蘭子は知性、メイコは俗っぽさ…じゃあ“のぶ”は何を背負ってる?【あんぱん第106回】

『あんぱん』第106回より 写真提供:NHK
日本人の朝のはじまりに寄り添ってきた朝ドラこと連続テレビ小説。その歴史は1961年から64年間にも及びます。毎日、15分、泣いたり笑ったり憤ったり、ドラマの登場人物のエネルギーが朝ご飯のようになる。そんな朝ドラを毎週月曜から金曜までチェックし、当日の感想や情報をお届けします。朝ドラに関する著書を2冊上梓し、レビューを10年続けてきた著者による「見なくてもわかる、読んだらもっとドラマが見たくなる」そんな連載です。本日は、第106回(2025年8月25日放送)の「あんぱん」レビューです。(ライター 木俣 冬)
平和な時代が続くといいな
そんな時代に求められるヒーローとは
第22週『愛するカタチ』(演出:柳川強 日高瑠里)のはじまりは昭和39年(1964年)10月。のぶ(今田美桜)、嵩(北村匠海)、東京オリンピックをテレビで見ている。国と国がスポーツで実力を競う、暴力のない清々しい闘いだ。
のぶ「これが平和というものながやね」
嵩「ずっと続くといいな」
蘭子「でも昨日まで普通やったのが突然はじまる。それが戦争やき」
戦争を体験した3人がしみじみと言う。
それぞれのキャラが出ているセリフだと思うが、蘭子(河合優実)のセリフを主人公に言わせてあげてほしいと思ったのだが、主人公の役割はこの回、ほかにある。焦らず、ゆっくり見ていこう。
あっという間に昭和41年(1966年)4月。嵩は第105回で描いたあんぱんを配る太ったおじさんキャラを温めていた。いせ(大森元貴)と健太郎(高橋文哉)にその絵を見せるが「おじさんですね」といせの反応は薄い。
「かっこ悪いヒーローがいたっていいじゃない」と嵩は思うが、健太郎は「ヒーローはかっこいいもんち決まっとろう」と主張する。
帰宅すると、のぶがトンカツを揚げていた。嵩の描いたキャラを気に入ってくれているのはのぶだけだ。
トンカツを揚げているのぶの立つキッチンの窓から光が差し滲んだように見える。レンズフレアと呼ばれる現象だ。
嵩は思わずノートに書き留める。
「僕は愛するあなたを 君を。トンカツを」
のぶの存在が嵩にインスピレーションを与えている。これこそがのぶの主人公としての役割だろう。
のぶがトンカツを揚げているところはSE(効果音)のみで表現。調理シーンをほとんど出さない分、出しておぼつかなくなるくらいなら音でカバーするぜ、という工夫を見た。
嵩、メイコに口止め
再び、浮気疑惑発生
「日付のない日記」のようなものを書き留めている嵩。「日付のない日記」というワードからして詩のようだ。
詩なの、漫画なの、どっちなの?
第101回のレビューにも書いたが、『詩集 愛する歌 第一集』(72年)でやなせは「ボクは漫画と詩というものを全く同一次元で考えています。ふたつともわかりやすく、人生を楽しくする為に役立つものでなければならないはずです」と書いている。
現在、漫画といえばコマ割りしたストーリー漫画しか思い浮かばないが、やなせたかしは、詩漫画、あるいは漫画詩のような、独自の表現を目指していたのかもしれない。
令和のいま、スマホで読む縦スクロール漫画も生まれていることから、漫画のカタチもいろいろ変化するということであろう。
ただ、昭和40年代はストーリー漫画の時代。登美子(松嶋菜々子)はのぶにお茶をたてながら、「オバケのQ太郎」や「リボンの騎士」など空前の漫画ブームのなかで、嵩はいつになったらこういう漫画と肩を並べる漫画家になるのか、と半ばあきらめ顔。彼女は売れている作詞のほうで活躍してほしいのだ。
ここで例に挙げられている漫画に注目してみよう。
Q太郎は主人公だがかっこよくは全くない。リボンの騎士のサファイアは、凛々しい王子さまの姿をした女性である。かっこいいヒーローが主人公の漫画もこの時代、いくらでも存在していたと思うが、あえてカッコ悪い主人公とジェンダー先取り主人公を挙げているのだ。
その頃、嵩は、例の喫茶店で女性編集者と打ち合わせをしていた。そこでメイコ(原菜乃華)と会うと、嵩は彼女にのぶには言わないでほしいと頼む。当然、メイコは、訝しむ。
それから日が経過して、のぶの誕生日。蘭子とメイコがあんぱんで祝う。蘭子は山登り用の帽子(三星百貨店で買っている!)、メイコは彼女がフランス刺繍したハンカチをプレゼント。
メイコは専業主婦で昼間、ヒマなので刺繍を趣味にしている。いい趣味と言われるが、ヒマを持て余しているようだ。健太郎は忙しくて、さみしい日々を送っていて不満気味。
嵩だって昼間、何をしているかわからない、などと言い出す。
嵩に口止めされたことを話してしまう。こっそり女性編集者と打ち合わせしていると。メイコはすっかり人間の俗っぽいところを引き受けている。
知性的な蘭子、俗っぽいメイコ。ではのぶは? これは後述しよう。
そこへ嵩がちょうど戻ってきた。嵩は以前、歌手とも浮気を疑われている。
そんな嵩が、のぶに差し出したのは――

「すべての人の心に届く叙情詩だ」
八木が嵩の詩を絶賛
自費出版した『ぼくのまんが詩集』。
喫茶店で打ち合わせしていたのは、この本のことだった。のぶの誕生日のために作ったのだ。
出版社は蘭子が紹介したもので、だから蘭子は、メイコがわいわい言っているとき、澄まし顔だったというわけだ。
メイコは刺繍。嵩は詩集。これはダジャレであろうか。ということはさておき。嵩は売れっ子なので、自費出版するお金もあるだろう。自分のやりたいことは自分でやる。理想的な生き方だ。「NHK紅白歌合戦」でも歌われるような歌詞を作って、大活躍で、好きな表現もできて、もう何も悩むことはないだろう。
なぜ嵩のモデルのやなせたかしは、「遅咲き」という切り口にされているのか。苦労して叩き上げたというほうが大衆が好むからだろう。やなせたかしは多分に広告的戦略を駆使した人なんだろうなと筆者は思っている。
嵩の自費出版の詩集はいつの間にか、八木(妻夫木聡)の手にも渡っていた。たぶん、蘭子から渡されたものであろう。
八木は「おまえの詩は子どもでもバカでもわかる」「すべての人の心に届く叙情詩だ」とものすごく高評価で、突然「詩を書け」と言い出す。そして、湯飲みなどに、嵩の絵や詩をつけた商品を作ることを思いつく。善は急げと、陶器の工房の準備に動く八木。キャラクター商品のサンリオの萌芽であろう。
その頃、のぶは、嵩の詩集を、長屋の前で読んでいる。子どもたちが吹いて遊んでいるシャボン玉が
大量に舞っている。詩を読んでのぶは夢心地。
何かが大量に舞う画面は『あんぱん』では時々ある。序盤、子ども時代、御免与町でも何か虫みたいなものが大量に舞っていた。中盤、戦地ではタンポポの綿毛。そしてシャボン玉。エモい描写は嵩のメルヘンの世界を表している。そして、のぶは、嵩の創作の世界のミューズという、最も重要な役割を担っている。
フォトギャラリー
主なシーンより

第22週(8月25〜29日)
「愛するカタチ」あらすじ
八木(妻夫木聡)は嵩(北村匠海)の詩の才能を見抜き、八木の会社「九州コットンセンター」で出版部を作って詩集を出さないかと声をかける。最初は断る嵩だが、八木の熱意に押されて詩集『愛する歌』を出版することになる。
みんな売れないと思っていたが、想像を覆しヒットする。ある日、『愛する歌』に救われたという小学生の女の子が柳井家にやってきて――。
連続テレビ小説『あんぱん』
作品情報

連続テレビ小説「あんぱん」。“アンパンマン”を生み出したやなせたかしと暢の夫婦をモデルに、生きる意味も失っていた苦悩の日々と、それでも夢を忘れなかった二人の人生。何者でもなかった二人があらゆる荒波を乗り越え、“逆転しない正義”を体現した『アンパンマン』にたどり着くまでを描き、生きる喜びが全身から湧いてくるような愛と勇気の物語です。
【作】中園ミホ
【音楽】井筒昭雄
【主題歌】RADWIMPS「賜物」
【語り】林田理沙アナウンサー
【出演】今田美桜 北村匠海 江口のりこ 河合優実 原菜乃華 高橋文哉 大森元貴 妻夫木聡 松嶋菜々子 ほか
【放送】2025年3月31日(月)から放送開始