「北大合格で安心したのが、大間違いだった」 母が語る、昆虫ハンター・牧田習さんの破天荒な学生時代
■先輩パパ・ママの受験体験記
「昆虫ハンター」としてテレビやYouTubeなどで活躍する昆虫学者の牧田習さん。北海道大学に現役で合格し、2025年春には東京大学大学院農学生命科学研究科の博士課程を修了しましたが、実は子どもの頃から集団行動が苦手で学校になじめず、虫捕りばかりの毎日でした。そんなわが子を、親はどう見守ってきたのでしょうか。習さんの母親に聞きました。(写真=子どもの頃の牧田習さんと母親、牧田さん提供)
「夢って、叶うんや」と親が驚き
――習さんは2025年春、東大大学院博士課程を修了し、名実ともに「昆虫博士」になりました。母親として、どのようなお気持ちですか。
「本当に昆虫博士になれたんや」「夢って叶うんや」とびっくりしています。習は子どもの頃からずっと「昆虫博士になる」と言い続けていました。対する私は「なれるもんなら、なってみろ」と思っていたのですが (笑)、好きなことを好きなままでいられたら、本当にそうなれるのですね。
――幼い頃から虫捕りばかりしていた習さんに、「虫捕りをやめろ」とは一度も言わなかったと聞いています。
虫の量がものすごいので世話は大変でしたけれど、家の中でも虫さえいればおとなしくて、手のかからない子でした。やめさせる必要は感じなかったですね。ただ、中学生になると定期テストがありますよね。その直前でも虫捕りに行くんです。「今は我慢して勉強しなさい」と言うと、本人は「うん、わかった」と返事だけはいいのですが、やっぱり虫捕りに行っちゃうんです。
しかも、それだけ虫が好きなら、ゴキブリも簡単に退治してくれると思うじゃないですか。ところが「習、ゴキブリ!」と言っても、「これはチャバネゴキブリという種類で、ジメジメした空間を好む性質があって……」と解説するだけ。本当に役に立たない虫好きでした(笑)。

子どもの頃の牧田習さんと母親
保健室登校の時期も
――集団行動が苦手だったようですね。
自分の興味のあることしかできない子でした。友達にも虫の話ばかりするので、うるさがられることもあって、ケンカして帰って来ては、「誰もわかってくれない」と怒っていましたね。
ただ、人に暴力を振るったりはせず、根は穏やかです。その都度、私が学校に行って「すみません」と謝りつつ、「でもこの子はこういう子で、変えることはできないんです」と先生方にもお願いしました。皆さんが理解してくださったのは本当にありがたかったです。
朝、ビオトープで虫捕りして、そこから保健室に行く時期もありました。それでも何とか小学校を卒業できたので、感謝しています。
――中学生や高校生になってからは、沖縄や北海道に一人で昆虫採集に出かけるようになったそうですが、心配ではありませんでしたか。
習は言ってもきかない子だし、本人が自分の力でやろうとすることを親が止めるのも違う気がしました。だから「何かあったら、それは全部、行かせた私の責任だ」と覚悟して行かせました。
ただ、信頼できる大人が一緒だったのはありがたかったです。中2で石垣島に一人で行った時には、習っていた三線の先生の実家にお世話になりました。高校生になる頃には北海道の昆虫の先生に自分から連絡を取って、「おいで」と言ってもらえたので北海道に行き、すっかり北海道での虫捕りに魅了されたようです。

中2の時に石垣島で。右手前が牧田習さん
まさか北大に合格するとは
――それが北海道大学に進学を決めるきっかけになるのですね。
と言っても、成績がちっとも足りてなかったんですよ。「こんな成績で入れるの?」と聞いたら、「頑張る」と。返事だけはいいんです、いつも(笑)。
それでも、環境に恵まれていましたね。中高一貫の進学校だったので、周りの友達もそれぞれ目標を持って頑張っていました。医者を目指す人もいたし、東京の大学を目指す人もいました。みんな意識が高く、いい影響を受けていたみたいです。先生たちも「塾は行かなくていい。私たちに任せてください」という感じでした。
――親御さんは勉強のサポートはしなかったのですか。
まったく、しなかったです。ただ、私がちょうど介護の仕事を始める時で、子どもたちが勉強している隣で、私も資格試験の勉強をしていました。お互いに励まし合って頑張れたのは、いい思い出です。
――それぞれの目標に向かって親子で勉強するなんて、素敵ですね。
それまで私は習に「勉強しなさい」とガミガミ言っていたのですが、北大を目指すと決めた途端に、何も言う必要がなくなりました。自主的に猛勉強するんです。目標ってすごいですね。
ただ、合格ラインはとんでもなく遠かったので、夫も私も「浪人は許さないよ」と口では言いながらも、「絶対に現役合格は無理やろ」と思っていました。
――別の大学の受験を提案することはなかったのですか。
せっかくやる気を出しているので、現役時の受験は本人の思うようにさせることにしました。親からの提案は浪人した時にとっておこうと思っていました。
――ところが、見事に現役で合格しました。
もう、びっくりですよ。何の準備もしていなかったので、「住むところを探さなあかん」と、大急ぎで現地の学生会館を調べました。私も仕事がありましたから、兵庫県の自宅からインターネットで部屋探しして、入学式も習が「大丈夫」というので一人で北海道に行かせました。習から送られてきた入学式の写真を見て、「この子も立派になったな。もう大人になったんだ」と感動しました。が、それが大間違いでした(笑)。
後期の学費で、ニュージーランドへ
――大間違い、ですか。
入学してすぐに「学生会館は性に合わない」と、アパートに引っ越したんです。集団行動が苦手な子だから仕方がないと思って、一人暮らしを認めました。すっかり自由になった習は、朝から晩まで好き放題に虫捕りしていたようです。
1年の夏休み前に、大学から「退学しますか、留年しますか」という意思確認の手紙が私の元に届きました。晴天の霹靂(へきれき)です。あわてて習に電話すると、「バイトで貯めたお金でフィリピンで虫捕りしている」と言うんです。あきれました。どうするつもりかと聞くと、「後期でどんなに頑張っても進級できないから、半年間ニュージーランドに行ってワーキングホリデーをする。つきましては、後期の学費を航空券代として貸してもらえないでしょうか」と。そういうところだけ頭が回るんです(笑)。

フィリピンのキアンガンにて。語学学校の先生から「私の実家に泊まって虫とりしたら」と誘ってもらい、お邪魔した。真ん中が牧田習さん
――自由というか、好きなことに夢中ですね。
一番怒ったのは、おばあちゃんでした。北大で頑張って勉強していると思っていたのに、「なんで?」と。それで、習がニュージーランドに行く前に一度、フィリピンから北海道に帰るというので、私たちは乗り継ぎの関西国際空港で習を待ち伏せしました。おばあちゃんの怒りはものすごくて、関空のベンチで何十分も説教。それを時差ぼけの習が半分寝ながら聞いている姿が、おかしかったですね。お陰で私も夫も、まあいいかという気持ちになりました。今でも「関空ベンチでの説教」は牧田家の伝説です。
――ニュージーランドでの半年間は、習さんにとって人生を変える大きな転機になったようですね。
現地ですばらしい先生に出会うことができ、研究の世界に進む決意をしたようです。私は後期の学費分を渡しただけで、あとは一切、仕送りしませんでした。仕事も研究も虫捕りも大変だったようですけど、なんとか半年間乗り切ったようです。

ニュージーランドのチョウ、オオカバマダラ
学生相談センターを頼って、やっと卒業
――そして2度目の大学1年を迎えます。今度は無事に進級できるか、心配ではなかったですか。
留年は放っておいた私にも責任があると思いましたから、復学する時には私も北海道に行き、部屋選びから全部一緒にやりました。「今後は私があなたをきっちり見守ります」と宣言して、3カ月に一度は北海道に行き、習の様子をチェックし続けました。
――そうですか。でも、ずっと親が見守るわけにはいきませんよね。
大学の学生相談センターにもお願いしました。本人は最初、嫌がったのですが、手厚くサポートしてくれて、私にも時々、連絡が来ました。習にとって小学生時代の保健室のような場所ができたのは、本当によかったと思います。
――大学にもそういう保健室みたいな場所があるということを、親も子も知っておくことは大切ですね。
そうだと思います。もちろん最終的には自分で頑張るしかないのですが、習のように人とは少し学びのスピードが違う人は、手助けがあったほうが新しい環境には慣れやすいと思います。
親はつい、「受験を乗り越えたのだから、もう安心」と思ってしまいがちですが、高校時代のようには先生方の目は届きません。大学の相談センターやカウンセリングルームとつながっておくことは大切だと思います。

2025年3月、東京大学大学院の卒業式で
――そんな習さんは、今やテレビ出演や著作の出版で大活躍です。
初めてNHKの『ダーウィンが来た!』に出演させてもらった時には、テレビの前で涙が止まりませんでした。「ありがとう、ありがとう」とワンワン泣いてしまったのを覚えています。ここまで来られたのは、あの子だけの力ではありませんから。
それでも、「好き」を貫けばちゃんと目的地に着くのだと、あの子に教わりました。今も習のことは心配ですけれど、子育ては終了です。本当に面白い子を育てさせてもらったな、と思っています。

幼稚園児との虫捕りイベントにて
▼ 息子・牧田習さんのインタビューもチェック!
昆虫ハンター・牧田習さん 虫が捕りたくて北海道大学へ、遠回りして東大大学院に【前編】東大大学院卒・昆虫ハンター牧田習さん 「好き」の炎を燃やして、目指すのは「昆虫界のさかなクン」【後編】
>>【連載】先輩パパ・ママの受験体験記
(文=神 素子、写真=牧田さん提供)