もはや「富裕層しか建てられない」日本の住宅

「このままでは中間層が新築住宅を建てられなくなる」, 日本の木造住宅に適したBIMの研究に着手, 「総価一括請負方式」の事業スキーム, 「オープンブック方式」を中小工務店にも利用可能に, 「オープンブック方式」の導入は進むか, 欧米に比べてBIMなどのデジタル技術の導入に遅れ

(写真:kker/PIXTA)

戸建て住宅の価格上昇が続いている。2021年にアメリカで起きた木材価格の高騰、いわゆる「ウッドショック」を契機に日本でも住宅価格が上がり始め、コロナ禍前の2019年に比べて1.3倍以上に上昇した。今後も大工の深刻な人手不足に対応して処遇改善を図るため、国は住宅技能者にも標準的な労務費を策定・勧告することにしており、さらなる住宅価格の上昇が避けられない見通しだ。

【画像でわかる】木造住宅の建築費は急上昇している

住宅ローンサービスを提供する日本モーゲージサービス(MSJ、鵜澤泰功社長)は、グループ会社の住宅アカデメイアを通じて「オープンブック方式」での工事発注を可能とする住宅生産プラットフォームの構築を進めている。設計・施工、資材調達、資金決済を含めたサプライチェーン全体を再構築することで住宅コストを引き下げようという取り組みだ。

住宅の建設工事も日本では住宅メーカーや工務店に「総価一括請負方式」で発注するのが当たり前だった。欧米で広く普及する「オープンブック方式」を導入することで、住宅価格の透明性を高め、コストを引き下げることは可能なのか。

「このままでは中間層が新築住宅を建てられなくなる」

住宅価格の目安は、畳の広さ2帖分に相当する坪(約3.3平方メートル)の単価で表されてきた。筆者が26年前の1999年に新築した木造軸組構法の自宅(約34坪)は、坪単価が約73万円だった。当時は日建設計に在籍して箱根・ポーラ美術館の設計を担当していた建築家の神成健氏に設計を依頼し、地場の工務店に施工してもらったが、土地代を含めて22年で住宅ローンを完済した。

「いまや大手住宅メーカーの坪単価は120万―150万円。富裕層でなければ、とても手が出ない水準まで上がっている。工務店でも坪単価は100万円を超えており、このままでは中間層が新築住宅を建てられなくなる」と、MSJグループの鵜澤社長は危機感を強める。

「このままでは中間層が新築住宅を建てられなくなる」, 日本の木造住宅に適したBIMの研究に着手, 「総価一括請負方式」の事業スキーム, 「オープンブック方式」を中小工務店にも利用可能に, 「オープンブック方式」の導入は進むか, 欧米に比べてBIMなどのデジタル技術の導入に遅れ

建築物価調査会が公表している木造住宅の建築費標準指数(東京)を見ると、2015年度を100として、2020年度は106と、ほぼ横ばいで推移していたが、ウッドショックを機に急上昇し、2025年6月時点で143まで上昇した。その影響で、MSJの住宅ローンの融資も、新築より割安の中古向けが約4割を占めるようになり、新築向けでは分譲戸建ての比率が増え、注文住宅の半分が50年ローンを組んでいるという。

週刊東洋経済の2015/01/11号で、筆者は「アフォーダブル住宅」(無理なく買える手頃な価格の住宅)をテーマに記事を書いた。地価の上昇、建設費の高騰によって中間層が無理なく買える住宅の選択肢が大幅に狭まっている。インフレリスクが続くなかで、新築戸建てでアフォーダブルな住宅を実現するには従来の生産システムを抜本的に見直す必要があるだろう。

日本の木造住宅に適したBIMの研究に着手

MSJグループが住宅生産プラットフォームの構築を始めるキッカケは、10年ほど前に視察したシンガポールの住宅市場だった。すでに設計では3DのBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)システムが普及し、建築確認申請でBIM審査が行われていた。同国政府関係者によると、国土面積が狭いシンガポールでは移民の受け入れに限界があり、将来を見据えて建設生産システムの合理化を図るためにBIMを導入したとの説明だった。

鵜澤氏は帰国後、日本の木造住宅に適したBIMの研究に着手した。発注者へのプレゼンテーション機能に優れ、大手ゼネコンの鹿島建設も施工BIMとして導入しているハンガリー・グラフィソフト社のArchiCAD(アーキキャド)を採用。仮想空間で住宅の組み立てをシミュレーションできる3D部品を開発し、日本の木造住宅に適応したBIMシステムを提供できる体制を整えてきた。

このBIMシステムの設計データを使って、住宅木材のプレカット加工を発注できるように、日本のプレカット工場で7割のシェアを持つネットイーグル(祖父江久好社長、福岡市西区)のプレカットCADシステムとデータ連携できるようにした。建具や収納など内装部材を供給するイビデンの子会社であるイビケン(山村範彦社長、岐阜県大垣市)とも連携し、住宅資材の電子発注システムを構築した。

さらに工事費や資材費を支払うための電子決済機能をBaaS(バンキング・アズ・ア・サービス)として用意した。同社は、住宅金融支援機構のフラット35など住宅ローンの融資業務のほかに、銀行代理業を行っている。住宅瑕疵担保責任保険法人であるグループ会社のハウスジーメンでは住宅の施工品質をチェックする検査員を抱えており、工事の進捗状況を確認しながら支払いを実行できる。

BIM設計、電子発注、施工管理、電子決済の機能をクラウドシステム「助っ人クラウド」=図=に統合することで、住宅生産のサプライチェーン全体の情報を一元管理できるのが強みだ。

「このままでは中間層が新築住宅を建てられなくなる」, 日本の木造住宅に適したBIMの研究に着手, 「総価一括請負方式」の事業スキーム, 「オープンブック方式」を中小工務店にも利用可能に, 「オープンブック方式」の導入は進むか, 欧米に比べてBIMなどのデジタル技術の導入に遅れ

「総価一括請負方式」の事業スキーム

「総価一括請負方式」では、元請け業者側が必要な資材と技能者を調達して建設工事を完了させるのが基本的な事業スキームだ。住宅であれば、完成物件を引き渡して、不動産登記手続と当時に発注者から請負代金が支払われる。そのため、元請け業者は工事期間中に発生する資材費や労務費などの支払いを負担しなければならない。

元請け業者に資金力があれば工事期間中の資金繰りには困らないが、中小の工務店や下請け業者にとっては負担が重い。それを金融機関の中間融資や地元の建材卸問屋の信用売りなどがカバーすることで、資金力の乏しい中小工務店でも住宅建設の一括請負が可能だったわけだ。

発注者は物件が完成した後に実行される住宅ローン融資などを使って工事代金を支払えばよいが、材料費や労務費だけでなく工事期間中の資金繰りに関わる様々な経費がコストに上乗せされている。大阪・関西万博の工事代金未払いのような問題が発生して施工業者が資金繰りに行き詰まって倒産すれば、工事がストップするなどの影響も出る。

こうしたリスクを回避する方法が「出来高払い」である。発注者が工事の進捗状況(出来高)に合わせて工事代金を部分払いする制度だ。公共工事では、工期が180日以上の工事を対象に出来高部分払い制度が2006年から導入された。大手住宅メーカーでは大東建託が協力会社に対して出来高払いを行っていることが知られている。

住宅建設でも、基礎、躯体、内装など工事の出来高に合わせて発注者が工事代金を支払えば、資金繰りに関わるリスクを軽減できるし、住宅資材も調達しやすくなる。サプライチェーンの合理化によって建設費を引き下げられれば、発注者にとっても「出来高払い」に応じるメリットはあるだろう。

「オープンブック方式」を中小工務店にも利用可能に

発注者が「出来高払い」を実施するには、「オープンブック方式」で工種ごとのコスト、施工体制、支払い状況などの情報が開示されることが必要となる。公共工事のように発注者自らが工事を監督して出来高を確認できれば部分払いも可能だが、住宅を発注する一般消費者には出来高確認は困難だからだ。

MSJグループでは、住宅事業者の了解を得たうえで、発注者に助っ人クラウドの情報を開示する「オープンブック方式」を中小工務店にも利用できる住宅生産プラットフォームをめざしている。

具体的な利用イメージは次のようになる。

助っ人クラウドのBIM設計機能を使って設計図から資材の数量を自動的に算出する。電子発注システムのデータから最適な調達先と価格を選んで材料費を計算。施工を担当する工務店や専門工事会社の労務費と経費を加えて、工種ごとのコストを積算する。発注者は助っ人クラウドの情報を見ながら、必要な資材を最適なタイミングで電子発注し、納入を確認したらMSJが代金を送金する。専門工事会社の工事が完了すれば、MSJグループの検査員が確認して工事代金を出来高払いする。

出来高払いの原資は、発注者の住宅ローンの融資審査を行ったMSJが提供する「つなぎ融資」だ。MSJがエスクロー(第三者預託)の役割を果たすことで出来高払いを円滑に進めることができ、将来的にステーブルコインを利用して送金手数料の引き下げも計画している。

工務店が助っ人クラウドを利用すると、どのようなメリットがあるのか――。BIM設計会社が発注者の要望と予算に応じた設計図を作成して詳細な実行予算を算定するので、工務店は面倒な見積もり作業が不要になる。必要な資材も発注者が工程に合わせて電子発注して現場に納入されるので、資材を管理する手間が省ける。専門工事会社への代金支払いもMSJが出来高払いするので、工務店は工程通りに工事を進めることに専念できるので、労働生産性の向上が期待できるだろう。

住宅資材の供給も、電子発注システムを利用して効率化する必要がある。浜松市の一条工務店が戸建て注文住宅で積水ハウスとトップを争うまでに成長したのは、フィリピンに住宅の部材や設備の工場を建設しコンテナ輸送を利用して効率的なサプライチェーンを構築することで価格競争力を高めたからだ。

建材流通ベンチャーのMOZU(社長・野口真平氏、東京港区)は、2024年4月に立ち上げた建材のオンライン受発注サービスの登録ユーザー数が早くも1万社に迫っている。野口氏は、賃貸住宅仲介管理向けITサービスで不動産業界のDX化に貢献したイタンジの前社長。新たに建材流通分野のデジタル化に挑戦しようとイタンジを退社し、MOZUを立ち上げた。

「いまは誰もがスマホを使えるので、LINEビデオ通話でサービスの使い方を30分ぐらいレクチャーすると、高齢の現場作業者からも、すぐにLINEを通じて注文がくる」(野口氏)。工事現場で必要な工具や部品など間接資材を扱うECサイトは25年前に登場したが、今後は主要な部材や住宅設備などの直接資材でも流通市場のデジタル化は不可欠だ。

「オープンブック方式」の導入は進むか

日本の建設・住宅市場で「オープンブック方式」の導入は進むだろうか。

「ゼネコンにとって一括請負方式は自分たちの利益の源泉との意識が強い。日本ではオープンブック方式の普及は難しいのではないか」(日本建築積算協会幹部)との声が聞かれるのも確かだ。

一括請負方式は、元請け業者が裁量を発揮しやすい。受注競争で無理な値引きをしても下請け叩きで利益を出すこともできるし、赤字工事が発生しても他の工事でそれ以上の儲けを出せば相殺できる。発注者も最初の契約金額で工事が完了すれば良いわけで、オープンブック方式で発注者自らがコスト管理を行う労力はかけたくないだろう。

しかし、三菱商事・中部電力グループが洋上風力発電所の建設計画から撤退した理由は、資材インフレなどで採算が取れないと判断したからだった。民間事業者側はインフレリスクや資材調達リスクをどのようにカバーしようとしていたのか。発注者である国は全てのリスクを民間事業者側に負わせようとしていたのか。「総価一括請負方式」は過度な価格競争を招く危険があるが、国は落札額を適正と判断したのか。

公共施設やインフラの運営管理を民間事業者に委託するコンセッション方式も、インフレリスクの増大によって民間事業者側の負担が増えて受託が厳しくなっている。その打開策として、日本PFI・PPP協会では「オープンブック方式を活用できないか、検討している」(植田和男会長兼理事長)。

欧米に比べてBIMなどのデジタル技術の導入に遅れ

日本では、発注者も受注者も「オープンブック方式」の必要性を認識せず、欧米に比べてBIMなどのデジタル技術の導入が遅れ、積算やコスト管理の技術者の育成を怠ってきた。2020年代に入って、予算オーバーや工期遅れで大幅な赤字を計上する大型工事が散見されるようになったのも、それが原因との厳しい指摘もある。

まずはMSJグループがめざす住宅生産プラットフォームのようにサプライチェーン全体のデジタル化を徹底的に進める。そのうえで発注者も含めて建設工事に関わるリスク分担を明確化することで、建設費の適正化をどう実現するか。インフレリスクが懸念される建設プロジェクトから「オープンブック方式」を導入していく必要があるだろう。