もう「やられたらやり返す」部隊じゃない――概算要求に見る陸上自衛隊の“変貌”
どんどん伸びるミサイルの射程距離
防衛省が2025年8月29日、令和8(2026)年度予算の概算要求を発表しました。ここで重点が置かれている項目から、陸上自衛隊のあり方が大きく変わることを見て取れるのではないかと筆者(竹内 修:軍事ジャーナリスト)は思います。
【画像】陸上自衛隊のイメージ(画像:陸上自衛隊)。

陸上自衛隊のイメージ(画像:陸上自衛隊)。
日本政府が2022年12月に策定した防衛力整備計画では、「スタンド・オフ防衛能力」「総合ミサイル防衛能力」「無人アセット防衛能力」「領域横断作戦能力」「指揮統制、情報関連機能」「機動展開能力」「持続性・強靭性」の7項目を重点的に整備する方針を定めています。今回発表された概算要求でも7項目については重点的に予算要求が行われています。
敵の防空システムなどがカバーする範囲の外側、それも出来る限り遠方から攻撃できる「スタンド・オフ」防衛能力については、12式地対艦誘導弾能力向上型(地発型)と、島嶼防衛用高速滑空弾、極超音速誘導弾と地上装置等の取得費として、2465億円が要求されています。
現在の陸上自衛隊も、万が一侵略を受けた場合、侵略勢力の輸送船などを撃破して上陸してくる部隊の数を減らす目的で12式地対艦誘導弾などの対艦ミサイルを保有しています。取得費が計上された12式地対艦誘導弾能力向上型は、これまで陸上自衛隊が運用してきた対艦ミサイルの最大射程が200km程度だったのに対して、まずは最大射程900km程度で実用化して、将来的には1500km程度を目指すと報じられています。
また島嶼防衛用高速滑空弾、極超音速誘導弾とも、これまで陸上自衛隊が保有してきた対艦ミサイルに比べて飛翔速度が高く、迎撃が困難になっています。
ヘリを置き換える無人機に「+α」の能力を
スタンド・オフ防衛能力で整備される、長射程ミサイルや高速で飛翔するミサイルを有効に機能させるためには、攻撃目標を早期かつ正確に探知する能力が必要です。そこで、前に述べた防衛力整備計画では、現在陸上自衛隊が運用しているOH-1観測ヘリコプターとAH-1S対戦車ヘリコプター、AH-64D戦闘ヘリコプターを段階的に全廃して、「多用途無人機」という名称のUAS(無人航空機システム)に置き換える方針を定めていました。
【画像】バイラクタルを製造するバイカル・テクノロジーズを訪問した2023年当時の鈴木量博トルコ大使(左)。バックは無人ステルス戦闘機「バイラクタル・クズルエルマ」(画像:在トルコ日本国大使館)

バイラクタルを製造するバイカル・テクノロジーズを訪問した2023年当時の鈴木量博トルコ大使(左)。バックは無人ステルス戦闘機「バイラクタル・クズルエルマ」(画像:在トルコ日本国大使館)
陸上自衛隊はこの方針に則り、2023年8月に多用途無人機の調査を行う企業を選定する一般競争入札を行い、トルコのバイカルが開発した「バイラクタルTB2S」と、イスラエルのIAI(Israel Aerospace Industries)が開発した「ヘロンMk II」の調査を行っています。
この時点での多用途無人機は、敵地上部隊の情報収集と敵の地上部隊への攻撃という、OH-1、AH-1S、AH-64Dが担当している任務を単純に継承すると考えられていました。しかし今回、取得費が計上された「UAV(広域用)」は、おそらく調査が行われた多用途無人機と同一のものと思われますが、“水上艦艇等を遠距離から探知する能力”も求められています。
複数のメディアは、防衛省・自衛隊がバイラクタルTB2Sを購入することを検討していると報じています。ウクライナが運用しているバイラクタルTB2Sの原型機であるバイラクタルTB2は、ロシア海軍の艦艇に対するミサイルや無人装備での攻撃の際の目標情報収集でも有用性を実証していますので、この点が評価されてバイラクタルTB2Sの導入が有力視されているのではないかと思います。
陸自“海”にも進出…つまり?
令和8年度概算要求では、令和9(2027)年度中に各種無人防衛装備品(アセット)を組み合わせた多層的沿岸防衛体制「SHIELD」(Synchronized, Hybrid, Integrated and Enhanced Littoral Defense)を構築するための経費として1287億円が計上されています。
【画像】護衛艦「いせ」で初の洋上発着艦訓練を行う陸上自衛隊のV-22「オスプレイ」。陸海の連携も深まっている(画像:海上自衛隊)。

護衛艦「いせ」で初の洋上発着艦訓練を行う陸上自衛隊のV-22「オスプレイ」。陸海の連携も深まっている(画像:海上自衛隊)。
SHIELDは10種類の無人アセットを組み合わせた防衛体制ですが、この中には従来であれば海上自衛隊の担当領域であった海で活動する、陸上自衛隊の小型多用途UUV(無人潜水艇)と、小型多用途USV(無人水上艇)が含まれています。
このように、概算要求では遠距離から敵を探知する能力と、より長射程の迎撃能力に重点が置かれています。これが陸上自衛隊の“役割”を大きく変容させる要素なのですが、こうした傾向は陸上自衛隊に限ったことではありません。
たとえば、アメリカ海兵隊は中国の軍事的台頭などに対応するため、2020年に「フォースデザイン2030」という海兵隊の再編計画を発表し、その方針に則った再編が進められています。この計画は人員の大幅な削減や、戦車の全廃、有人航空機の削減を実施する代わりに、長距離対艦ミサイルとUASを増強するというものです。
この方針が継続されれば、アメリカ海兵隊は「敵対勢力に奪われた土地を奪還する軍隊」から、「奪われることを阻止する軍隊」に生まれ変わることになります。
陸上自衛隊の場合はロシアの脅威や大規模災害などへの備えも必要なので、アメリカ海兵隊のようなドラスティックな再編はできませんが、防衛力整備計画で進められている陸上自衛隊の戦力整備は、アメリカ海兵隊と同様に、奪われることを阻止する組織となることを目指しているのではないかと思います。
【ド迫力!】これが陸自の「射程1500キロを目指すミサイル」発射シーンです!(写真)