広陵に見る禁欲的環境が生み出す暴力…スポーツ推薦入学者ゼロで全日本大学初出場・8強に導いた監督に聞く野球改革
広陵高校の暴力問題。10年前の2015年に同校野球部に所属していた男性を取材すると、上級生からの制裁は「雨天」という隠語が使われていたことを明かした。さらに携帯の使用禁止、テレビ視聴や外出の制限などが伴う寮生活を「刑務所」と表現した。
今夏、被害者の保護者がSNSで伝えたのをきっかけに高校野球の闇があぶり出されたかたちだが、その課題解決の方法をスポーツ指導の現場や暴力について取材してきたジャーナリストの島沢優子さんが、鹿屋体育大学野球部の藤井雅文監督に取材した。

鹿屋体育大学野球部で指導中の藤井監督 写真提供/藤井雅文
「成長率ナンバーワン」を掲げる取り組み
藤井監督は2023年全日本大学野球選手権大会において、創部41年で初出場ながらベスト8に導き、しかもこの快挙を「スポーツ推薦入学者ゼロ」で成し遂げている。この「成長率ナンバーワン」を掲げる取り組みを、先ごろ刊行した拙書『叱らない時代の指導術 主体性を伸ばすスポーツ現場の実践』(NHK出版新書)で書かせてもらった。
――さまざまなことが制限された禁欲的な環境がチーム内にストレスを生み、それが上級生による下級生いじめなどの問題行動につながるのではないかと考えます。いかがでしょうか。
藤井:まさに共感します。野球に集中させるという名目で制限をつけるのでしょうが、そうやって閉じ込められた環境にしてしまうがゆえに生徒が暴走してしまう可能性はあると思います。
――いまだに携帯禁止の野球部は他にもあるのでしょうか?
藤井:大学生は聞きませんが、高校生は聞いたことがありますね。規制すれば、隠れて使いがちです。そうなれば、指導する側はまたそこに目くじら立てて怒らなくてはならない。怒られるから隠そうとします。本来なら、携帯を使って情報をうまく処理するリテラシーを高校生から身につけなければいけないのですが。

携帯電話の使いすぎは大人も子どもも良い事ではないが、情報をきちんと利用する方法を知る必要もある Photo by iStock
「自分の求心力がなくなる」
――本当ですね。18歳選挙権は2016年からスタートしています。社会を知るためにも情報入手の手段でもあるスマホは必要なはずです。過度に管理してしまうのは、指導者が生徒を信用していないからでしょうか?
藤井:以前講演で指導者の方と話をさせていただいたとき、皆さん言われたのは「藤井さんの考えとかやり方はすごく共感できる。けれど、それをやってしまうと自分の求心力がなくなる」とおっしゃっていました。
――求心力がほしいのですね。ミニバスケットボールの監督さんが「子どもに主体性や自由を与えたら、自分がなめられるんじゃないか、言うことを聞かなくなるんじゃないか」と迷ってらっしゃいました。自分が生徒のこころを引き寄せられる、常に求められる存在でありたいということですね。
藤井:そういうことですね。したがって、選手が指導者の意見を聞かなくなることを恐れて情報を遮断する傾向があるのではないでしょうか。ネットやSNSからは、いろんな指導法や練習法を入手できます。それを生徒が勝手に自分でやってしまうとか、こうやれって言ったことを「いや、監督は間違ってます」と言われたり、「監督、アップデートできてないな」と思われることを恐れているような気がします。
野球に暴力が多い理由は
――高校生くらいなら自立を促さなくてはいけないし、指導者と意見交換できるコーチアビリティ【注1】を生徒が植え付けられる環境にしてほしいです。「閉じた環境」から、もっと「開いた環境」にしなくてはいけませんね。広陵でもそうでしたが、多くの競技の中でも野球は下級生いじめが目立つような気がします。なぜだと思われますか?
【注1】「コーチアビリティ」指導者の説明がすべて理解できなければ「ここがわかりません」と正直に言える。自分の考えを表現し、指導者と建設的な対話ができる選手の能力を指す。
藤井:日本の野球はその競技特性上、指導者が一球一球介入する側面があります。右向け右という軍隊みたいな文化です。昔は教育的にそういう人材を作ろうという社会の流れが野球とマッチングしていたと思うんです。ところが今はそういう学生を育てても社会で活躍できません。であれば、私たち指導者は育成方法を時代に合わせなければなりません。昔ながらのやり方の人もいる一方でそこから脱却した指導者もいるので、最近は昔に比べると自分で動けるような学生が増えてきたと感じます。

指揮官の「命令」が絶対だという指導からの脱却が必要だ 写真提供/藤井雅文
チーム内で理不尽な不平等をつくらないこと
――大学には、高校で下級生いじめなどの厳しい環境にいた学生も入ってきますよね?監督の大学でそういったトラブルはないですか?
藤井:まったくないですね。やはり、人間、置かれた環境によって変わっていくので。うちの大学は上級生がチーム運営のための仕事を率先して行います。準備したり片付けしたりとか、いろんなイベントを企画したり。基本的に上級生が動きます。そうすると、上級生は「今年の下級生の動きは良くないです」と言う。これ、毎年なんです。毎年言うのが恒例で(笑)。そこで「いや、あなたたちもそうだったよ。先輩にそう言われてたよ」って話すんです。
――下級生は上級生の姿を見て学んで動けるようになっていくんですね。それが野球部の伝統というか文化になるんですね。大学選手権で常に優勝争いをしている帝京大学ラグビー部と同じですね。上級生が雑用などを率先してやっていました。
藤井:そんなイメージですね。つまり、そういった環境に入ってしまうと、別にルールを破ったから痛めつけようみたいなそんな発想は一切ない。上級生は「僕らの背中を見て学んで」と伝えます。とにかくチーム内で理不尽な不平等をつくらないこと。そうすれば選手が成長し続ける環境をつくることができます。
「部員の人数過多」になる背景
――「不平等」から「対等な関係性」へ、人的環境を変えることが重要ですね。もうひとつ、部員の過多問題があります。これは野球に限りませんが、チームに150人から200人近い部員が在籍する高校が少なくありません。まるで学校から決められているかのように毎年人数が同じだったりします。私立の高校では運動部活動が”定員を埋めるため”のひとつの仕掛けになっています。これは大学でも同じことが言えます。
藤井:人数問題はさまざまな問題の根源だと感じます。大学も同じ課題があります。ただ、高校や大学が人数を絞るとなれば、つぶれる学校が出てきます。まずはそこの環境整備というか、私たちの手でできることがあると思っています。
――鹿屋体育大学野球部も年々入部希望者が増加して、部員が101人になったと聞きます。どのような環境整備でしょうか?
藤井:全部で3つあるのですが、1つは人数制限です。例えば、球場(練習場)1つにつき、練習できるのは30人まで、そこには必ず指導者1人以上みたいな規制をする。2つめは、1校から複数のチームを出場させる制度をつくることです。
学生野球に登録したら社会人リーグに参加できない
――例えばサッカーは中学生、高校生、大学生のすべてのカテゴリーの選手が社会人リーグに参加できます。でも、野球は学生野球に登録した選手は社会人クラブのリーグに参入できません。
藤井:そうなんです。そこを変えられないかと思って動いてはいます。例えば、うちであれば1年生を中心とした下級生チーム、神宮で勝利を目指す大学野球チーム、クラブ選手権出場を狙うクラブチームの3チーム作れたら、それぞれに試合の出場機会も生まれます。そうなれば、個々が成長できる環境になるはずです。
――3つめは?
藤井:ディビジョン制の導入です。リーグ戦にして、それぞれの力に合ったリーグを戦う。1校から何チーム出てもいい。そうすれば公式戦を経験できない選手はいなくなります。みんなに出場機会があって充実した野球生活を送れる仕組みをつくれたらと考えています。

一つの部活から多くのチームがそれぞれの公式戦に出られるチャンスを作れたら、指導法も変わるはず。写真は試合中の鹿屋体育大学野球部 写真提供/藤井雅文
――素晴らしいですね。数的環境を変えるわけですね。チームを複数にすれば、全員が公式戦を目標にして野球生活を送れます。そうするなかで、遅咲きの高校生や大学生が生まれる可能性は高くなります。
藤井:そういうことです。昔と違って、今は甲子園やNPBだけでなくMLB(メジャーリーグ・ベースボール)を目指している子どもたちもいます。活躍する日本人選手が増えつつある今、その傾向はさらに進むはずです。
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環境を整えれば、もっと多くの人材を育成できるはずだ。そこに広陵高校も注目してほしい。また同校は出場辞退の理由に、SNSで脅かされた「生徒の安全確保」を挙げた。その点を本当に重視するのであれば、野球部員らに対しても安心安全で豊かなプレー環境を提供するべきだし、過去はどうだったのかを真摯に追及すべきではないか。
広陵問題が、高校野球が変わるターニングポイントになることをこころから祈りたい。