知らぬ間に閉業していた京老舗、土地と建物を買い戻した七代目の奮闘【老舗の継承】
京都・祇園に、「豆平糖」と書かれた古い木製看板のある町家づくりの菓子店『するがや祇園下里』があります。歴史がある老舗の趣ですが、実は一度閉業した店を、継ぐ予定のなかった親族の女性が2023年に再創業しました。
『するがや祇園下里』七代目・井上真由美さん
日本で初めて羊羹をつくった「総本家駿河屋」の別家として1818年に創業した『するがや祇園下里』は、練り羊羹などのほか、三代目がつくった飴菓子「祇園豆平糖」、「大つゝ」、ひやしあめなどで知られるお店です。
祇園豆平糖や大つゝ、ひやしあめなどで知られています
現在、七代目として店頭に立つのは、井上真由美さん。六代目は、婿養子だった井上さんの義理の叔父でした。井上さんの母は嫁いだ後は店に関わることなく、井上さん自身もアパレル関係の資材の商社に勤め、ファッションに関するマナーの講師や結婚式の司会などをしながら、社会人大学院に通っていました。
ところが、母の妹が亡くなった頃から『するがや祇園下里』の様子が変わり始めます。最初にその変化を知ったのは、2022年の春でした。「このたび、土地と建物の共同持ち主となりました」と、突然、不動産会社が母の元に挨拶に来たのです。
お店があった土地と建物は、知らないうちに売却されていました。その後、いろいろ調べてみると2021年5月に店が閉業していたことがわかりました。
嫁ぐ前まで店を手伝っていた母を含め、井上さんは弟や妹とともに、店を途絶えさせてはいけないと考えます。弟は清水焼の陶芸家で、妹は結婚して会社勤めをしていたこともあり、ちょうど大学院を卒業するタイミングだった井上さんが継ぐという話になりました。
銀行の融資を受けて、土地と建物を買い戻しました
継ぐこと自体に抵抗はなかったものの、さまざまな問題が井上さんの前に立ち塞がります。まず、土地代が高騰している祇園において、不動産会社から土地と建物を買い戻せるようなお金がありません。なんとか銀行の融資を取り付け、大きな借金を背負いながら、土地と建物を買い戻しました。
また当時は誰もお店に関わっていなかったため、お菓子を作ることができません。そこでもともとお菓子を作っていた76歳の職人・金ちゃんに頼み込んで戻ってきてもらいました。しかし帳簿などが残っておらず、原料をどこから仕入れていたか分からずここでも苦戦します。
薪火でじっくり練り上げる練り羊羹(提供:するがや祇園下里)
『するがや祇園下里』は、駿河屋一門の中で唯一、店名の冒頭に「するがや」を冠しています。それは先祖代々、駿河屋への深い敬意を表してきた証でもあるそう。井上さんは再創業する際、「駿河屋」の名を掲げるからには羊羹の復活は欠かせないと思い、昔ながらの薪窯で職人が手仕事でじっくりと時間を掛けて練り上げる練り羊羹を復活させました。
多くの人に応援してもらい、再創業の日を迎えました(提供:するがや祇園下里 撮影:安田格)
お菓子の販売は井上さんが経験を積んでいたアパレル業界とは異なることも多く、菓子業界のことは京都の老舗菓子店に教えてもらったそうです。そうして、多くの人の協力のもと、2023年8月4日に再創業の日を迎えることができました。
祇園豆平糖は、袋のまま机の角などにぶつけて割っていただきます。香ばしい飴と大豆が味わえます
祇園豆平糖は、備長炭の炭火で砂糖を炊き蜜にし、炮烙(ほうろく)で炒った大豆を入れて、井戸水で冷やしながら飴に固めていきます。まだ柔らかい飴をゴザの上で伸ばす作業は、井上さんたち家族総出で参加するそう。これからはお菓子づくりも、弟の路久さんを中心に金ちゃんから継承していく予定です。ほかに、夏は「ひやしあめ」、冬は「あめ湯」になる生姜と麦芽飴の飲み物にも力を入れています。
ひやしあめは、麦芽飴と生姜のシンプルな味わい。添加物は入っていません
夏にぴったり!ひやしあめソーダのテイクアウトが人気です
再創業から2年。「まだまだこれからですね。お菓子の種類も増やしたいんですけど、まず今あるものが売れるようにしたい。私が新たに始めたのは、店頭でのテイクアウトとアイスクリームだけです。あとはもともとあった商品を受け継いでいます。ひやしあめは看板商品ですが、美味しくないっていうイメージを持っている人も多いんです。でも良い材料でシンプルに作ったらすごく美味しい。まずは味を知ってもらうために、テイクアウトやSNSで発信しています。最近は、若いお客さんも増えてきています」と井上さん。
実際、取材中に数組の女性が、「ひやしあめソーダ」、「ひやしあめおうす」、ひやしあめアイスがのった「ひやしあめクリームソーダ」などをテイクアウトしていきました。ハイボールや焼酎などのアルコールとの組み合わせも人気とのこと。
歴史のある町家も活用していく予定です
店舗のある建物は、1895年にお茶屋として建てられた京都市登録有形文化財で、奥の間や中庭が美しい京町家です。この建物の活用も積極的におこなっていきたいと考えています。
「まずは続けていくこと一択ですね。店舗をたくさん作りたいとは思っていなくて、ここでずっと続けていくこと。花街の人たちと関わりが深いので、この街と関わりながら続けていくことが大事だと考えています」と、井上さんは力強く語りました。
店と建物を守りながら、ここ祇園で続けていきたいと語る井上さん
◾️するがや祇園下里
住所:京都市東山区八坂新地末吉町79番・80番合地
営業時間:11時〜18時
定休日:水曜日
URL:https://gionshimosato.com/
(まいどなニュース/Lmaga.jpニュース特約・太田 浩子)