「気づけば、自分がおいてけぼり」…嵩の背中を押し続けたのぶが、ひとり立ち止まった朝【あんぱん第103回】

『あんぱん』第103回より 写真提供:NHK

日本人の朝のはじまりに寄り添ってきた朝ドラこと連続テレビ小説。その歴史は1961年から64年間にも及びます。毎日、15分、泣いたり笑ったり憤ったり、ドラマの登場人物のエネルギーが朝ご飯のようになる。そんな朝ドラを毎週月曜から金曜までチェックし、当日の感想や情報をお届けします。朝ドラに関する著書を2冊上梓し、レビューを10年続けてきた著者による「見なくてもわかる、読んだらもっとドラマが見たくなる」そんな連載です。本日は、第103回(2025年8月20日放送)の「あんぱん」レビューです。(ライター 木俣 冬)

テレビ出演までする嵩は「元気100倍」

のぶの元気はだんだんなくなっていく

 ある日、健太郎(高橋文哉)が訪ねて来て、嵩(北村匠海)に漫画の先生としてテレビに出てほしいと頼む。漫画でヒットを出していないのに気が進まないが、他ならぬ健太郎の頼みとあっては仕方ない。

「がんばりんしゃい」「しゃいしゃい」と調子のいい健太郎に押し切られてしまう。健太郎はテレビ局に入ったからか襟足が長くちょっとチャラっと見える。

 そして、NHKの「まんが教室」の放送日。のぶ(今田美桜)、蘭子(河合優実)、メイコ(原菜乃華)、愛(岡本望来)、花(戸簾愛)がテレビを固唾をのんで見守る。生放送で嵩は緊張してしまって、せっかく絵描き歌も考えたのに、得意な漫画も上手く描けず、グダグダになってしまう。

「嵩おじちゃん失敗の巻〜」と子どもたちは大笑い。

 夜、とぼとぼ帰ってきた嵩に愛と花は「おもしろかった」と無邪気に言う。

「2人に言われたら元気100倍だね」と嵩は言うが、全然元気がなさそうだ。

 久しぶりに出た「元気100倍」。第13回(4月16日放送)ですでに嵩は言っていた。これは『アンパンマン』でおなじみの名台詞である。

 生放送は失敗だったがみんなほのぼの。でも、ひとりのぶだけが浮かない顔をしていることに蘭子は気づいていた。

 会社をやめてからのぶは元気がない。終日、家にいて嵩の鉛筆を削るくらいしかすることがなくなっている。主人公がここまで見せ場がないなんて、なかなか斬新なドラマだ。

再登場のコン太はたまご食堂を作る

それは、あの戦争を忘れない想い

 嵩が帰宅する前にのぶに電話がかかって来ていた。電話に出たときののぶのアップの角度が美しい。電話の主は羽多子(江口のりこ)。

 羽多子もテレビを見ていたのだ。娘たち全員、東京に出して羽多子はひとりで御免与町に住んでいる。孫もずいぶん大きくなっているから羽多子もこの当時だと隠居の頃ではないかと思うし、この時代は『サザエさん』のような三世代同居が当たり前のような印象だけれど、のぶたちに生活費を送ってもらっているのだろうか。

 羽多子はなつかしい人を連れて来ていた。

 コン太(櫻井健人)だ。

 朝ドラあるある、ドラマの終盤になると、懐かしい人たちが再登場する法則がここのところ続々発動している。

 コン太は、千尋(中沢元紀)のラジオを東京に持ってくる手伝い。羽多子がこのラジオはここにあったほうがいいと言う。ラジオ、随分、長持ちだ。

 コン太は朝田家の敷地に食堂を作ると言う。その名は――

「たまご食堂」。

 これもまた、中盤の物語にゆかりあるものだった。

 すぐにピンとくる嵩。戦時中、空腹で、中国人の家に押し入ったとき、女性がゆで卵を恵んでくれた(第58回)。殻ごと頬張ったあのたまごの味が忘れられなくて、いつか恩返しをしたいと思っていた。

 そこで、食堂では困った人が来たら食事を提供したいと考えている。

 戦地でゆで卵を差し出されるエピソードを中園ミホは1年半以上前――第1週を書き始める頃から書きたいと言っていたそうだ。

「日本兵が地元民の民家に押し入ったとき、追い返されるのではなく食料を差し出してくれる。そのとき、日本兵はどう思うのか、それを私は書きたいですと。それだけ中園さんが思い入れたシーンで、役者陣もそれに応えて現場ですばらしい演技をしていました」と倉崎憲チーフプロデューサーはインタビューで語っていた。

『あんぱん』は戦争と切っても切れない物語なのだ。

「みんな自分の夢を追いかけてちゃんと夢をつかんだ。

うちは…何しよったがやろ」

 頼りなさげだったコン太が戦争体験を経て、社会に貢献する仕事を見つけた。

 羽多子も手伝うという。彼女は高齢者だって子どもに世話にならずとも自立できることを示している。

 ふわふわ「綿あめみたいな女の子」(by蘭子)だったメイコは、すっかりしっかり2児の母になった。蘭子は筆一本で自活している。

「みんな自分の夢を追いかけてちゃんと夢をつかんだ。うちは…何しよったがやろ」

 のぶだけ自分には何もないと肩を落とす。

 そのときちょうど、嵩の『まんが教室』がはじまった。人気が出たようで、子どもたちの人気者になっていた。その姿を見るのぶの表情は複雑だ。

 嵩の漫画のおもしろさの唯一の理解者で、ずっと応援してきて。テレビに出るのも、子どもたちに教えたら得ることもあると背中を押していた。気づけば他人のことばかり考えていて、自分がおいてけぼり。

 なにしろ、子どものために働きたいと思っていたのはのぶのほうである。子どもが好きで教師になって、戦災孤児のことが気になって代議士秘書になった。ああ、それなのに、それなのに、いま、のぶは鉛筆を削ってばかりいる。切ない。

 ちなみに、『まんが学校』は、NHKのサイトによると、1964~66年度作品で「漫画家のやなせたかしが“先生”を、落語家の立川談志が司会を務め、子どもたちが笑いのなかで社会科的知識を身につけていくクイズ番組。毎週、子どもたちをスタジオに招き、漫画の描き方を練習したりクイズを解いて楽しんだ。総合(月)午後6時からの25分番組」

 立川談志がドラマでは立川談楽となっている。演じた立川談慶は名前を立川談志につけてもらった直弟子。

フォトギャラリー

主なシーンより

第21週(8月18日〜22日)

「手のひらを太陽に」あらすじ

いせたくや(大森元貴)は嵩(北村匠海)が書いた詩を読み、メロディーをつけ始める。そうして生まれた「手のひらを太陽に」は、「みんなのうた」でも紹介され、子どもたちにも広く歌われるようになる。作詞家としてはヒット作が出た嵩だったが、肝心の漫画は未だに鳴かず飛ばず、漫画家として壁にぶち当たっていた。

連続テレビ小説『あんぱん』

作品情報

連続テレビ小説「あんぱん」。“アンパンマン”を生み出したやなせたかしと暢の夫婦をモデルに、生きる意味も失っていた苦悩の日々と、それでも夢を忘れなかった二人の人生。何者でもなかった二人があらゆる荒波を乗り越え、“逆転しない正義”を体現した『アンパンマン』にたどり着くまでを描き、生きる喜びが全身から湧いてくるような愛と勇気の物語です。

【作】中園ミホ

【音楽】井筒昭雄

【主題歌】RADWIMPS「賜物」

【語り】林田理沙アナウンサー

【出演】今田美桜 北村匠海 江口のりこ 河合優実 原菜乃華 高橋文哉 大森元貴 妻夫木聡 松嶋菜々子 ほか

【放送】2025年3月31日(月)から放送開始