上野動物園のモモイロペリカン、100年超の飼育に幕 不忍池からお引っ越し きょう多摩動物公園へ

不忍池で放し飼いにされるモモイロペリカン=昨年撮影、いずれも(公財)東京動物園協会提供

 上野動物園(東京都台東区)で飼育しているモモイロペリカン4羽が4日、多摩動物公園(日野市)に引っ越しする。上野動物園のモモイロペリカン飼育は大正時代にまでさかのぼり、不忍池で放し飼いされる様子が来園者を楽しませていた。100年を超える飼育の歴史が、なぜ今回大きな節目を迎えることになったのだろうか。(中山高志)

 「上野動物園百年史」によると、モモイロペリカンが初めて上野動物園にやって来たのは1920(大正9)年11月29日。性別は不明で「東部ヨーロッパ」から購入されたとある。32(昭和7)年には初の繁殖に成功。「卵が30日ほどしてかえり、そのうちの1羽が成育した」と記されている。

 猛獣処分を余儀なくされるなど動物園もつらく苦しい時代だった戦時中には、43~44年に計4羽が来園し、46年までに死亡。飼育はその後、数年間途絶える。モモイロペリカンは1日1キロ近く新鮮な魚を食べる。飼育展示係長の堀秀正さん(60)は「推測だが、餌が手に入りづらくなっていた可能性はある」と話す。

 52年7月20日には雄と雌各2羽の計4羽が来園し、飼育が再開された。当時はまだ動物園が生き物を業者から入手する方法が主流だったといい、「百年史」にも「日東貿易」から購入したと記録がある。

不忍池を自由に泳ぐモモイロペリカンは来園者ら(左)を楽しませた(2003年撮影)

 半世紀後の2002年4月には、園敷地内の不忍池で放し飼いが始まった。当時の飼育課長で後に園長を務めた小宮輝之さんの発案だったという。「不忍池での放し飼いというアイデアは古くからあったみたい」と堀さんは振り返る。

 ペリカンたちがのびのびと過ごす放し飼いの裏には、職員らの苦心もあった。不忍池はハスが繁茂してペリカンが岸に近づけず、給餌ができなくなるため、夏になると刈り取りを行った。池には鵜(う)がたくさんいるため、「横取りされないように餌をうまく投げる」ことにも気を配ったという。

モモイロペリカンのためにハスを刈り取る上野動物園の職員ら(2004年撮影)

 18年に高病原性鳥インフルエンザ対応マニュアルを制定して以降、鳥インフル発生時には屋内に隔離した。「捕獲、運搬はストレスがかかる」「隔離先も現在の感覚では狭くてかわいそう」との考えから移転を検討し、モモイロペリカンを飼育する多摩動物公園への転居が決まった。

 「長年にわたって飼育展示してきたモモイロペリカンが、いなくなってしまうのはさみしいですね」。堀さんはこう話しながら前を向く。「動物の状態を良好に保つ責任が人間の側にある。今回はお互いの動物園にとって一番良い形では」

【関連記事】"寛永寺貫首・浦井さん死去 歴史文化の伝承に貢献、台東区の名誉区民に

【関連記事】"<行ってみたら>「21世紀音楽の会」 上野で演奏会

【関連記事】"赤映える和紙の四季の花 小笠原明代さん個展 来月3日まで上野