整形と夜職。作者の実体験を反映させたセミフィクション『人生もっとうまくやれたのに 港区女子の絶望と幸せ』著者インタビュー
『人生もっとうまくやれたのに 港区女子の絶望と幸せ』より
14歳の春に整形手術を初めて受けたことや、そこから何度も整形を繰り返したという実体験をつづったコミックエッセイ『14歳で整形した私』が話題を呼んだ漫画家のうみの韻花さん。
そんなうみのさんが新作のテーマに選んだのは東京都港区周辺で華やかなライフスタイルを送る女性たち「港区女子」でした。
うみのさん自身も、20歳で大学を中退して上京。役者を目指す中で生活費を稼ぐため、夜の仕事も経験していたとのこと。そんな実体験に基づいているからこそ、物語に登場する「港区女子」のリアルな内面や、華やかな世界の裏に潜む葛藤と絶望は、読んでいて苦しくなるほどのリアリティで描かれています。
本作について「つねに主人公と気持ちを一体化させて描いた」と語るうみのさん。壮絶だったという制作の裏側についてインタビューしました。
『人生もっとうまくやれたのに 港区女子の絶望と幸せ』あらすじ
物語の主人公は、田舎から大学入学を機に上京した女の子・美春。
『人生もっとうまくやれたのに 港区女子の絶望と幸せ』より
目に見えるものすべてが新鮮で、憧れの地・東京という舞台に立てたことに喜びを感じる彼女ですが、気がかりはお金のこと。「金銭面は自分で何とかする」と言って、親の反対を押し切って東京に来た手前、生活費はアルバイトで稼がなくてはなりません。
東京で華やかに暮らす、という目標はあるものの、実際の美春は日々のアルバイトで疲れ果て、さらに大学で裕福な同級生との経済格差に直面し、「もっとお金があれば」という不公平感を抱くようになります。
『人生もっとうまくやれたのに 港区女子の絶望と幸せ』より
大学2年生になったある日のこと、とある人物から「ギャラ飲み」の存在を教えてもらった美春は、飲み会に参加したり男性と食事に行ったりするだけでお金を稼げると知り、生活を楽にしたい一心で、挑戦してみることにします。
『人生もっとうまくやれたのに 港区女子の絶望と幸せ』より
そうして初めて参加した飲み会で、彼女は4時間で約2万円ものお金を手にすることに成功しました。いままでの苦労が報われたと喜ぶ美春。これからはお金のせいで我慢することもなく、行きたい場所に行って欲しいものが買えると喜びます。
『人生もっとうまくやれたのに 港区女子の絶望と幸せ』より
それは上京以来、まさに美春が望んでいたことだったからです。
『人生もっとうまくやれたのに 港区女子の絶望と幸せ』より
「お金がもっと欲しい」「キレイになりたい」
そんな欲望を抱えギャラ飲みにのめり込んだ美春は、就職活動をすることなく大学を卒業。
20代前半という若さと美しさをもつ美春は、それらを武器に本格的に「港区女子」への道を進み始めるのでした。
『人生もっとうまくやれたのに 港区女子の絶望と幸せ』より
しかし、彼女が踏み入れた世界は、楽しいことばかりではありません。ギャラ飲みの相手にも嫌な人物はいて、ときには自尊心を削られるような出来事にも遭遇します。そのたびに美春の心は傷付き、疲弊していくのでした。
『人生もっとうまくやれたのに 港区女子の絶望と幸せ』より
そうした生活を続けた美春は、25歳を迎えようとしていました。
「25歳は港区ではおばさん」
「一緒に卒業しよう?」
そう話す港区女子の仲間を前に、美春の心は揺れ動いていました…。
著者・うみの韻花さんインタビュー
――作品タイトルにある「絶望」と「幸せ」についてお聞きします。大学卒業後、就職しないという道を選んだ美春。その後、彼女が経験する「絶望」の描写で、特に力を入れたシーンや表現はありますか?
うみのさん:絶望する描写は、実は、私自身が絶望している姿を写真や動画に収め、それを見ながら描きました。 他にも、私自身の写真を元に描いたシーンは作中にたくさんあります。昔役者をやっていたこともあり、美春を「演じながら」撮影しました。
美春の祖母も、私の祖母がモデルです。美春と同じように、上京した私は自分の生活を優先するあまり、祖母の死に目に会えませんでした。これは今も一生後悔していることなので、それを思い出すと、動画で頭を抱えて絶望しているシーンを撮りながら涙があふれました。作中で絶望しながら泣いている美春の涙は、私が流した涙でもあります。
――執筆中に壁にぶつかったり、悩んだりしたことはありましたか? それをどのように乗り越えられましたか?
うみのさん:「港区女子」たちのファッションや身につけるブランド品の傾向など、細かく調べてたくさん描いたため、作画に思った以上に時間がかかってしまいました。
『人生もっとうまくやれたのに 港区女子の絶望と幸せ』より
また、作品中で美春が「闇落ち」していく場面では、私自身も精神的に追い詰められた状態にしたいと思いました。その方が迫力のあるものが描けるんじゃないかと考えたからです。それで、締め切り前は1ヶ月間外出せずに毎日15時間描いていました。常に主人公と気持ちを一体化させて描いたつもりです。
――読者の方に、この作品を通じてもっとも伝えたいメッセージは何ですか?
うみのさん:今していることや仕事が、自分の人生にとって本当に必要なもので、幸せに繋がるものなのか、もし人生に悩んで行き詰まってしまったら、たまには肩の力を抜いて、自分の人生とあらためて向き合ってみるのもいいんじゃないか、ということを伝えたいです。
本当に大切なものは、失ってからようやくその大切さに気づかされることが多いから、後悔しないためにも、読者の皆さんに本当の幸せを見つけてほしいと願っています。
『人生もっとうまくやれたのに 港区女子の絶望と幸せ』より
――今後、作品を通して描いていきたいことを教えてください。
うみのさん:今回の作品を読んでくださった方々から、ありがたいことに感想をいただくのですが、そのほとんどが「一気読みして涙を流した」というお声でした。私の作品によって、見知らぬ誰かの心を動かし、涙を流してもらうことができた…。それを聞くたびに、この作品を全身全霊で描き切って良かったと心から思います。ですので、今後も誰かの心に響くような、メッセージ性の強い作品を作り続けていきたいです。
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これは、若さと美しさという輝きを追い求めた美春が、その先に見た「絶望」と、そこから見出す「幸せ」の物語。うみの韻花さんが全身全霊で描き切った作品は、私たちに「本当の幸せとは何か」を問いかけます。
取材・文=山上由利子