角田裕毅に中野信治が感じ取った頼もしさ「現状をそこまでネガティブに捉えていない」今季のレッドブルを語る

中野信治・インタビュー F1 2025シーズン前半戦総括 前編(全3回)

 F1の2025年シーズン前半戦は、マクラーレンが圧倒的な強さでチャンピオンシップを席巻する一方で、レッドブルの凋(ちょう)落も目についた。ドライバーズチャンピオン5連覇を狙うマックス・フェルスタッペンと角田裕毅も苦戦が続いている。

 レッドブルにいったい何が起こっているのか。そしてサマーブレイク明けの後半戦、角田裕毅が復調する可能性はあるのか。元F1ドライバーで解説者の中野信治氏に聞いた。

【あれだけ強かったチームがここまで...】, 【角田裕毅にとって苦境は大きな学び】, 【いい意味で日本人らしくない(笑)】, 【エンジニアとのコミュニケーションがカギ】

今シーズン不調のレッドブルや角田裕毅について語った中野信治氏 photo by Tanaka Wataru

【あれだけ強かったチームがここまで...】

中野信治 前半戦で印象に残ったのは、マクラーレンの速さ以上にレッドブルの遅さです。昨シーズン、26年ぶりにコンストラクターズチャンオピオンに輝いたマクラーレンの好調や強さはある程度予想できましたが、まさかレッドブルはここまで苦しむとは思いもしませんでした。

 チーム内で人材流出が続いていましたので、正直あまりよくはないだろうと思っていましたが、ひとつ歯車が狂うと、あれだけ強かったチームがここまで苦しむのか......。それが一番のインパクトとして私の心に残りました。

 レッドブルの現状を象徴していたのは、前半戦を締めくくる第14戦ハンガリーGP(8月3日決勝)でした。これまでのレッドブルであれば、「悪い、悪い」と言われていても、マックス・フェルスタッペンの能力の高さや引き出しの多さでなんとかまとめてきて上位に入ってきました。

 でも、現役最強を誇るフェルスタッペンをしても、9位でフィニッシュするのが精一杯だった。この結果はさすがに驚きました。ハンガリーGPでのレッドブル失速の原因はわかりません。空力コンセプト、路面状況、気温などすべてが今のマシンに合わなかったのでしょう。

 とはいえ、これまでのレッドブルであれば週末の間になんとかリカバリーしてきたのですが、打開策を見つけることができなかった。いよいよ厳しい局面に突入したのかなと感じました。

 ただ、じゃあ後半戦のすべてのレースでもレッドブルがここまで苦戦するのかと言えば、必ずしてもそうではないとも感じています。ハンガリーGPの舞台となったハンガロリンクは、路面やレイアウトも含めて特殊なコースです。

 ストレートが短く、低速コーナーが連続するハンガロリンクと、後半戦の幕開けとなる2連戦、オランダGP(8月31日決勝)のザントフォールトやイタリアGP(9月7日決勝)のモンツァとはコース特性がまったく違います。レッドブルは他のサーキットに行けば、少しは持ち直してくるかもしれません。

【角田裕毅にとって苦境は大きな学び】

 今シーズンのレッドブルのマシンは、空力効率がよくないのは明らかです。数年前の強い時代のレッドブルは、低速コーナーはやや苦手としていましたが、高速コーナーとストレートが圧倒的に強かった。

 でも今は高速コーナーとストレートも決して速くありません。マシンのコンセプトそのものにどこかズレがあって、それを修正するためにダウンフォースを付けざるを得なくなっています。その結果、空力効率が落ちレッドブルのマシンがもともと得意としている領域を生かせなくなっています。そこから抜け出すために試行錯誤しているのですが、迷路のなかに入ってしまっている印象です。

 角田裕毅選手は、結果的に非常に難しいタイミングでチーム入りすることになってしまいましたが、決して悪いことばかりではありません。大きな学びがたくさんあったと思います。

【あれだけ強かったチームがここまで...】, 【角田裕毅にとって苦境は大きな学び】, 【いい意味で日本人らしくない(笑)】, 【エンジニアとのコミュニケーションがカギ】

シーズン途中からレッドブルに移籍し、レースに挑んでいる角田裕毅 photo by Sakurai Atsuo

 トップチームのなかで、現役最強のフェルスタッペンと一緒に仕事することで、自分に何が足りていて、何が足りていないのかを肌で感じることができます。それはドライバーにとっては非常に大きな意味があり、ポジティブな経験だったと思います。

 角田選手は、ハンガリーGPのQ1でフェルスタッペンに対して0.163秒差のタイムを叩き出したにもかかわらず、Q2に進出することはできませんでした。そこまでレッドブルの競争力が落ちてしまったのは残念ですが、角田選手の実力がわかる人にはわかったと思います。

 第13戦ベルギーGP(7月27日決勝)では、新しいフロアが投入されてマシン自体が大きく変わりましたが、しっかりと対応して予選で7番手という好タイムを出すことができました。夏休み前のベルギーGPとハンガリーGPの2戦で角田選手は自らの能力と成長を証明することができたと思います。

 ただ、レースに関してはまだレッドブルのマシンを理解しきれてないというか、使いこなせてない部分があります。また、チームとのコミュニケーションという部分で後手に回っている印象があり、このふたつの要因で成績にはそれが表われていません。

【いい意味で日本人らしくない(笑)】

 ファンのなかには「大丈夫かな」と心配している方は多いかもしれませんが、本人のなかでは今の状況をそこまでネガティブに捉えていないと思います。角田選手はF1のサマーブレイクの間にホンダ・レーシング・スクール(HRS)鈴鹿に特別講師として参加してくれました。その時に彼と直接話する機会がありましたが、本人は「そこまで悪くない」と感じているようでした。

 角田選手は、プロのレーシングドライバーとして何が原因で自分が成績を出すことができないのかを一番よく理解しているんですよね。だから本人は落ち込んでいませんし、もともとメンタルが強い。強くないとF1の世界ではやっていけません。

 角田選手を見ていて感じるのは、いい意味で日本人らしくない(笑)。日本人が悪いと言うのではなく、日本人は強いプレッシャーがかかる状況に陥った時に耐性を発揮しにくい国民性なのかなとも感じます。それはモータースポーツに限らず、他のスポーツを見ていてもそう感じる瞬間は多々あります。

 F1はサーキット上で強烈な戦いが繰り広げられるだけでなく、大きなプレッシャーのかかる世界です。いい成績を出せば褒められますが、悪い結果が続くと世界中のメディアやファンから叩かれます。トップチームのレッドブルではなおさら重圧はかかります。

 成績が出なかったら精神的には落ちこむだろうし、角田選手も内心では気になるところもあると思います。でも、冷静な態度で物事を前に進めていこうとする姿勢は非常に頼もしく映っています。そういう意味でも角田選手の成長を感じます。

【あれだけ強かったチームがここまで...】, 【角田裕毅にとって苦境は大きな学び】, 【いい意味で日本人らしくない(笑)】, 【エンジニアとのコミュニケーションがカギ】

photo by Tanaka Wataru

【エンジニアとのコミュニケーションがカギ】

 後半戦も角田選手に期待したいですが、こればっかりは彼ひとりの力だけでどうこうできる問題ではありません。ハンガリーGPのように、フェルスタッペンに匹敵するパフォーマンスを発揮したとしても、今のレッドブルのマシンでは上位に進出できない可能性もゼロではありません。

 そういった意味でカギとなるのは、フェルスタッペンとまったく同じスペックでなくてもいいので、かなり近い仕様のマシンに乗り続けることができるかどうか。そこは後半戦ではすごく大事になってきます。

 そのためには大きなクラッシュは絶対にしちゃダメです。スペアパーツが限られていますし、絶対的に優先されるのはフェルスタッペンです。バジェットキャップ(予算制限)の影響もあるでしょう。そういったさまざまな制限はあると思いますので、角田選手が120%の走りをするのは難しいと言わざるを得ません。90%台の走りでフェスタッペンに近づかなければならないという難しい環境下ではあるとは思います。

 それでも残り10戦で、角田選手にチャンスは何度か訪れるはずです。そこで結果を出すためにはエンジニアとのコミュニケーションが大事なポイントになってくる。そこをしっかりと詰めて、後半戦に臨み、チャンスをつかみ取ってほしいです。

中編につづく

【プロフィール】

中野信治 なかの・しんじ/1971年、大阪府生まれ。F1、アメリカのカートおよびインディカー、ルマン24時間レースなどの国際舞台で長く活躍。現在は豊富な経験を生かし、ホンダ・レーシング・スクール鈴鹿(HRS鈴鹿)のエグゼクティブダイレクターとして、国内外で活躍する若手ドライバーの育成を行なう。また、DAZN(ダゾーン)のF1中継や毎週水曜のF1番組『WEDNESDAY F1 TIME』の解説を担当、2025年夏、世界中で大ヒットしたブラッド・ピット主演の映画『F1 / エフワン』の字幕監修も務めた。