惑客とみなされることもある。

 しかし彼らは自動車への関心が高く、情報収集にも熱心である。潜在的な購入客に育つ可能性もあり、全面的に排除することは難しいのが実態だ。

 ディーラーにとって試乗マニアは、

・迷惑客か

・潜在的な購入客か

という二面性を持つ存在である。本稿ではその実態を分析し、どのように捉えるべきかを考察する。

試乗車維持の巨額負担

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「試乗マニア」のイメージ。生成AIで作成。

 ディーラーは常に試乗車を準備する必要がある。車両の確保に加え、清掃や整備などの作業も発生する。営業マンは接客に時間を取られ、販売効率が低下する。

 店舗規模にもよるが、一店舗あたり試乗車は5台前後が一般的だ。試乗車の維持費は

・税金

・保険

・整備

・燃料

を含め、1台で年間およそ20万円に上るとされる。さらに、1回の試乗には

・準備

・同乗

・試乗後対応

を含め1.5時間かかり、人件費は数千円となる。

 仮に1台あたり年間1000回試乗が発生すると、人件費だけで少なくとも

「400万円程度」

になる。維持費も加えると、5台では合計2000万円以上の負担となる。この金額を負担しても、成約につながる商談が少なければ収益を圧迫する。特に近年は車両価格が上昇し、1台あたりの利益率が伸び悩むため、試乗車の費用負担はより重くのしかかる。

高級車購入と試乗傾向

 試乗マニアが一定数存在する背景には、

・新車価格の上昇

・購入サイクルの長期化

がある。特に高級車では、納得したうえで購入したいという消費者心理が働く。購入サイクルが長くなるほど購入機会は減り、慎重になる傾向も強まる。購入前の情報収集として、試乗は購入判断の重要な機会となる。

 このような事情から、試乗の正当性は消費者に認められる傾向が強まった。一方で試乗マニアにとっては、試乗を繰り返すことへの罪悪感が薄れ、気軽に繰り返す土壌が生まれている。さらに、

・カーシェア

・サブスク

の普及によって、体験を重視する消費行動が拡大している。自動車を必要な時だけ使える環境が増え、試乗を身近に感じる心理も強まった。

 購入検討の際、試乗の様子をYouTubeやSNSの動画で確認する消費者もいる。そのため、インフルエンサーの影響力は増大し、試乗自体が情報拡散の手段としても利用される。加えて、試乗を

「無料の短時間体験」

と捉える消費者心理も生まれた。特に高級車では、一度は運転してみたいという心理が働き、積極的に試乗する行動につながる。

ディーラー試乗改革策

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自動車ディーラーのイメージ(画像:写真AC)

 ディーラーにとって、試乗によって来店者が増えることはブランド接点の拡大につながり、歓迎すべき側面がある。しかし購入につながらない試乗が増えると、成約率の低下を招き、販売効率に直接影響を与える。

 試乗希望の顧客を見極め、いかに販売につなげるかがディーラーの課題となる。試乗は予約不要で「来る者拒まず」で運営されることが多く、効率性に欠ける場合もある。だが試乗は本来、ブランド接点を広げる手段であり、接客のバランスを見極める裁量が求められる。対応策として、まず

「事前予約制を徹底する」

ことが有効だ。予約を受け付けることで、顧客の素性を把握できる。急な来店による冷やかしを抑え、効率的な運営が可能となる。

 試乗条件を明確化することも重要だ。

・運転免許証提示

・試乗後のアンケート回答

を必須とすれば、顧客情報を正確に把握できる。試乗マニアと判別できれば、購入につながらない複数回の試乗を回避することも可能となる。

 試乗を単発でなく体験型イベントとして提供する方法もある。新車説明会や比較試乗と組み合わせ、試乗を「顧客獲得の第一歩」と位置づければ、効率的な運営につながる。

 さらにデータ活用も不可欠だ。事前予約や顧客情報をCRMに蓄積すれば、追客精度を高め成約率を向上できる。

「有料試乗」

も選択肢のひとつである。有料にすれば混雑が減り、スムーズな利用が可能となる。利用料を支払う顧客に対しては、ディーラーも一定のサービス提供が求められ、対等な関係で接客できる。

試乗サービスの戦略化

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BYDによる全国展示・試乗イベント(画像:BYDジャパン)

 ディーラー以外が主催する有料試乗サービスも利用可能だ。試乗できる車種は幅広く、1日単位での利用もできる。長時間や長距離の試乗により、じっくりと車を体験でき、異なるメーカーの比較も可能となる。

 電気自動車(EV)の販売では、長時間試乗や試乗レンタルによって、航続距離や走行中の電池切れに対する不安を取り除いた例もある。試乗はただのコストではなく、

「販売プロセスへの投資」

と捉える発想の転換が必要である。

 2022年に日本市場へ再参入したヒョンデや、新規参入した中国EV大手の比亜迪(BYD)は、消費者にブランドを浸透させる手段として積極的に試乗キャンペーンを展開している。全国的なディーラー網がなくても、全国規模の試乗会を頻繁に開催し、顧客の裾野を広げるブランディングを実践している。

 試乗マニアのなかには、購入につながらない一部のリピーターもいる。短期的にはディーラーの負担となるが、長期的には

「ブランド接点を広げる機会」

として捉えられる。SNSへの投稿を通じて潜在顧客の裾野を広げる効果も期待できる。

 ディーラーの課題は「試乗体験をいかに販売につなげるか」だ。試乗による体験価値を、購入やブランドイメージ向上に結び付ける戦略が求められる。車両価格の上昇や利用形態の多様化が進む中、試乗をコストから投資に再設計できるかどうかが、今後のディーラー競争力を左右するだろう。

制度疲労と効率化課題

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自動車ディーラーのイメージ(画像:写真AC)

 試乗を収益モデルの観点で見直すことが重要だ。試乗車の維持やスタッフ拘束によるコストは大きい。しかし、顧客管理システムやデータ分析を活用すれば、潜在顧客への追客精度を高め、長期的な販売機会として回収できる。

 一方、予約不要で「来る者拒まず」の試乗運営は制度疲労を招きやすく、効率化を阻む構造的課題も明らかになっている。この点は金融や小売業のDX施策と比べると鮮明であり、顧客接点をデジタル化・自動化すれば運営負荷の軽減が期待できる。

 また、試乗マニアを負担と見なすのではなく、戦略的なブランド拡散要員として活用することも有効だ。SNS投稿や動画配信の影響力を前提に、試乗体験を情報発信の起点として設計すれば、潜在顧客の裾野を広げるマーケティング手段になる。高級車や新規参入ブランドでは、この手法により広告費に頼らず試乗自体をプロモーションに変換できる。

 こうして試乗を体験ではなく、収益とブランド戦略に直結する投資へ再設計できるかが、今後のディーラー競争力の鍵となる。車両価格の上昇や利用形態の多様化に対応し、試乗マニアを逆手に取る戦略的運用は、ディーラーにとって不可欠な選択肢となるだろう。