甲子園優勝で「沖縄の道路ガラガラに?」一体なぜ

第107回全国高等学校野球選手権大会決勝「沖縄尚学高-日大三高」の様子(宮城良典さん撮影・提供)
「今日は那覇市のビアガーデンへ 野球応援 甲子園」「明日は準々決勝ど 夜から応援しておくさ」――BEGINの代表曲「オジー自慢のオリオンビール」の一節だ。沖縄の歴史や文化の要素をふんだんに盛り込んだこの曲で、沖縄県民が一丸となる様を、甲子園の応援で描いた。そんな沖縄の代表校が夏の甲子園を制したのだから、大フィーバーである。
【写真を見る】「道路がガラガラ」「テレビをつけて応援する職場」甲子園決勝に大フィーバーする沖縄の様子
第107回全国高等学校野球選手権大会は、沖縄県代表の沖縄尚学高校が栄光をつかんだ。普段は野球のルールを知らないおばあちゃんでも、甲子園になると点が入る度にテレビの前で拍手しながら大喜びだ。
決勝戦の試合中は交通量が激減し、試合が終わると人々の消費が増える? 沖縄県勢の決勝進出が沖縄社会や地域経済に与える影響とは。そもそも、なぜ沖縄県ではこんなに甲子園が盛り上がるのか。沖縄出身・在住の筆者が地元の肌感覚も踏まえながら紹介する。
甲子園決勝、一致団結で見守る沖縄県民

沖縄尚学高校に詰め掛けて応援する人々(長嶺真輝撮影)
左腕エース・末吉良丞投手と、二塁手・比嘉大登選手の地元である浦添市の松本哲治市長は、決勝戦前日の8月22日、自身のXで「 沖縄県では明日8/23の10:00から約3時間は電気、水道、ガス以外の全ての社会活動がかなり低下する可能性がございます」と投稿した。このポストは冗談も込めたものだと沖縄県民は理解しているが、ただ、この冗談が“あるあるネタ”として成立するほどに、本当と言えば本当である。県勢の甲子園決勝戦の時は、急ぎの仕事ではない限り、職場ではテレビをつけて応援しても問題ない空気感があるし、役所・役場の窓口職員もロビーのテレビを住民と一緒になって囲んでいることだってある。
もしもあなたが上司で「甲子園なんか見ないで仕事をしなさい」と言おうものなら「空気も読めなければ融通も利かない人」として評価される恐れが大いにある。例えるならば「サッカーW杯決勝でブラジル代表を応援するブラジル人に『テレビを見るな』と言う」ことぐらい、間抜けなことなのだ。
もちろん、沖縄県民が全員、甲子園に熱狂的かと言えばこの通りではないし、興味が薄いという人も一定層いる。しかし、試合のあるこのたった数時間は、たとえ初対面同士であろうと年代や立場を超えて「沖縄県民として一致団結する」という、意味のある大切な時間なのだ。

昔ながらの農連市場を前身とした「のうれんプラザ」でもみんなでテレビ観戦(長嶺真輝撮影)
冒頭、甲子園の応援と団結について、BEGINの歌詞を引用しながら述べた。BEGINのメンバーの出身地は石垣島。那覇市からだと直線距離で約400kmであり、これは東京―大阪の距離と同等だ。なおかつ海まで挟んでいるため、同じ県にありながら行き来はそれほど簡単ではない。だけど同じ沖縄県民として共通点を持って熱狂できるものの一つが、甲子園の応援でもある。
石垣島の八重山商工高校が2006年に春夏連続で甲子園出場を果たした際には、沖縄本島の人々もまるで、近所の子どもたちを応援するかのように拳を握った。
街から人が消えた…主要道路はガラガラ
なので、決勝戦当日は街の様子も全然違う。
土曜日のお昼前なのにもかかわらず、沖縄本島の主要道路である国道58号がガラガラになっている様子の写真がSNSに上がっていた。みんなどこかで試合中継を観ているからだ。車社会で慢性的な渋滞が時に問題になる那覇一帯で、これはなかなかの衝撃である。逆に、試合前は道が混んでいたという。家族友人で一緒に観ようと移動したり、そのための買い出しに行ったりしていたのであろう。

決勝戦の時間帯に交通量が激減している那覇市中心部の幹線道路(長嶺真輝撮影)
そんな、いつもの街の様子と違う現状を共有しようと、Xでは地元ウェブメディア主導で「#沖尚決勝経済調査」なるハッシュタグも出現。各地の道路や商業施設の人出の変化などを観測しようとの遊び心もみられた。
“止まる経済”もあれば、“動く経済”もある
通常夜間に営業するスポーツバーやスポーツ居酒屋は、この日は特別に午前10時の試合開始に合わせてオープン。これは決勝戦に限ったことではなく、甲子園で試合のある日は“甲子園シフト”で営業する店も多いが、沖縄尚学が勝ち上がるにつれてそのような店も増えていった。スポーツバーやスポーツ居酒屋に限らず、カラオケスナックやカフェなど普段スポーツとは関連が無い店も「一緒に応援しよう」という意味合いで特別開店をしていた。
那覇市内のスポーツ居酒屋で働く30代の女性は「飲食店への経済効果は抜群だと思います」と話す。「決勝進出が決まった途端に約80人の予約が次々埋まっていきました。市内にある他の飲食店も軒並み埋まっていて『今日は朝から飲むぞ』という消費がすごかったです」と話す。それに引っ張られるように、夜の経済も活性化した。人々は各地で“祝賀会”を開催し、何軒も飲み歩くことになる。お祝いムードがはちきれてしまったある居酒屋グループは「全てのお酒を無料」というやけくそのような大サービスで超還元祭をしていた。

沖縄尚学の優勝を記念して、プレイステーション5が安くなっていた(筆者撮影)
沖縄の地方局・琉球朝日放送は8月30日に、沖縄尚学の優勝を記念した緊急生特番を放送する。島の熱気はもうしばらく続きそうだ。
臨時便完売!海外経由で甲子園に行こうとする人も…!?
この「一緒に応援しよう」の心理で言うと、人が集まる大型の商業施設に行って応援するという行動パターンもある。
沖縄県最大級の商業施設「イオンモール沖縄ライカム」は、準決勝と決勝を大型ビジョンで放映するパブリックビューイングを行った。決勝戦では各フロアを人々が埋め尽くし、1000人超が詰めかけたとも言われる。その場にいた中山琉貴さん(39)は、仕事の都合もあってちょうど東京から里帰りしていた。「会場中が祈るような気持ちでいました。指笛と歓声の嵐の中、歴史的な瞬間を共有できてうれしいです」と振り返る。

決勝戦翌日のコンビニでは、沖縄尚学の優勝を伝える新聞が売り切れ続出で入手困難に(筆者撮影)
また、これはすでに全国的にも有名な話になっているかもしれないが、沖縄尚学が決勝進出を決めたその日のうちに、JTAが関西―那覇間の臨時便4便を22日から24日にかけ追加した。沖縄は離島県であり、県外に行くための現実的な選択肢が飛行機しかない中で、臨時便は瞬く間に完売した。臨時便以外の関西方面の便のみならず、羽田や成田、中部、福岡などを結ぶ路線も、夏のハイシーズンで高運賃にもかかわらず軒並み満席状態で「とにかく甲子園と陸続きのところまで行くことができればどうにかなる」という執念が生んだ現象だった。ネット上には、沖縄から海外経由で関西に入るという人もいるとの話も浮上していた。突拍子もないように思えるが、これもかなり現実的な作戦に思える。飛行機で1か所経由するだけで関西に入れるのなら、東京や名古屋に入って陸移動するよりも楽だからだ。
ただ生活しているだけでも、このようにしてヒトやカネが動いているのが体感できるのが、甲子園決勝戦の8月23日だった。

沖縄尚学が優勝を決めた翌日8月24日付と、沖縄に凱旋した翌日同25日付の沖縄県紙・琉球新報と沖縄タイムス紙面。大見出しで大展開をしている(筆者撮影)
後編では、なぜ沖縄では甲子園が“県民的大行事”なのか、甲子園に参加できなかった沖縄の歴史を踏まえて解説する。