『あんぱん』妻夫木聡「戦争が終わって<生きるとは何か>を自問している」八木のベースになった役は…
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【写真】子どもたちの前で笑顔を見せる八木
八木は天邪鬼な男
<戦後の東京で八木と嵩は再会を果たした。八木は、闇酒を売ったお金で戦災孤児に食べ物を与え、本の読み聞かせをしていた。ニヒルな様子は相変わらずだが、子供たちと接したときには、きらめくような笑顔を見せる>
久々に嵩の姿を見たときは、率直にうれしかったです。台本には「おどろきもせず」と書いてありましたが、八木は天邪鬼な男なので、再会できたうれしさを表現できなかったけれど、嵩の変わらない部分がうれしかったのだと思います。
おっちょこちょいなところも含めて嵩は人間味があって、一目でわかるピュアなところもある。嵩のような人間が世の中を明るくしてくれるという期待がありました。
八木はすごく嵩のことを冷静に見つめています。一見厳しくはあるのですが、彼の才能や人間性をしっかりと認めることができるキャラクター。陰で支える八木の姿勢に僕もすごく共感できました。
のぶと嵩がうらやましい
<終戦後の八木は、戦友だった嵩の人生相談に乗るだけでなく、のぶの悩み相談にも応じていた。第87回では、嵩に対し、「俺の屋台には人生相談所の看板が出ているのか」と言いながらも親身に話を聞いていた>
八木は一見ツンケンしているけれど、言っていることは意外と正しい。のぶも嵩も、八木が一番自分たちのことを見てくれていると分かっているからこそ頼る。八木も「来るな」とは言いませんから、2人とのバランスがいいのだと思います。
(『あんぱん』/(c)NHK)
のぶと嵩の夫婦を見ているとうらやましいです。嵩はずっとのぶを好きだった。純愛ですよね。それに勝るものはないと思うんです。当時はお見合いが多かっただろうし、のぶの母親の羽多子さんのようにお見合いで結婚して、それから愛を育んでいくという形もあった。
でも、嵩のようにあんなにずっと思っていた恋が成就したというのがいちばんいいですよね。何をやるにしても、お互いのことを分かりあっている。そこから恋愛がスタートしていくって毎日ドキドキしますよね。見ていてほほえましい、誰もが応援したくなる夫婦じゃないでしょうか。
のぶ役の今田美桜さんとはCMでも共演中ですが、『あんぱん』の現場では、その話は一切しないようにしています。あくまで八木を演じている妻夫木聡でいようと思って、一切CMのことは話していません。
でも、不思議なんです。すべての俳優に言えることかもしれませんが、現場現場で顔が変わる。『あんぱん』の現場では、初めて見る美桜ちゃんの顔をずっとしている。それは、のぶとして成長している、のぶとして生きてきたということなんだと感じています。初めて一緒に撮影したときに「もうのぶだね」と言ったら「えっ」と返されましたけど。(笑)
完全に今田美桜じゃなくてのぶになっている。このドラマが終わったら、本当にまた一皮むけてさらに素晴らしい女優になっているんじゃないかと思います。『あんぱん』が終わった後の美桜ちゃんが楽しみです。
命の重さを感じて
<1946年、昭和南海地震が発生する。高知の家族や嵩の安否がわからず、心配するのぶに対して、八木は「失って初めて気づくこともある」と告げた。なかなか背景が明らかにならなかった八木だが、第102回では出征中に福岡の空襲で妻子を失ったことが明かされた>
八木は戦争中に家族を亡くしています。命を失ったからこそ、気づいたことが八木自身相当あるのだと思います。だからこそ、目の前にある命の重さを特に感じている。自分が少しでも犠牲になって助けてあげられるなら、いくらでも犠牲になるという思いがあるんじゃないですかね。
(『あんぱん』/(c)NHK)
当時は今と違って、生きる中でやるべきことがはっきりしている。日々生きていくためには食べるものが必要で、食べ物を買うためには働かないといけなかった。闇酒を売ることを働くという言い方をするのは少し違うかもしれませんが、目の前に生まれたものに対して何ができるのか、ということをすごく考えたんじゃないかな。
今はいろいろなことができる。今日は一杯飲みに行こう、明日は遊園地に行こう、と選択肢がある。休みがあって、働く日があって、社会のルールもある。でも当時は、選択肢はないけれど、目の前にやるべきことがはっきり見えていたと思います。やりたいか、やりたくないかだけの話で。
八木は目の前にやるべきことがあったら動きたいと思う人間だった。善意かどうかも考えずに自然に動いていたと思います。今を生きている僕たちからすると、八木はめちゃくちゃいい人に見えるかもしれませんが、八木にとっては普通のことかもしれません。
嵩は周囲も輝かせる
<史実では、やなせたかしさんの初の詩集「愛する歌」をきっかけにサンリオは出版部門を立ち上げた。愛する歌は大ヒットを記録。やなせさんはサンリオで絵本の執筆も始める>
八木が、「サンリオ」の創業者の辻信太郎さんがベースになった役ということは聞いていました。オファーをお受けしてから、サンリオ本社にお邪魔させていただいたんです。辻さんからいろいろお話を伺い、すごく愛にあふれた方だと感じました。やなせさんとお会いしたときのお話も伺って、背筋がピンと伸びるような思いになりました。
戦争が終わって八木自身も、誰かを幸せにすることが自分の喜びにつながるようになってきたところもある。嵩とは違ったやり方で、八木なりに「生きるとは何か」を自問している。八木なりの答えを探していると思っています。
(『あんぱん』/(c)NHK)
静かだけれど本質を見極められる目を持っているのが八木の魅力です。無駄を省いてあるべきものと向き合おうとしているストイックさや繊細さが僕はすごく好きですね。失ってきたものも多くて彼が生きている世界はすごく孤独だけれど、どこか憧れる部分があります。
八木がこの先どうなるか、僕も楽しみにしています。この先、どうやって嵩と一緒に本を出版していくのか、想像もつかないところがありますが、かえって楽しみにしていますね。
嵩は周りに迷惑をかけているようで、嵩の周りの人がどんどん輝いていく。嵩を通して世の中がどんどん明るくなるし、嵩を支える周囲の人たちも生きがいをみつけていく。人間って不思議ですよね。