やや貧乏な初老夫婦「港区の保養所」を訪れた顛末

9000円とは思えない、港区民保養施設大平台みなと荘の客室(筆者撮影)
東京都港区、高層ビルの狭間に静かにたたずむ古くて小さなマンションの1部屋、12畳・1ルームにミドルシニア夫婦がひっそりと暮らしています。
【画像】部屋は広くて快適、料理もめちゃウマ! 港区の保養施設はこんなにも凄かった
60代の夫は3年前からスキルス胃がんで闘病中です。昨年仕事をリタイアし、年金の繰り上げ受給を開始しました。つまり、時間はたっぷりあるけれど、お金はあまりない。妻は来年50歳(私です)。フリーランスライターとして働いていますが、夫との暮らしを最優先にしているので、時間に融通はきくものの、収入はたいしたことない。
そんな私たちにとって、旅行はハードルが高いレジャーのひとつです。長距離の移動は夫の体にも負担ですし、宿泊費は家計に響きます。
やや貧乏な初老夫婦でも贅沢な旅行ができたワケ
ところが先日、箱根へ小旅行に出かけることができました。1泊2日2食付きで1人あたり9000円。

客室は畳が12畳と、縁側もあって2人部屋としては広々。窓からのぞく箱根の木々が借景です(筆者撮影)
素泊まりのような価格なのに夕飯には立派な会席料理がでてきました。この安さの秘訣は港区の保養施設を利用したことにあります。しかも自宅のほど近くから直通バスに乗るだけで現地まで行けるので、乗り換えの手間もなく、夫の体調を考えても安心です。
ということで、今回のエッセイは港区民保養施設「港区立 大平台みなと荘」を満喫した、やや貧乏な初老夫婦の記録です。港区だけでなく中央区や渋谷区など、東京都のいくつかの区には、保養施設を運営している自治体があります。意外と知られていないけれど、実はお得な自治体のお宿のレポートをお届けします。
港区民だけの特権!? 箱根旅行が1泊9000円

港区民保養施設大平台みなと荘の共有スペース。ガラス越しの庭もしっかり手が行き届いていました(筆者撮影)
港区に保養施設があることを、在住者・在勤者でも知らない人がほとんどではないでしょうか? 積極的に発信している訳ではないため、自治体が発行している広報誌や掲示板を読んだり、意図的に自治体のサービスをネットで探したり、誰かに教えてもらわない限り、知ることは難しい気がします。
筆者は、2年前から通っている陶芸教室のマダムたちに教えてもらいました。インターネットが普及する前から港区で暮らしている彼女たちは、お得情報に精通していて、親しい人にだけ伝えてくれるのです。
調べてみると、なんと1泊2食付きで1人9000円。ビジネスホテルの素泊まりのような価格で、箱根の温泉付きのお宿で豪華な会席料理が食べられることがわかりました。しかも65歳以上なら、3200円に減額した特別料金で泊まれる制度まであるとのこと。

連絡通路はギャラリースペースとして活用されていました。壁沿いに港区民の作品がズラリ(筆者撮影)
公共サービスの底力……、いや、港区の懐の深さ恐るべしです。「港区で石を投げれば社長に当たる」なんてジョークもあり、日本一の平均年収を誇る街でもあります。
我が家の隣にそびえ建つタワーマンションには、いかにも金持ちそうな人たちが出入りしているのですが「ご近所さんとはいえ、私たち夫婦とは何の接点もない」と、思っていたのです。
それが、彼らの預かり知らぬところで、間接的に彼らの収めた税金の恩恵を受けさせてもらったのでした。港区と、港区の高額納税者に感謝です。
直通バスまであって、至れり尽くせり

直通バスは45人乗りの中型バス。この日の乗客は15人ほどで、ゆったり過ごせました(筆者撮影)
希望すれば、直通バスを利用することもできます。料金は片道1900円。公共交通機関を利用する(電車とバスを乗り継ぐ)よりも安いうえに、乗車場所が6カ所あり、家の近所まで迎えに来てくれます。至れり尽くせりとはこのことよ。
直通バスは、乗ってしまえばそのまま箱根まで着くので、体調にゆらぎがある夫でも安心です。構内が広いターミナル駅を移動する、ホームで立って電車を待つなど、普通の人にとって当たり前のことが難しい、足の悪い人や体力の落ちている人でも、無理なく旅行ができます。

大平台みなと荘行き直通バスの車内(筆者撮影)
バス移動は乗り換えのストレスがないのはいいのですが、ほぼドアツードアのため、電車に揺られたり駅弁を買ったりというような、旅の趣が足りないのではないか……。
行く前はそんなふうに思っていたのですが、杞憂でした。ランチタイムには、海老名サービスエリアで1時間休憩があるのです。
いったん外の空気を吸って体をほぐしてトイレ休憩なんていう、一般的なサービスエリアの概念を覆す楽しさ。全国で最も利用者数を誇るサービスエリアだけあり、飲食店が立ち並び、お土産売り場も大充実しています。今回の旅行で最もにぎわっていたスポットがここでした。

海老名サービスエリアの屋台エリア。焼きそばに串焼きなど、お祭りの夜店のよう(筆者撮影)
屋台で販売しているフランクフルトや焼き鳥をベンチで頬張ってから、ペットボトルのお茶とスナック菓子を買ってバスに乗り込み、車窓から流れる景色を眺めながら、おしゃべりを楽しみながら目的地を目指す。
もはや小学生時代の遠足気分です。
港区立 大平台みなと荘は全25室の山肌にたたずむ立派な旅館

山の斜面に沿って建てられた、港区民保養施設大平台みなと荘(筆者撮影)
休憩を含めて約3時間で、「港区立 大平台みなと荘」に到着。とはいえ、うち1時間はサービスエリアでの昼食タイムだったので、体感はあっという間でした。
斜面沿いに建てられた旅館は、小ぶりながら堂々としたたたずまい。「自治体が運営する施設だから、民間よりもチープだったり、ガチャガチャしてたりするのかな?」と舐めていたら、3つ星ホテルのレベルのガチ旅館でした。

大平台みなと荘のフロント。広くはないが、居心地良く整えられていて、ホスピタリティーあふれるスタッフが出迎えてくれた(筆者撮影)
5階建ての本館と、4階建ての別館が連絡通路でつながるつくりで、客室は25室。露天風呂を含めた3つの浴槽を備えた温泉と、売店にカラオケ、キッズルームにゲームセンター、図書エリアまで備えており、過不足ない、まごうことなき正統派の宿泊施設です。
豪華絢爛とはいきませんが、決して質素ではなく、リラックスして過ごすのに、ちょうど良い塩梅。エントランスはガラス張りで、気持ちよく外の光を取り込み、フロントはこじんまりしていますが清潔に整えられています。フロントスタッフの接客は丁寧だし、レストランのホールスタッフも、廊下ですれ違う清掃のおばさまたちも総じて応対が心地よい。

大平台みなと荘の館内図(筆者撮影)
実は港区は、「港区立 大平台みなと荘」の施設運営を民間事業者に委託しています。
株式会社エムアンドエムサービスという施設運営受託事業に特化した企業で、自社でも京都や熊野、伊勢志摩などで4つ星ホテルも運営している、いわばホテルのプロ。だからこその、行き届いたサービスなのでしょう。
そして実際に宿泊してみて驚いたのは、温泉の心地よさと料理の充実ぶりでした。まさかこの価格で、ここまで満たされるとは……。そのあたりは、後編の記事ーやや貧乏な初老夫婦が「港区の保養所」で見た光景ーでじっくりお伝えしたいと思います。