松屋のラーメン専門店「680円」に込められた狙い

新業態はあえての“逆張り”戦略?, 「ラーメン1000円の壁」を大きく下回る価格設定, 吉野家のラーメン注力とはどう違う?, 「ブランド連想」を軸にした「伝説の肉そば屋」, 現段階では、ラーメンファンの心をつかむのは難しい?

松屋フーズの新業態はまさかのラーメン店。その名も「松太郎」の実力とは?(筆者撮影)

新宿・小滝橋通り。20年以上の長きにわたりラーメン激戦区として知られるこの地に、牛丼チェーンの「松屋フーズ」が新たに立ち上げたラーメン専門業態「松太郎」がオープンした。

【画像】価格はかなり安いが、肝心のお味は? 「松太郎」の680円ラーメンはこんな感じ

新業態はあえての“逆張り”戦略?

看板メニューは、奇をてらわないオーソドックスな醤油ラーメン。その価格は680円だ。

この一杯をどう捉えるべきか。一般的に新業態を立ち上げる場合、差別化のために何らかのとがった要素を入れるもの。とくに、ラーメン業界はすでにレッドオーシャン中のレッドオーシャン。普通に考えれば「とがった一杯」や昨今はやりの「体験型要素もある一杯」を狙うはずだが、松屋の戦略はその真逆。とことん“逆張り”なのである。

ところが、「日高屋」「幸楽苑」などのリーズナブルなラーメンチェーン、「吉野家」「すた丼」など他の外食チェーンが提供するラーメンと比較してみると……見えてくるのは、「松屋」の新業態に込められた意外な狙いであった。

「ラーメン1000円の壁」を大きく下回る価格設定

近年のラーメン業界を語るうえで避けて通れないのが、「1000円の壁」という言葉だ。

原材料の高騰、人件費や光熱費の上昇により、従来700〜800円が相場だったラーメンは、いまや1000円前後が当たり前になりつつある。都心の人気店では、トッピングを追加すれば1500円に届くことも珍しくない。

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ラーメンは680円から。リーズナブルさが際立っている(筆者撮影)

そうした状況下で「680円」という価格は、まさに逆張りともいえる戦略だ。「松太郎」のラーメンは、「日高屋」の中華そば(420円)、「幸楽苑」の中華そば(490円)と比べれば少し高い。しかし、1000円超えが当たり前になった今のラーメン市場を俯瞰すれば、リーズナブルで十分に美味しいという立ち位置を確保しているともいえる。

醤油ラーメンは魚介がじんわり香る醤油スープに北海道産小麦を使用した細麺を合わせたクラシック系。ダシ感が深く、安っぽさはない。680円で十分満足できるクオリティだ。

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メニュー構成的には、「ちょい飲み」も可能となっている(筆者撮影)

メニュー構成を見ると餃子や生ビール、ハイボールなどもあり、「ちょい飲み」需要も狙っているようだ。

しかし、「松太郎」の店内はカウンターのみ。しかも一席ごとに仕切りが設けられている。ラーメン専門店としては珍しい光景ではないが、ここから透けて見えるのは「客単価と回転率の両立」を意識した設計だ。

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セルフ式を採用しており、とことん効率化している(筆者撮影)

「ちょい飲み」需要も狙ってはいるものの、席の構成上、団体客やグループでの利用は難しい。むしろ一人客が短時間で食べて出ていくスタイルを前提にしている。これは「松屋」と同様の効率性を追求する姿勢であり、居酒屋的に「滞在時間で稼ぐ」発想とは一線を画す。

吉野家のラーメン注力とはどう違う?

ここ数年で、外食大手が次々とラーメンを主軸に据えたチェーン展開を始めている。

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吉野家ホールディングスもラーメンに注力中(筆者撮影)

吉野家ホールディングスはラーメン店を「吉野家」「はなまるうどん」に次ぐ収益源に育てる方針を以前から掲げており、「ばり嗎」「せたが屋」「キラメキノトリ」など各ブランドを通じて展開を加速し、昨年5月にはラーメン店向けに麺やスープ、タレなどの商材を開発し、販売する京都の宝産業株式会社を子会社化し、万全の体制になっている。

今年7月4日からは「吉野家」で「牛玉スタミナまぜそば」を発売開始。「SNSで話題になるか」を第一義に考えた商品設計が特徴的で、マーケティング視点が強い商品だ。

「ブランド連想」を軸にした「伝説の肉そば屋」

丼チェーン「伝説のすた丼屋」「名物すた丼の店」を運営する株式会社アントワークスは今年5月8日に新業態「伝説の肉そば屋」を東京都千代田区の御茶ノ水にオープンした。

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「伝説の肉そば屋」(筆者撮影)

看板商品の「すた丼」の世界観をそのままラーメンに移植し、ニンニクのきいた豚肉を前面に出した一杯で、ブランドの延長として一貫性を保っている。

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「すた丼」ファン歓喜の味だ(筆者撮影)

一方で「松太郎」は、こうした「話題性」や「ブランド連想」ではなく、極めてオーソドックスな醤油ラーメンを出している。

これでは、どうしても「日高屋」や「幸楽苑」と直接比較されることになるが、ここに大きな疑問が残る。「松屋」はなぜオーソドックスを選んだのか? である。

一般的に新業態を立ち上げる場合、差別化のために何らかのとがった要素を入れる。ところが「松太郎」は、その逆を行った。これは、トレンドに左右される個性的な味ではなく、誰にでも受け入れられる「普遍性」で勝負しようと考えたからだろう。

ラーメンは常にトレンドが変化する。今提供しているものが5年後もウケているかはまったくわからない。その中で、「松屋」は「松太郎」というラーメン業態を独立店としてオープンするにあたり、まず看板メニューは誰にでも受け入れられる普遍的な醤油ラーメンにしようと考えたのだろう。

また、ラーメン業界が日々進化し、日常食からグルメ体験へと変化を遂げようとしている中、「松太郎」はあくまで日常食としてのラーメンを提供しようとした。

トレンドを追って商品開発をすると、この視点がブレてしまう可能性がある。「松太郎」のこのオーソドックスな商品展開にはその意思が見える。

現段階では、ラーメンファンの心をつかむのは難しい?

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流行に左右されない定番を狙った戦略。今後のブラッシュアップ次第では、大きく化ける可能性もある(筆者撮影)

とはいえ、課題はある。「日高屋」「幸楽苑」と比べて一杯あたり200円ほど高い以上、顧客に「松太郎」を選ぶ理由を提示できなければならない。

もちろん、今後どんどんブラッシュアップされていくはずだが、現状のオーソドックスな味わいで、ラーメンファンの心を強くつかむのは難しいだろう。

また、カウンターのみの店舗設計は回転率向上には寄与するが、「ちょい飲み需要」を掘り起こすには不向きだ。「松屋」が牛めしに続く第二の柱としてラーメンを成長させるには、この方向性をどう整理するかが課題となる。

「吉野家」が「話題性」で、「すた丼」が「ブランド連想」で差別化を図ったのに対し、「松太郎」は「普通さ」で勝負に出た。「松屋」の挑戦は、ラーメン市場に「普遍性」という新たな競争軸を提示しているのかもしれない。

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