赤字続くバス事業「5社共同経営」で再構築へ

「カルテルの対象外」で5社が共同経営, 熊本の渋滞は世界ワースト4位, 熊本都市バスを取材する, ただし、課題も少なくない, 「絵に描いた餅」で終わらないために

熊本市内の繁華街にある、通町筋のバス停には熊本地域の各バス会社のバスが次々とやってくる(筆者撮影)

いま熊本と聞いて、「半導体産業の進出で地域周辺が賑わっている」というイメージを抱く人もいるだろう。

【写真】カルテルを超え熊本バス5社「共同経営」に挑戦

一方で、熊本が公共交通の大変革にトライしている最前線であることは、交通事業者など一部業界関係者を除けば、あまり知られていない。

事業名を「地域乗合バス事業共同経営」といい、熊本にある5社のバス会社を共同で経営するもので、日本の未来を考えるうえで重要な試みだ。

今回、その実態を取材するため、熊本を訪れた――。

「カルテルの対象外」で5社が共同経営

熊本城のお膝元、繁華街である通町筋(とおりちょうすじ)のバス停には、さまざまな会社のバスが次々とやってくる。

熊本地域の路線バスは、九州産交バス、産交バス、熊本電鉄バス、熊本バス、熊本都市バスの5社があるが、この5社で協議できた事業について長期的かつ組織的に取り組まれている。

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画像を拡大 熊本地域の路線バス(熊本地域乗合バス事業共同経営に関する状況報告 2025年7月より)

この地域乗合バス事業共同経営は、独禁法特例法に基づき許可を受けた共同計画の第1号として2022年11月1日から開始されたもので、平たくいえば「カルテルの対象外」となる。

公正取引委員会によれば、カルテルとは「不当な取引制限」を指す。

詳しくは「複数の企業が連絡を取り合い、本来、各企業がそれぞれ決めるべき商品の価値や生産数量などを共同で取り決める行為」のことだ。

さまざまな業界でご法度とされるこうした行為に特例を設けなければならないほど、地域交通は今、大きな曲がり角に立っているといえる。

熊本での「共同経営推進室」が稼働して約5年、また準備期間を含めると足掛け6年となった今、熊本でのチャレンジは新たなるステージに向かおうとしている。

乗合バスが事業として成立するのは、東京など住民や従業人口が多い「一部の大都市圏のみ」というイメージが強いかもしれない。

地方都市や中山間地域では、“普段の足”にはクルマを優先して使う人が多いからだ。実際、熊本市の事例を見てもクルマへの依存度は高い。

熊本で注視すべきは、電車や路面電車などの鉄軌道が、1975年から50年間にわたってほぼ横ばいなのに対し、バスは約4分の1まで大幅に減少している点だ。

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画像を拡大 公共交通利用者の推移等(熊本地域公共交通計画より)

また、交通分担率で見ると、過去20~30年でバスだけではなく、徒歩、自転車、バイクも減少が明らかで、自家用車依存が高まっていることもわかる。

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画像を拡大 熊本都市圏における交通手段分担率(熊本地域公共交通計画より)

その背景について、熊本市 都市建設局 交通政策部 公共交通推進課の徳田隆宏課長は、「鉄軌道は、定時性、速達性、輸送力で優れている」として、バスとの差を指摘する。

熊本の渋滞は世界ワースト4位

その一因が、渋滞だ。世界的な地図情報関連企業であるオランダ・TomTomのデータ(Tom Tom Traffice Index 2024)によれば、世界の渋滞レベルワースト第1位はメキシコのメキシコシティ、次いでタイのバンコク、フィリピンのダパオと続き、熊本が第4位という驚きの状況にある。

半導体産業関連の発展とともに熊本地域の人口が増加すれば、クルマ需要はさらに増えるから、即効性のある解決策が求められる。

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熊本市街地、平日昼間の様子(筆者撮影)

渋滞緩和のため、市街中心部周辺で車線が多い場所ではバス専用レーンを整備しているが、そのほかの地域では、道路拡張といっても地理的な条件やコストなどで制約が大きいことが考えられ、すぐに着手することは難しそうだ。

こうした状況下で、バス利用を拡大するのは簡単ではない。

クルマ需要の高まりとともに渋滞は増え、公共交通の要であるバスの利便性が下がり、結果的にバスの事業実績も低下する、という悪循環となってしまうからだ。

徳田課長は、現状を踏まえた熊本地域交通の将来に対して「危機感は強い。超高齢化社会の進展によりクルマの運転ができない人の増加が見込まれるなか、このまま公共交通が衰退していけば、市民生活に大きな影響が出る」と切実な思いを示す。

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熊本市 都市建設局 交通政策部 公共交通推進課、左から課長の徳田隆宏氏、主幹兼主査の星田剛明氏、技術参事の虎本崇雄氏(筆者撮影)

だからこそ、中長期的な視点で、バスを含めた公共交通の維持に向けた大規模改善が必須なのだ。

そのため、熊本市では公共交通に関するさまざまな施策を打っており、次の施策について検討するため昨年度から市議会内に地域公共交通に関する特別委員会を設け、議論を進めている。

2023年4月には、バス事業者、タクシー事業者、熊本市、熊本県などが参加する「熊本地域公共交通の再構築検討会」を立ち上げた。

この再構築検討会の内容は原則非公開だが、議論の方向性は、行政による財政面や運行面での公共交通への関わり方にある。

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熊本市内はバスや市電が重要な役割を担っている(筆者撮影)

たとえば、熊本のバス事業者への支援は、主に「単年度毎の赤字補助」で国・県・市で対応してきたが、場合によっては運行面、財政面で行政がより積極的に関与する可能性も含めた議論も必要となる、といった具合だ。

まさに「待ったなし」の状況なのである。

そうした中、現在進行中のバス共同経営では、トライ&エラーを試みて各種データを蓄積しており、次世代の熊本に向けた議論の良い叩き台になっているといえる。

熊本都市バスを取材する

熊本市役所を取材した翌日、今度はJR熊本駅に近い熊本都市バス・本山営業所にうかがった。

出迎えていただいたのは、熊本都市バス株式会社の社長で「共同経営推進室」室長の高田晋氏と、共同経営推進室 課長の今釜卓哉氏だ。

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熊本都市バス 代表取締役社長・共同経営推進室長の高田晋氏と、共同経営推進室 課長の今釜卓哉氏(筆者撮影)

熊本都市バスは、熊本市の市営バスが民営化したもの。設立にあたり、熊本地域のバス事業者各社の幹部が役員として参加する組織であるため、「共同経営に向けた素地がある」(高田社長)という。

そのうえで、2019年度から、熊本県と熊本市とバス事業者で熊本におけるバス交通のあり方検討会を立ち上げ、議論した結果、独禁法特例法の施行もあり、日本初の乗合バスの共同経営に踏み切った。

事業費用は、熊本県、熊本市、事業者が3等分で負担する形で、2021年度からは法に基づき共同経営計画を段階的に3版作成した。

これまでの各種の実績について、今釜氏から説明があった。代表事例は以下の5つだ。

①市内中心部エリアで180円の均一運賃(2023年10月から2026年9月)を導入し、実施初年度で実施前と比べて需要が1.1倍に増えた。

②すべての会社で使える共通定期は、2022年導入以来、毎年利用者が確実に増加。2024年は 2022年比で118%増。

③半導体大手TSMCエリア向けの渋滞対策として、菊陽町で通勤バスを実証実験。さらに、ホンダ熊本製作所がある大津町では、ホンダとも協力し都合3年度の、ホンダ・ラッピングバスを走らせる公共交通を活用した渋滞対策実証事業を進めている。副次的な効果として、付近の高校生の利用も増加。2025年4月の利用者数は2505人で、増加傾向がはっきりわかる。

④新高校1年生向けのオープンスクールや合格者向けの説明会を実施。協力学校数は、2022年度の2校から2024年度は12校(公立・私立)に増加。グーグルマップなどを用いて、自宅から学校までどの路線で通学するのがいいかを周知する活動だ。

⑤『渋滞なくそう!半額パス』を2024年10月から2025年2月まで実施。路線バス、市電、電鉄電車を半額利用するサブスクチケット。価格は2500円で、実証実験用の『くまモンのICカード』を発給。

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画像を拡大 「渋滞なくそう!半額パス」の概要(熊本地域乗合バス事業共同経営に関する状況報告 2025年7月より)

土日休日は同伴者も対象(大人1人まで、小人は何人でも対象)として、家族がクルマで買い物に行く際のコストとの差を軽減した。月を経過するごとに利用者は増え、半額パス利用総数は66万7200回。このうちバス利用の割合が大きい。

以上が各種の取り組みだが、その中で『渋滞なくそう!半額パス』は、バス共同経営の次のステップに向けた基盤となりそうだ。

ポイントは、投資効果である。公的資金を投入して、クルマ利用が減り、経済効果が上がったのだ。

具体的には、実証期間中の公共交通利用者数の純増数が、約26万人。特に、平日9時以降や土日のオフピーク時で利用増となった。これにより、延べ約10万台のクルマ利用を削減し、それにともなう便益を約1億円と推計する。

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画像を拡大 「渋滞なくそう!半額パス」の実績(熊本地域乗合バス事業共同経営に関する状況報告 2025年7月より)

また、クルマの利用者のみならず、普段クルマを使わない人の熊本市内中心部への外出機会が増え、その数は約3万6000人、消費効果は約1億8000万円と推計した。

つまり、合計2億8000万円の経済効果を、実証に対する公的資金7000万円で実現したことになる。

ただし、課題も少なくない

こうした成功体験がある一方で、バス共同経営における事業の現実はとても厳しい。

熊本県全体のバス事業規模は約90億円だが、5社あわせても約30億円の路線収支赤字なのだ。共同経営によって毎年、約1億円の収支改善効果があるが、これではまったく追いつかない。

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熊本城を背景に複数のバスが走る道路の様子(筆者撮影)

また、運転士の不足も深刻だ。過去4年間で99人が減少。共同経営による運行効率化で、平日10.6人の削減効果があるが、これも追いついておらず、各社の路線で減便が続いている。

さらに、車両については、平日で8.7台の車両削減効果があるが、コロナ禍での財務状況悪化に伴い、5社の平均車齢が4年間で1.8年高くなっている。今後の更新費用負担が増加することが懸念される状況だ。

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画像を拡大 共同経営で得られた効果と課題(熊本地域乗合バス事業共同経営に関する状況報告 2025年7月より)

高田氏は「(5社の事業を)束ねることでの効率化」のメリットを実感すると同時に、「束ねることで、できることの限界」も感じているようだ。

そのうえで、『渋滞なくそう!半額パス』実証実験で証明されたように、行政が財政面で公共交通に関与する総括的な仕組み作りを、「できるだけ早く構築するべき」との考えを強調した。

現在、共同経営推進室としては、「利用者2倍計画」をさらに推進する意向を持つ。

利用者数をまずは2022年からの3年間の活動で、2234万人(2022年)、2449万人(2023年)、2434万人(2024年)へ増やし、2030年に3934万人まで伸ばすことが目標だ。「利用者2倍」は、1923万人だったコロナ禍(2020年)からの倍増を指す。

そうした熊本地域内、さらに全国に向けた大きなインパクトを狙うためにも、カギとなるのは公的資金による投資だ。

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画像を拡大 利用者2倍を達成するためのステップ(熊本地域乗合バス事業共同経営に関する状況報告 2025年7月より)

公共交通に対する公的資金導入のあり方については、運輸総合研究所が6月に公開した『緊急提言 地域交通制度の革新案』の中で、地域交通を「公共財」と位置付けた考え方を示している。

「絵に描いた餅」で終わらないために

筆者は、全国各地で地方交通や公共交通の施策のあり方について取材を続けているが、地方交通・公共交通を社会インフラとして捉え、それを維持する方法を抜本的に見直すべき時期であることを痛感している。

ただし、地方自治体が地域公共交通計画なるものを作っても、実行するのは既存交通の効率化の範囲に留まってしまい、変革案については事実上「絵に描いた餅」で終わるケースが圧倒的に多いのが現実だ。

今回、取材した熊本の挑戦は、そうした全国各地での、行き場のないような公共交通施策の雰囲気に対するブレイクスルーになるのではないか。久しぶりに訪れた熊本の地で4日間、熊本県内各所を巡りながらそう感じた。