“某氏”が降りてきた朝、嵩が走り出す――昭和の“ダジャレ”から始まる創作の夜明け【あんぱん第113回】

八木によろめきながら豪の形見を片付けない蘭子のふたつの心, 帽子をかぶって掃除するのぶにもらったインスピレーションが, あの手嶌治虫の電話を切ってしまう、嵩, フォトギャラリー、主なシーンより

『あんぱん』第113回より 写真提供:NHK

日本人の朝のはじまりに寄り添ってきた朝ドラこと連続テレビ小説。その歴史は1961年から64年間にも及びます。毎日、15分、泣いたり笑ったり憤ったり、ドラマの登場人物のエネルギーが朝ご飯のようになる。そんな朝ドラを毎週月曜から金曜までチェックし、当日の感想や情報をお届けします。朝ドラに関する著書を2冊上梓し、レビューを10年続けてきた著者による「見なくてもわかる、読んだらもっとドラマが見たくなる」そんな連載です。本日は、第113回(2025年9月3日放送)の「あんぱん」レビューです。(ライター 木俣 冬)

八木によろめきながら豪の形見を片付けない蘭子のふたつの心

 蘭子(河合優実)はのぶ宅の階下に引っ越した。

 豪(細田佳央太)の半纏をやっぱり壁に飾る。第113回で八木(妻夫木聡)といい感じになったようなのに、飾るかー。たまるかー。

 蘭子のテーマカラーはブルーで部屋もブルーに統一されているなか、半纏の藍色がうまくハマっている。

 新居で蘭子は、羽多子(江口のりこ)が作ったロールパンに、八木に開けてもらったいちごジャムをつけて食べる。

「甘い」

 この甘さは、新たな恋の味なのか。半纏の前でそんなことしていいのか。なかなか背徳感のある描写である。いや、でも、この背徳感こそ甘美でもあるだろう。

 それにしたってなぜ、こんなふうに蘭子を描くのか。ここだけが『あんぱん』の空気と異質すぎるほど湿度が高いのだ。その理由のヒントが、蘭子のテーマカラーである青にある。

 蘭子は『アンパンマン』のロールパンナちゃんがモデルとされている。ロールパンナは善悪二面性をもったキャラクター。『それいけ!アンパンマン』の公式サイトには「ジャムおじさんが いれた まごころそうと、ばいきんまんの いれた バイキンそうで、せいぎと あくの ふたつの こころを もった おんなのこ。メロンパンナちゃんの おねえちゃん」と説明がある。

 赤が善で青が悪(おおお、昨日の傘の配色がまさに赤と青。ミャクミャクを意識したわけではきっとない。そしてジャムが赤)。

 蘭子は悪の心は持っているように描かれてはいないが、初恋の人・豪を思い続ける純真さと、同時に、背徳の恋(不倫ではないが)に揺れる二面性を持っているのだろう。

 繰り返すが八木は妻子を亡くしているので不倫ではない。だが蘭子の豪への操が八木に傾く心を阻んでいる。

八木によろめきながら豪の形見を片付けない蘭子のふたつの心, 帽子をかぶって掃除するのぶにもらったインスピレーションが, あの手嶌治虫の電話を切ってしまう、嵩, フォトギャラリー、主なシーンより

帽子をかぶって掃除するのぶにもらったインスピレーションが

「自分の気持ちに正直に生きなさい」

 蘭子の様子の変化に気づいている羽多子は、娘の背中をそっと押す。

 このとき羽多子が力を借りたのは、亡き夫・結太郎(加瀬亮)の形見の帽子だ。それをかぶって、お父さんを自分がいかに愛していたか、すてきな夫との出会いがあってこれまで生きてこられたことを語る。

 ん? それじゃあ、亡くなった人を想い続ける派になってしまうのだが、そこでのぶ(今田美桜)。彼女は次郎(中島歩)と嵩(北村匠海)がいたからと言う。次郎の名前が出てホッとした。

 のぶは最初の夫を亡くしたけれど、嵩の魅力に気づいて再婚した。こういう生き方もある。

 豪との出会いがいまの蘭子を作っている、その事実は消えることはない。そして、いま、蘭子は羽多子とのぶ、どっちの選んだ生き方を選ぶだろうか。母のようにひとりの人のことだけ思って生きるか、のぶのように新たな心の支えを見つけるか。

 のぶが見つけたすてきな人――嵩。彼はのぶのすすめもあり、週刊誌の漫画懸賞に応募することにした。プロ・アマ問わずの募集だが、「一応プロだし漫画家歴だけはベテラン」(by嵩)なので受賞しなかったら恥ずかしい。のぶに「いごっそうになれ、嵩」と寛(竹野内豊)の似ていないモノマネで励まされるが、彼なりのプライドもあって、迷う。

 賞金をもらったら昔みたいに「かき氷とラムネ」をおごってと、のぶはねだる。戦前、嵩とのぶの幼い頃のきらきらした思い出の数々が、嵩を後押ししていく。

 それでもいつものパターンでなかなかいいアイデアが出ない。「こんなんじゃだめだ こんなんじゃだめだ こんなんじゃだめだ……」と碇シンジくんのように悩む日々。

 締め切りが迫る。のぶが帽子をかぶってリビングの掃除をしているのを見かける。

「お父ちゃんに願掛けをしている」のだという。これまでそんな習慣を1回も見せたことがないが、どうやら、ことあるごとに帽子をかぶってお祈りしていたらしい。いや、おおかた、その前の羽多子の帽子パフォーマンスに影響されたのだろうと思うのだが……。

 そのとき、嵩に何かが降りてきた!

 突如、頭のなかで、いろんな構想が膨らみだす。

 北村匠海は、インタビューでも、言葉数が多く、いろんなことが頭のなかで渦巻いているのだなと思うような喋り方をする。それが創作活動をしているときの嵩にはピッタリで、嵩のこういう場面をもっとたくさん見たかったと思うが、これから最終回までは、怒涛のごとく、作家・やないたかしの創作人生になっていくのかもしれない。

 嵩が思いついたのは――

八木によろめきながら豪の形見を片付けない蘭子のふたつの心, 帽子をかぶって掃除するのぶにもらったインスピレーションが, あの手嶌治虫の電話を切ってしまう、嵩, フォトギャラリー、主なシーンより

あの手嶌治虫の電話を切ってしまう、嵩

 正体がわからない、ひとりぼっちの「某氏(ぼうし)」。

 帽子から思い浮かんだ某氏。第113回は帽子が大活躍した。

 ついに、嵩の心のなかに出口を求めて渦巻いていたものが外へと出ていこうとしている。執筆に取りかかったとき、電話が鳴る。

 電話の向こうの人物は「手嶌治虫(眞栄田郷敦)」と名乗り、仕事を頼みたいと言う。だが嵩はいたずら電話だと思い込んで切ってしまう。ホンモノだったのに。

 手嶌はその頃、『火の鳥』を手掛けているようだ(デスクに原稿がのっていた)。

 手嶌の電話を切って執筆に勤しんだ嵩は、締め切り当日の朝、描きあげた。当日消印有効というやつであろう。

 なぜかのぶに描いたものを見せずに、封筒に入れて郵便局に向かってしまう嵩。まずはのぶに見せてあげてほしかった。

 なにはともあれ。この投稿から、嵩の人生が大逆転していくに違いない。手嶌治虫の電話もいいことがはじまる先触れであろう。やなせたかしの史実を知っていると、この投稿の行方も、手嶌治虫の電話も、ああなってこうなって……とわかるのだが、ここには記さずにおこう。

 ここまで、これほどうじうじと悩み続けた分、あと1カ月はやないたかしの大活躍を見たいものだ。

 今朝の『あさイチ』では博多華丸が某氏=帽子のダジャレに厳しい目を向けていた。昭和40年代のセンスだからそこは目をつぶってあげてほしい。とはいえ、やないたかしの描く漫画=やなせたかしの漫画をいま見ると、正直、何がおもしろいのかよくわからないものが多く、華丸の意見にもナットクがいくのだ(この漫画たちをおもしろく見ている人にはごめんなさい、私のセンスがないのです)。

 ハイブロウなナンセンスとかでもなく単純に笑いどころがわからない。余計なお世話だがやっぱり詩とメルヘンのほうが似合っている気がする。

八木によろめきながら豪の形見を片付けない蘭子のふたつの心, 帽子をかぶって掃除するのぶにもらったインスピレーションが, あの手嶌治虫の電話を切ってしまう、嵩, フォトギャラリー、主なシーンより

フォトギャラリー、主なシーンより

八木によろめきながら豪の形見を片付けない蘭子のふたつの心, 帽子をかぶって掃除するのぶにもらったインスピレーションが, あの手嶌治虫の電話を切ってしまう、嵩, フォトギャラリー、主なシーンより

第23週(9月1〜5日)

「ぼくらは無力だけれど」あらすじ

ラジオドラマ『やさしいライオン』は、放送後大きな反響を得るが、嵩(北村匠海)は登美子(松嶋菜々子)の反応が気になっていた。のぶ(今田美桜)から事情を聞いた羽多子(江口のりこ)は、登美子を柳井家に連れてきて…。数日後、週刊誌の漫画懸賞の募集要項を目にした嵩は、のぶの勧めもあり挑戦することに。嵩はこれでダメだったら漫画家をやめると宣言し…!?

連続テレビ小説『あんぱん』

作品情報

八木によろめきながら豪の形見を片付けない蘭子のふたつの心, 帽子をかぶって掃除するのぶにもらったインスピレーションが, あの手嶌治虫の電話を切ってしまう、嵩, フォトギャラリー、主なシーンより

連続テレビ小説「あんぱん」。“アンパンマン”を生み出したやなせたかしと暢の夫婦をモデルに、生きる意味も失っていた苦悩の日々と、それでも夢を忘れなかった二人の人生。何者でもなかった二人があらゆる荒波を乗り越え、“逆転しない正義”を体現した『アンパンマン』にたどり着くまでを描き、生きる喜びが全身から湧いてくるような愛と勇気の物語です。

【作】中園ミホ

【音楽】井筒昭雄

【主題歌】RADWIMPS「賜物」

【語り】林田理沙アナウンサー

【出演】今田美桜 北村匠海 江口のりこ 河合優実 原菜乃華 高橋文哉 眞栄田郷敦 大森元貴 妻夫木聡 阿部サダヲ 松嶋菜々子 ほか

【放送】2025年3月31日(月)から放送開始