“今日の蘭子”に目を奪われても――のぶ(今田美桜)が朝ドラの「主役」である理由【あんぱん第108回】

嵩の愛の詩が彩る蘭子の内なる熱情 , 嵩の愛の詩が彩る ママ・メイコの悩み, 主役として堂々と構えるのぶの存在感, フォトギャラリー、主なシーンより

『あんぱん』第108回より 写真提供:NHK

日本人の朝のはじまりに寄り添ってきた朝ドラこと連続テレビ小説。その歴史は1961年から64年間にも及びます。毎日、15分、泣いたり笑ったり憤ったり、ドラマの登場人物のエネルギーが朝ご飯のようになる。そんな朝ドラを毎週月曜から金曜までチェックし、当日の感想や情報をお届けします。朝ドラに関する著書を2冊上梓し、レビューを10年続けてきた著者による「見なくてもわかる、読んだらもっとドラマが見たくなる」そんな連載です。本日は、第108回(2025年8月27日放送)の「あんぱん」レビューです。(ライター 木俣 冬)

嵩の愛の詩が彩る蘭子の内なる熱情 

 嵩(北村匠海)の詩集『愛する歌』が出版され、サイン会が催された。八木(妻夫木聡)の発案で、下着売り場のそばでサイン会。背景はバラの花の壁紙だ。

 女性に響く詩集だからという八木の考えはどハマリし、女性たちが続々やってくる。が、意外と男性にもファンがいた。

 女性が嵩の詩にハマるのはわかる。男性も共感するのは、嵩の弱さに引かれるからであろうか。自己評価の低い男性はこの時代(1960年代)にもきっといただろう。

 そうは言ってもやっぱり、女性の気持ちにフィットしているようで、蘭子(河合優実)もメイコ(原菜乃華)も嵩の詩に自分の心情を乗せてたそがれる。

 第108回は、嵩の愛の詩に乗せた「女の詩ドラマ」といった趣向だった。

 蘭子は自室で口紅を引く。

「もうひとつ必要なのは人の体温だ」と八木の言葉を思い返す。そのとき風鈴が鳴って、見れば、風鈴の横、部屋の壁には豪(細田佳央太)の半纏がかかっている。まだ持っていたのだ。しかもずっとかけてあったのか。戦争が終わって15年くらいたって、世の中は明るくなったけれど、いつもいつも半纏に話しかけてきたのかもしれない。でも、そこには思い出はあっても体温はない。

 蘭子は畳に横たわる。赤い唇から漏れるのは、嵩の詩。

「手のひらの上に淡い悲しみがこぼれる」

「その手のひらににじむ 遠い思い出」

 静かに口ずさみながら涙を流す場面は、第107回に続いて、別のドラマのようだった。

 勝手ながら、来生たかおや南こうせつなどの歌が流れてきそうに思えた。筆者が選曲するとしたら南こうせつの「夢一夜」。

 河合優実、西日の似合う女の称号を捧げたい。向田邦子ドラマ全盛の時代に生きていたら、絶対に出演していただろう。

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嵩の愛の詩が彩る ママ・メイコの悩み

 夏休み、子どもたちは福岡に遊びに行っている。夫婦水入らずのチャンスだが、あいにく健太郎(高橋文哉)は仕事が忙しい。メイコは手持ち無沙汰で、のぶ(今田美桜)の家に遊びに来ている。

 そこへ電話がかかってきて、嵩の『愛の詩集』が重版したという。のぶは大喜び。

「こんなにわかりやすくて素敵な詩はないもの」

「わかりやすい」は、ともすれば褒めていない印象ももたらすが、ここでは褒め言葉。嵩のモデル・やなせたかしの作品の特徴を端的にあらわしているのがこの「わかりやすさ」である。

「大人も子どもも声に出して読みとうなる詩やき」とのぶが嵩を褒めているのを見て、メイコは「いいなあ」と羨む。

 健太郎は仕事の話をしてくれないし、子どもが生まれてからは名前を呼んでくれなくなった。

「うちは健太郎さんのママじゃないき」と不満が募る。

 そんなメイコとのぶは執筆中の嵩をおいて、向かいの蘭子のアパートへ。三姉妹でメイコの悩み相談だろうか。

 蘭子が口紅をしているのを見て、キレイ、恋しているとメイコものぶも感じるが、ローレン・バコールのマネをしただけ。口紅が気に入ったならメイコにあげると蘭子ははぐらかす。

 蘭子「メイコ、よろめきドラマのようなことをしたいがかえ?」

 メイコ「ちがうちがう」

 のぶ「あーーびっくりしたーー」

 物事の本質をつく蘭子と、その場の感情を率直に言うのぶ。ふたりの役割はいつもこういう感じである。メイコは末っ子で空気を撹拌する役割というところか。

 メイコはよろめきドラマのヒロインに憧れたりはしない。健太郎一筋だ。

 おしゃれをして健太郎と街を歩きたいという、ささやかな夢を持っているだけなのだ。

 戦時中が彼女の女の子として一番いい時期、おしゃれできなかったことをまだくよくよしているメイコ。戦争が終わって初恋の人と結婚できたけれど、すぐに子どもが生まれて、育児に追われ、おしゃれして無邪気に楽しむ経験がなかった。

 メイコの気持ちをのぶは健太郎に伝えるが、彼はとんちんかんなことを言うばかり。

 のぶが嵩の詩を見せる。そこにはメイコのような女性の悲しい気持ちが綴られていた。

『えくぼの歌』――

 メイコはそれをひとり喫茶店で読んでいた。

「いつもにこにこうれしそうねとみんな言うけれど えくぼのてまえ我慢してるの」

 と、そこへ健太郎が現れて……。

「俺、ほんとふうたんぬるか(鈍い)男でごめん」

「泣きたいときは俺の胸で泣いてほしか」

「メイコ きれいだ 一番きれいだ」

 歯が浮くようなセリフを連発する健太郎。うれしいメイコ。よく女性の方言萌えというのがあったが、男性の方言萌えもある。

 嵩の詩は、誰にもわかってもらえないさみしい人たちの気持ちを代弁している。そして、それはメイコや蘭子のように未だ戦争を引きずっている人たちの心も癒やしていたのだろう。

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主役として堂々と構えるのぶの存在感

 昨日、今日、『あさイチ』では、蘭子のことでもちきり。蘭子がやけにきれいになって、匂い立つような色気を放っているから、話題にしてしまうのは無理ない。だが、のぶのことももっと言葉にしてほしい。

 先日、筆者が『あさイチ』の制作統括に取材をしたとき、博多大吉さんは話題のバランスをとるように気配りしているという話が出た。そんな大吉さんすら、華丸さんが2日続けて蘭子の話題を熱く語ったとき(今日なんて「今日の蘭子」である)、のぶの話題を出すことはしない。なぜだ。主人公はのぶなんだぞ。と筆者は少し苛立つ。

 蘭子「メイコ、よろめきドラマのようなことをしたいがかえ?」

 メイコ「ちがうちがう」

 のぶ「あーーびっくりしたーー」

 なんでこういうセリフの割り振りなのだろう。

 筆者は、河合優実さんも好きだけれど、今田美桜さんも好きだ。その存在感は格別で、どんなふうにしていても、ドン!と構えて、光を放っている。そういうことが実は大事で、誰でもできるものではない。

 よく俳優は主役はつまらないと言う。脇役のほうが責任がなく、いろんなことができて面白みがあるが、主役は動かずドーンと構えていないといけないので、面白みが少ないそうだ。でも誰でもできるものではなく選ばれし者にしかできない。それを誇りに走り続けていただきたい(もうクランクアップはしたそうだ)。

 蘭子らしい詩、メイコらしい詩が出てきたが、のぶらしい詩は、やっぱり第106話で読んでいた「ちいさなテノヒラでも」か。「ちいさなてのひらでもしあわせはつかめる」。

 さて。嵩の詩集が人気で、自宅にファンレターが届くようになった。小学4年生の中里佳保という子から「先生の所に遊びに行きたいです」というはがきが届いた。また、一波乱ありそうか?

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フォトギャラリー、主なシーンより

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第22週(8月25〜29日)

「愛するカタチ」あらすじ

八木(妻夫木聡)は嵩(北村匠海)の詩の才能を見抜き、八木の会社「九州コットンセンター」で出版部を作って詩集を出さないかと声をかける。最初は断る嵩だが、八木の熱意に押されて詩集『愛する歌』を出版することになる。

みんな売れないと思っていたが、想像を覆しヒットする。ある日、『愛する歌』に救われたという小学生の女の子が柳井家にやってきて――。

連続テレビ小説『あんぱん』

作品情報

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連続テレビ小説「あんぱん」。“アンパンマン”を生み出したやなせたかしと暢の夫婦をモデルに、生きる意味も失っていた苦悩の日々と、それでも夢を忘れなかった二人の人生。何者でもなかった二人があらゆる荒波を乗り越え、“逆転しない正義”を体現した『アンパンマン』にたどり着くまでを描き、生きる喜びが全身から湧いてくるような愛と勇気の物語です。

【作】中園ミホ

【音楽】井筒昭雄

【主題歌】RADWIMPS「賜物」

【語り】林田理沙アナウンサー

【出演】今田美桜 北村匠海 江口のりこ 河合優実 原菜乃華 高橋文哉 大森元貴 妻夫木聡 松嶋菜々子 ほか

【放送】2025年3月31日(月)から放送開始