アフリカ「ホームタウン」炎上を加速させた真犯人

「JICAアフリカ・ホームタウン認定状」を交付された、千葉県木更津市の渡辺芳邦市長(写真左)とフロレンス・I・アキンイェミ・アデセケ駐日ナイジェリア大使館臨時大使(写真:木更津市公式サイトより)
SNSで「日本が乗っ取られる」「移民で埋め尽くされる」と炎上状態になっている騒動。
【写真】木更津市はナイジェリアの移民を受け入れる? それに対する《各自治体の声明文》
これは、8月20~22日に横浜で開催された「第9回アフリカ開発会議(TICAD9)」にて、国際協力機構(JICA)が交流促進の施策として国内4市(山形県長井市、千葉県木更津市、新潟県三条市、愛媛県今治市)をアフリカ諸国の「ホームタウン」に認定したことに端を発する。
本件に関する報道がなされるや否やSNSが炎上状態となり、市役所には抗議が殺到、職員が対応に追われる事態となった。
本来は歓迎されるべき国際交流活動が批判を浴び、炎上状態に陥ってしまったのはなぜなのだろうか?
アフリカ現地紙とイギリス公共放送が「誤報」を発信
騒動を受けて、8月25日JICAと外務省が相次いで公式サイト上で説明を公表しているが、JICAのサイトには下記のような記載がある。
アフリカの現地紙(タンザニア「The Tanzania Times」やナイジェリア「Premium Times」)等による報道や現地政府による発信の内容に、事実と異なる内容及び誤解を招く表現等が含まれております。
(中略)
現地の報道等の「JICAアフリカ・ホームタウン」のもとで山形県長井市がタンザニアの国の一部になると誤解を与えるような記載や、移民の受け入れ促進、日本と当該諸国との往来のための特別な査証の発給等の記載は、いずれも事実に反します。
「特別なビザの発給」は外務省も否定しているのだが、ナイジェリア政府がそのように発表し、現地メディアがそれを伝えたため、「移民受け入れ」と誤認され、それがSNS等で拡散してしまったようだ。
SNS上では、いまだにナイジェリア政府の表明を信じ、「移民反対」を叫ぶ声も多く、事態は沈静化しそうにない。
筆者は外交や国際交流の専門家ではないが、海外には頻繁に行っており、海外ニュースにも比較的目を通しているほうだと思う。あくまでもその経験からいうと、新興国や独裁国家の政府の表明は信用できないことが多い。現地メディアも同様だ。
現地政府やメディアが「日本との交流を実現した」ということを大々的にアピールするために、情報を盛ったのだろうということも推測できる。
日本でも政府や政治家がよく叩かれているが、少なくとも情報発信に関しては国際的に見てもマトモなほうだ。
「政府の発表だから」と安直に信じないほうがよい。JICAは、現地の情報を訂正するように求めているが、それが実行されるまでは事態はなかなか収まらないのではないかと思う。

JICAは、「アフリカ・ホームタウン」に関する報道や現地政府などの声明が「事実と異なる」と否定した(写真:JICAの公式サイトより)
日本のメディアは「間違った報道」はしていないが…
今回の件は、イギリス公共放送のBBC、イギリス紙ガーディアンも同様の報道を行っていたことが、誤解を加速させたようだ。
ちなみに、ナイジェリアは以前、イギリスの植民地で、公用語は英語である。イギリスは旧植民地国・地域の報道を厚く行う傾向があるが、しっかり裏取りしているとも限らない。「BBCが報道しているから正しいだろう」と考えるのは禁物だ。
一方で、日本のメディアはどうだったのだろうか? 筆者が把握している限りでは、「誤報」といえるものは見られなかった。
とはいえ、「ホームタウン」という呼称自体が、誤解を招きやすかったうえに、記事中に「関係人口」「交流人口」という使い方をしているものもあり、読者が「移民の受け入れではないか」と誤認する環境は揃っていたように思える。
ちなみに、「ホームタウン」といえば、「居住している町」のような印象を抱いてしまうかもしれないが、英語の“hometown”は「故郷」や「ふるさと」といった意味だ。
「(海外の人に)故郷のように感じてもらう」という意図だと思うのだが、日本語で「ホームタウン」というと、受け取る側のニュアンスは変わってくるだろう。
「間違った報道はしていない」というのは事実かもしれないが、「誤解を招く危険性がある」報道であったこともまた事実だ。

各自治体も事実の訂正と公式見解を発表する事態となった(写真:木更津市の公式サイトより)
「SNSのせい」は本当か?
また、現地政府や現地メディアが正しく情報発信をしていれば、誤解を招かなかったのかというと、その点も疑問が残る。
移民に関して、SNSにおいては以前から排外的な投稿は多く見られたし、アメリカでトランプ政権が誕生して以降、日本でもそのような投稿が増えている。
8月26日、日本政府は起業外国人向け「経営・管理ビザ」要件の引き上げを発表している。在留外国人に対する差別や不当な批判は問題であるが、一部の外国人が日本国内の秩序を乱す行為を行っているという実態もある。
適正な受け入れ態勢を構築するのと同時に、情報発信のやり方にも細心の注意を図っていく必要があるだろう。
8月26日の朝、Xで「SNSのせい」というワードがトレンド化していた。発生した誤解や批判に対して「SNSが原因だ」とする論調が、さらにSNSで批判を浴びる結果となっている。
SNS上では、よくメディアのことを「マスゴミ」と揶揄するが、メディア報道がそのまま拡散されて既成事実となったり、それを起点に批判や誹謗中傷が巻き起こったりすることも多い。
残念ながら、SNSにはファクトチェック機能はない。誰かが誤情報や偽情報を訂正し、それが拡散していけばよいのだが、SNSではそうしたメカニズムは働かない。
今回、外務省やJICAといった公的機関が情報発信をしても、SNS上では情報の訂正を拒否するかのような動きが起きている実態を見れば、その点は明らかだ。

千葉県の熊谷俊人知事も強く否定したが、批判的なコメントは殺到するばかりだ(写真:本人の公式Xより)
「誤情報」を広めないための“3要素”
本事案は、情報発信において、下記の3点が重要になることを改めて確認できたといえるだろう。
1. 誤解を招く危険性がある情報は、発信の仕方に細心の注意を払う
2. 発信した情報が間違っていれば、発信元に対して迅速に訂正を求める
3. メディアだけでなく、SNSなどのネットの論調にも配慮する
海外の政府やメディアが発信する情報を事前にコントロールすることは困難かもしれないが、上記のことを行っていれば、誤解の広がりを最小限にとどめることができるはずだ。
今回についても、誤解が訂正されなければ、プロジェクトの実現にもブレーキがかかりかねない。プロジェクト推進と情報発信は表裏一体である。